只見町「蒲生岳 登山」 2016年 初秋

今年の7月に登頂した「要害山」に続き“只見四名山”の一つで、“会津のマッターホルン”の愛称もある「蒲生岳」に登るためにJR只見線を使い、只見町に向かった。


磐越西線の始発列車に乗るために郡山駅に向かう。

駅前はまだ薄暗く、夜明けはすっかり遅くなったと秋の訪れを実感する。

1番ホームに入線していた磐越西線5:55発、会津若松行きの始発列車に乗車。定刻に出発。

新駅・郡山富田の建設現場を過ぎ、喜久田が近づくと朝日を浴び黄金度を増した稲穂越しに遠く和尚山と並ぶ安達太良山が見えた。

 

磐梯熱海、中山宿を過ぎ、列車は中山峠を越える。

 

川桁を過ぎると長瀬川越しに磐梯山が見えた。

山裾はうっすらと色づき始めていた。

 

列車は猪苗代から多くの高校生を乗せ、7:09、定刻に会津若松に到着した。

 

駅上空には秋の青空が広がっていた。

只見町を含む南会津地方の天気予報は曇り時々晴れとなっているが、どうだろうか心配する。

 

只見線の4番ホームに行く。

4両で到着した折り返し列車は一両を切り離し、三両で現在の終点である会津川口に向かう。

向かいのホームには会津鉄道の快速列車が入線していた。車両はラッピングされ、会津地方の自治体が作成した“ゆるきゃら”達が描かれている。

ちなみに先頭に見えるのが南会津町の「んだべえ」。相づちの“そうだね”の方言が由来と思われるが、私が生まれ育った中通りでは“だべ”を使っている。

 

7:37、高校生が大半の乗客を占めた列車は定刻に会津若松を出発。

 

七日町西若松で多くの高校生(県立大沼、県立会津農林、県立坂下)を乗せ、乗車率は100%越えた。

そして、全ての高校生を会津坂下(会津坂下町)で降し、列車は一転閑散とした。

何度見ても平日のこの光景は只見線のおかれた現状をいろいろと考えさせられる。

 

 

会津坂下を出発すると、列車は短い田園を抜け、七折峠の待つ山間部へと入ってゆく。

 

塔寺会津坂本会津柳津(以下、柳津町)、郷戸を経て滝谷に着くと旧ホームの緑の枝葉の中に色づいた葉が見られた。

よく見ると紅葉したもみじ。季節の移り変わりを実感する。

 

只見川に注ぎ込む滝谷川を渡る。かすかな色づきは見られたが、紅葉はほとんど見られなかった。

 

会津桧原(三島町)を過ぎてまもなく「第一只見川橋梁」を渡る。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

秋の澄んだ空気に、只見川の“川面鏡”が冴えていた。

季節、空模様、気温、時間帯によって、そのダイナミックな様相を変化させるこの第一橋梁からの眺めは格別だ。

この景観を見るためだけに只見線に乗っても元は取れると、私は思う。

 

 

車窓から後ろを振り返ると、紫の橋梁の一部を含めた景色が見えた。こちらも美しい。

会津若松に向かう下り列車からはこの光景が楽しめる。

 

 

会津西方を出発し「第二只見川橋梁」を渡り、その後会津宮下を過ぎると、まもなく宮下ダムの直近を通り過ぎる。

満水ではないため、木々の生えていない川肌が見えた。これも風景のアクセントとなってよい。

 

その後列車は「第三只見川橋梁」を渡る。

ここでも振り返り景色を見る。

こちらは茶色のトラスで、両側の木々が色づき始めていることが分かった。

 

早戸に到着。只見川に面した座席に移動し景色を眺める。

何度も見た光景ではあるが、上流へと続く露出した川肌と“川面鏡”が初めて見る美しさを演出していた。

 

この早戸駅。

一見の価値ある国内有数の“景観駅”だと思う。

現在でも素晴らしい景色を見せてくれるが、軌道と只見川の間にある木を伐採しもっと開放的にすれば、更に魅力が増すことは間違いないと思う。

これら木々が希少性のないものであれば、伐採することも検討してみてはどうだろうか。

 

早戸を過ぎると金山町に入り、国道252号線と並行して走る箇所に眼鏡橋である、8連コンクリートアーチ橋を渡る。振り返って急ぎシャッターを切ったが、一部しか写すことはできなかった。

 

下大牧集落から越後山脈に連なる700m級の山々を見る。

雪崩路(アバランチシュート)が確認でき、奥会津を実感する。

 

会津水沼に到着。

金山町只見線にみんなで手をふろう条例」を励行を促すノボリがはためていた。


 

駅を出発すると、まもなく「第四只見川橋梁」を渡る。ここでは川床も見えた。

 

このエリアは宮下ダム湖になるが、貯水率は8割程度か。


この第四橋梁は下路式トラス橋のため、鉄柱越しに景色を楽しむ。

ここでも木々の色づきが一部で始まっていた。

 

続いて、上田ダム湖を見下ろす。

車内から発電施設の一部は見えるがダム躯体全体を見ることはできない。

幅に広いダム湖には雪崩路をもった向かいの山々の全体が映し出されていた。

 

中川地区では稲刈りが終わっていた。冬の訪れが早い会津は稲刈りが早い。

 

会津中川(金山町)に到着。

会津坂下以降、只見線内では建て替えられコンクリート駅舎が多くみられる中、ここは国鉄当時の木造建築物で白壁と緑の屋根がかわいらしくも味わい深くもある。

映画やドラマのロケに耐えうる景観ももたらしていると思う。

 

駅前には大きな桜があり、春にはこの駅舎は淡いピンクに包まれるという。

来春、満開の季節に訪れたいと思う。

 

 

会津中川を出発し、しばらくすると只見川に架かる上井草橋が見える。

川面鏡に“逆さ上井草橋”が映り込む。

まもなく、現在の終点・会津川口。

 

9:39、定刻に会津川口に到着。

今日は“川面鏡”の映え具合がよく、ホームからの景色も素晴らしかった。

乗ってきた車両、キハ40系の三連結。

先頭には只見エコパーク登録を記念して登場したラッピング車両。

当初は今年9月末までの運行予定だったが、今日も走っていた。

只見線、只見町、奥会津地域のPRや周知のため、せっかくだから、継続して欲しい。


 

会津川口駅の構内に入り掲示物などを見渡すと、JRグループが企画した「秋の乗り放題パス」のポスターが。

なんと、使われている写真は今通った「第一只見川橋梁」! 

このポスターがJR各社が作られていなければ全国の駅で只見線の存在や美しさが知られる事となる。たとえ、JR東日本管内限定であっても、東京圏で掲示されるとなると、その周知効果は大きいと思う。


また、駅構内には金山町観光情報センター「oasis」があり、ここが運営してる売店には町の“ゆるキャラ”である「かぼまる」の姿が。

前回(今年9月2日)訪問では浴衣姿だったが、今回はハロウィン装束に身を包んでいた。

スタッフから話を聞くと、時間があれば毎月「かぼまる」の衣装を変えたいとの事。

次の訪問が楽しみだ。


駅前の花壇には黄や白などの花々が咲いていたが、特