三島町「第一只見川橋梁」 2016年 深秋

紅葉に彩られた「第一只見川橋梁」を見るためにJR只見線に乗り、三島町に向かった。

今日の予定は、JR只見線・会津桧原駅(三島町)からJR只見線の「第一只見川橋梁」を間近で見るためのポイントに行く。

そこから国道252号沿いにある道の駅「みしま宿」を経由して隣接する「第一只見川橋梁 ビューポイント」に向かい、紅葉に包まれた景色を堪能。

その後「第一橋梁」を通過する只見線の列車の写真を撮った後、会津宮下駅周辺を散策し、会津若松に引き返し宿泊するというもの。

駅からの行動範囲が広く、また明日、会津川口駅から昭和村に行くため、移動は自転車を用いる事にし、輪行することにした。

 

 

  


夜勤業務を11:20までに終わらせ、郡山駅に直行。11:40発の磐越西線の列車に乗車した。

『紅葉は晴れた日でなければ...』と思い、好天が続く今日と明日を選んだが、予報通り空には気持ち良い青空が広がった。


磐梯熱海駅(郡山市)、中山宿駅(郡山市)を過ぎ沼上トンネルの抜け、中山峠を超えると会津地方に入る。

川桁駅(猪苗代町)を出発するとまもなく磐梯山が現れた。

車窓からほぼ全容を見ることができ、頂上付近には昨日(11月4日)記録した初冠雪が見られた。

短い秋の後には長い冬がやってくる。


  

会津若松着12:59、ほぼ定刻に1番ホームに到着し、4番ホームに移動。


13:07、只見線会津川口行きの列車は手国に出発。

平日の昼過ぎということもあり、私の乗った二両編成の先頭車両には10名ほどの乗客。

空いていたBOX席に座ったが、席の間に入れた輪行バッグで窮屈な体制を取らざるを得なかった。

 

列車は会津平野から七折峠を登坂し、会津坂本を過ぎると柳津町に入り、奥会津地域となる。

 

途中、滝谷では旧ホームのモミジが、綺麗に色づいていた。

 

14:26、定刻通りに会津桧原(三島町)に到着。

駅は開業当時から無人で、小さな集落にある。

降りるのは初めて。

キノコをイメージしたような駅舎を抜け、さっそく自転車を組上げる。


まず向かった先は、“木材市場”。

会津桧原駅の手前、地元の建設会社の敷地と思われる場所に、県森林組合連合会が今年9月に開設、先月11日に創立記念市が開かれた「会津共販三島市場」だ。

只見線の列車中からは全体が見渡せる。

この存在は地元紙・福島民報の紙面(2016年10月12日付)で知った。

これまで県会津農林事務所管内には、会津共販所(会津若松市)と会津共販所サテライト市場(会津美里町)があったが、会津西部地域には木材市場等がなく森林資源の利活用が進んでいなかったという。

このような理由から、会津地方森林組合林業振興協議会が主体となって三島市場開設。 会津西部地域の木材流通拠点となるという。

ちみみに10月11日の記念市には柳津町、金山町、西会津町を中心に、杉や桐、カラマツが約2,800本(約510㎥)出荷さ れ、約430万円の取引が行われたと県の資料にあった。

*出処
:「ふくしまから はじめよう。『食』と『ふるさと』新生運動」 会津地方かわら版 -会津地方推進本部(福島県会津農林事務所)-  (pdf)

福島県土の7割を占める森林。福島県はこの資源を有効活用しようと「CLT(直交集成板)」の製造拠点を東日本で初めて浜通りに整備する計画を進めるなど、林業による産業と雇用創出に力を入れている。福島市といわき市に県が整備をする災害公営住宅にはCLTが使われる予定になっている。*記事出処:福島民報 (左)2016年8月29日付、(右)2016年10月25日付

この「会津共販三島市場」が活況し、持続ある産業と雇用を生み出し、福島県全体の林業が活気づくことを願う。

 

 

「三島市場」から折り返して、事前に地図(Google Map®)で確認した「第一橋梁」付近の只見川に沿って走る道に向かう。

まもなく、入り口が見えた。木立の間、直進すると“その道”に入る。

この様相に不安になる。

緩やかに下る。しばらく自動車が走った轍があった。

しかし、途中から轍は消え、落ち葉が堆積した地面が続く。

古く寂れたガードレールがあるので、ここが道路で、一定の役割が“あった”ことは間違いなさそうだ。

ガードレール越しに、今回の旅の目的物「第一橋梁」が見えた。

場所は間違いないと確信し、先を進む。

しかし、道はますます険しくなる。このあたりから自転車から降り、押して進む。

もはや、ここは“道路”ではないと思いつつが、崖の崩落箇所、地面が落石で盛り上がった場所に着き、しばし『進むか引くか』を考える。

先をふさぐ藪と頭上に切り立った崖を見て、恐怖を感じ、先に進むことを断念。

自転車を抱え、引き返すことにした。


引き返す途上、来るときは気付かなかった「警報鳴らせ」の標識を確認し、“道”の中央に生えた木に、ここが道路として機能しなくなった時の長さを思う。

このブッシュの中では自転車は役に立たない。“道”が続くと思ったが...。

この道(と呼ぶ)の途中、前後の道幅の割に大きなカーブがあった。

幅も広く、急カーブで見渡しを確保したと思われる。

このカーブの突端に、明らかに人の手が入った開かれた場所があり、眼下に只見川へと下る階段を発見。下には小屋が見えた。

下ってみる。

この小屋の正体は東北電力が設置した「桧原地点水位計」。

小屋から只見川に向けてケーブルが伸びていた。

只見川の河原に降りてみる。

全貌は見えないものの、「第一橋梁」が正面に見えた。


三島町の特産品「桐」の花の色にちなみ薄紫に塗られた鋼トラスのアーチ橋だ。

只見線(当時は国鉄会津線宮下方)の延伸で1941(昭和16)年に供用を開始し、全長は174mになる。

正式な構造は「単線上路式ヒンジスパンドレルブレーストバランスストアーチ」。

 *出処:Wikipedia 「第一只見川橋梁

只見線唯一のアーチ橋で、車窓からは分からない美しさに、しばし見惚れる。


ここから振り返ると、只見川沿いに左(東)川岸の上部に橋脚と橋桁が見え、護岸も補強された場所が確認できた。さきほど引き返した“道”の先になるだろう。

道が険しい場所を通っていたことを理解する。

右上部に見える鉄塔付近が、これから向かう「ビューポイント」になる。

しばらく只見川沿いを歩き、「第一橋梁」を眺め続けた後、先ほど通った“道”を戻り、桧原集落に向かった。


地図に掲載されながら通れなかったあの“道”はなんだったのだろうと、帰宅後に確認したところ、この“道”は旧国道252号線の「川井新道」で私の生まれる前年(1971(昭和46)年)まで供用され、その後廃道になったという事を知った。

この旧道は、桧原集落を通り只見川を沿って南下し、川井集落に抜ける。地図(出処:Google)に川井新道を落とし込むと以下のようになる。

 

 

桧原集落に到着し、「ビューポイント」に向かうため南進した。

国道252号線に入り、やや勾配の長い坂を上る。駒啼瀬スノーシェッドに入る。

駒啼瀬トンネル(535m)、川井トンネル(75m)を抜けると、前方に道の駅「みしま宿」が見えた。

この“駒啼瀬”は“こまなかせ”と読み、旧国道を通る馬車を引く馬でも“啼(な)く”ほどの難所だという説がある。

この施設の看板には「ビューポイント」の案内が。

自転車を停め、駐車場にある案内版見て、経路を確認する。

肝心の只見線は、かなり簡素化され、只見川に架かる「第一橋梁」のみが破線で描かれていた。

ドライバーが利用する道の駅だけに、鉄道である只見線の軌道は重要な情報ではないということか。ドライバーに『次は只見線に乗ってみよう』と思わせる手段の一つとしても、このような看板には只見線をしっかりと掲載し周知する配慮があってもよいのではと思った。三島町役場が作ったというのに、残念だ。


「ビューポイント」入り口に通じる駒啼瀬歩道橋(2014年4月完成)からの眺め。絵になる。

駒啼瀬歩道橋は「ビューポイント」登山道の入り口に国道に出ずにたどり着けるよう、観光イベント「ふくしまディスティネーションキャンペーン」に合わせ福島県が整備した。

歩道橋は、「ビューポイント」遊歩道に接続し一体化している。右は川井トンネル。

看板も分かりやすい。

階段を上り、まずはBポイントへ。

すぐにたどり着いた。

看板にはここから見える風景の写真が使われていた。これから行く他2つの場所も同じ。

柵の前に立ち、「第一橋梁」を見る。

初めて生で見る光景。

今まで写真などで何度も見てきたが、スケールの大きさに圧倒される。

次はCポイントに移動するため、登ってきた道を引き返す。

途中、カメラを持った男性とすれ違った。今回この「ビューポイント」で出会った唯一の方。今日は金曜日だからだとは思うが、紅葉シーズンということを考えると寂しい。


Cポイントへ足を進める。遊歩道の入り口からすぐに分岐していた道に入り、急な階段を上った。

まもなく、只見線のマスコット「キハちゃん」の描かれたのぼりが正面に見えた。

この「キハちゃん」、私は気に入っている。

 *参考:会津坂下町 「只見線応援キャラクター誕生!!


そして、まもなくCポイントに到着。

ここはカメラマンが殺到する、「ビューポイント」一番人気の場所で、世に出ている「第一橋梁」の写真の多くがここから撮影されているというが、それが納得できる眺めだと思った。

初めて現場に立ったが、写真では味わうことのできない感動がある。

木々の種類や異なる色づき、山の稜線や只見川の水面、そしてそれらを照らす陽の光具合、目に入るすべての自然は、見る時々によって姿を変える事が、実感できた。

その中に変わらぬ薄紫色の「第一橋梁」が不動の位置にあり、そこを列車キハ40系が通過する事で、風景に無二の動きを与える。

JR只見線沿線の最高の「ビューポイント」にふさわしい、至高の景観だ。


この写真を拡大するとこうなるが、性能の良い望遠レンズで撮ると、薄紫のアーチ橋とそれを包む自然の細部が表現されるだろうと思う。

この「ビューポイント」(Cポイント)の様子。

ベンチが二列となっているが、傾斜となっているため、多くの観光客が前方を気にせずに景色を楽しめるようになっている。

このCポイントの上には、Dポイントがある。

Cポイントを背に、更に上に登り、目印となっている鉄塔を目指す。

少し長めの急な階段を登り切ると、Dポイントにたどりついた。

第二橋梁」のビューポイントとなっているが、「第二橋梁」は見えが距離は遠く、肉眼では小さく見える。

「第二橋梁」は第一と同じく1941(昭和16年)に供用を開始した、190mの上路式トラス橋。

正式な構造は「単線上路式2径間連続ワーレントラス + 単線上路式プレートガーダー3連」。

 *出処:Wikipedia 「第二只見川橋梁

他方、「第一橋梁」は正面から見下ろす位置にあり、このDポイントもまた「第一橋梁」の眺めを楽しむ場所だと思った。

このDポイントは鉄塔の根元、急斜面にあるが、開放的で他より見晴らしが良い。

間もなく、列車の通過時間を迎えるが、Cポイントに戻る事なく、ここで待つ事にした。

「第二橋梁」と「第一橋梁」を通過する列車を撮影するためだ。


撮影する列車は会津川口駅発-会津若松駅着の下り列車。

会津宮下駅を15:54に出て、「第二橋梁」を渡り、会津西方駅に15:57に到着。

会津西方駅には1分も停車せずに出発し、「第一橋梁」を渡り、16:01に会津桧原駅に到着。

 

しばらくすると、列車の通過音が左手(西側)から聞こえてきた。

カメラをズームして、「第二橋梁」に合わせる。

列車が橋梁を渡る音に変わり、シャッターに手をかけ、「第二橋梁」の中間点に差し掛かったところでシャッターを切った。

陽が傾きはじめ、逆光が山間に掛かった靄を一層白くしていたが、なんとか只見線の列車、キハ40系を撮ることができた。

列車はその後会津西方駅に停車し、再び動き出す様子が、この場所からも分かった。

レールを走る音は、眼下の山間に響いていた。

 

列車は名入トンネル(325m)に入り、音が消える。

トンネルを抜けると、列車はすぐに「第一橋梁」を渡る。

私は、先程と同じようにカメラを構え、シャッターに指を掛けた。今度は、全体の風景が見えるように、ズームにはしなかった。


そして、列車が橋梁を渡り始める音が響き渡り、キハ40系が顔を出した。

「第一橋梁」の中央付近が差し掛かった時、シャッターを切った。

なんとか、この「ビューポイント」から列車を収めた一枚を撮ることができた。

この写真を拡大し、明るさを調整したのが、冒頭にも掲載したこの写真になる。

プロには到底及ばないが、カメラの性能と西日や靄の影響を考えると、満足ゆく一枚となった。

 

その後、しばらくここで西日の角度で刻々と色合いが変わる紅葉を楽しんだ。

20分ほど景色を眺め続け、「ビューポイント」を後にした。

天候にも恵まれて、紅葉の中の「第一橋梁」を堪能した。

次は、朝方、空気が澄んだ中この景色を見て、橋梁を渡る列車を撮影してみたいと思う。

 

 

 

その後は三島町の中心部である宮下地区に向かうことにした。

道の駅「みしま宿」に戻り、自転車にまたがり、国道252号線のなだらかな坂を下った。

「宮下方面」の看板が見え、直線の側道を下り、只見線のガードを潜り、まもなく大谷川に架かる「宮下橋」を渡る。

ここから仰ぎ見る、只見線と国道252号線の橋梁が圧巻だ。

手前、只見線に架かるのは「大谷川橋梁」(上路式RCアーチ橋)で1939(昭和14)年架設、奥の国道252号線は「新宮下橋」(鋼製逆ローゼ橋)で1989(平成元)年架設。

この写真を撮っている旧国道252号(県道237号)線に架かる宮下橋(上路式RCアーチ橋)を含めこの3つの橋は「アーチ3橋(兄)弟」と言われているという。

 *参考:三島町観光協会(観光交流館からんころん)『みやしたアーチ3橋(兄)橋』のビューポイント

 

この3つのアーチを写真一面に収められる景観は“国内唯一”といい、「日刊 建設産業新聞」では次のように紹介されている。

(日刊 建設産業新聞 2016年5月17日付紙面より引用 *一部筆者追記)
新宮下橋を含め、宮下橋と只見線大谷川橋梁の3つのアーチ橋がひとつのファインダーに重なって見ることができる国内唯一の地点で、「アーチ3橋(兄)弟」といわれる観光名所となっている。
長男の大谷川橋梁は1939年に建造され、現存するコンクリート橋として歴史的価値のある貴重な橋梁で、県道(237号)小栗山宮下線の宮下橋が二男。福島県発注の現存するアーチ橋としては最も古いひとつで耐久性に優れ、美しいアーチ曲線が特筆されるコンクリート橋。(中略)三男が新宮下橋で銅製逆ローゼ橋、アーチ支間町抗、アーチライズ24.5M、全長140M、252号線バイパスに架設され、長男、二男のアーチ橋を考慮してアーチ橋が採用された経緯がある。

 

 

「アーチ3橋弟」を後にし、県道を進み会津信用金庫の前の交差点を左折、会津宮下駅に到着。

この駅を利用するのは初めて。外観はメディア等でよく見かけていた。

三島町は「町」ながら、NPO法人「日本で最も美しい村」連合に加盟している。

宮下駅前の町内案内図の下に「美しい村」に関する看板が掲示されていた。

三島町は2012年10月に認定され、福島県では飯館村北塩原村に続く3番目で、現在では大玉村を加え1町3町が加盟している。読売新聞(2012年10月18日付)は“会津桐 風景など評価”を報じていた。

宮下駅から県道につながる通りにある双葉食堂に向かい早めの夕食と思ったが、“準備中”の暖簾がかけてあった。この「双葉食堂」にはカレー焼きそば、焼きそばラーメンなど独特のメニューがあるという。

開店するまでと思い、県道との交差点の角にある三島町観光協会が観光案内を行っている「観光交流館 からんころん」に入った。

中には三島町の観光情報が記載されたパンフレットがずらりと並び、特産品「桐」を使った小物、農作物や加工品が販売されていたり、テーブル席や座敷の席があり飲食店という面も持っていた。

私は一人で居た店員に、まずは「からんころん」の意味を聞いた。「桐」で作った下駄を履くと鳴る音だという。桐は軽く、木製の中では独特の乾いた音がするらしい。

そして、関連して「桐」を取り扱う工場について聞いた。町には1軒しか残っておらず、職人は高齢で、若い職人が一人が居て現在修行中だという。この製材所はテレビ番組にも取り上げられ、町の人も注目しているという。

この工場には次の機会に訪れたいと思い、私はここで2種類の桐製コースターを購入。たしかに、とても軽い! 桐ダンスなどどれほどの重量があるのか興味がわく。

件の「双葉食堂」だが開かないようなので、この店員に他に宮下駅付近の食堂を聞き、その中に名前が挙げられ、以前にテレビ番組で紹介され気になっていたラム焼肉の店「桐の里 成吉思汗さくら」に行く事にした。

 

県道237号線を少し引き返し、国道400号線との接続、道に入る。長い坂を下ると三島大橋で只見川を渡る。

橋上からは澄んだ夕暮れの空と三日月、そしてそれを映し出す柳津ダムが創り出している“湖面鏡”が見え、幻想的な風景となっていた。一日の疲れが癒された。

三島大橋を渡ると、まもなく右前方に目的地の「桐の里倶楽部」が見えた。ここに「桐の里 成吉思汗さくら」がある。

しかし、開店まで30分程あるため、地下1階の日帰り温泉「桐の湯」を利用することにした。

ここは「宮下温泉」の一施設で、源泉は炭酸水素塩泉と硫酸塩の二つで、泉温は55.0度と高めとなっている。この施設は内湯のみ。

日中ならば只見川が見えるが、陽が落ちたため真っ暗な窓の外を眺めながら湯に浸かった。


体が温まり、湯から上がる。

1階に移動すると「成吉思汗さくら」は営業しており、さっそくテーブル席について、成吉思汗定食を注文。店員が一人で切り盛りしているようで少々待たされたが、中央が突起したジンギスカン鍋が七輪の上に載って提供され、その後に肉や御飯が運ばれてきた。

肉をテーブルに載せると店員は、ラム肉の焼き方を丁寧に教えながら実演してくれ、食べごろになると『どうぞ』と言って下がっていった。

肉は柔らかく、臭みもなく美味しかった。

『塩の方が、肉のうまみを感じられます』と言われたが、確かに塩の方がタレよりも肉の味わいが良かった。

今日は自転車に乗ってきたためできなかったが、次はビールを飲みながらこのラム肉を楽しみたいと思う。

 

 

食後しばらくしてから「桐の里倶楽部」を後にして、会津宮下駅に向かった。

駅に到着後、窓口で駅員を呼び出し切符を購入。乗車券は今日の宿の最寄り駅「西若松」までとした。

19:36、会津若松行きの最終列車が入線。折り畳み、輪行バッグに入れた自転車を抱えて乗車した。

今回は、只見線の車窓から何度も景色を楽しませてくれた「第一只見川橋梁」を外から見る事ができ、しかも紅葉に彩られた景色の中の橋梁を眺め続ける事ができ、有意義な一日となった。

 

 

次は冬。一面銀世界の中、「第一只見川橋梁」がどのように見えるのか訪れたいと思う。

また「双葉食堂」で焼きそばラーメンを食べ、只見川を眺めながら宮下温泉に浸かってみたい。(了)

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!


【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR東日本間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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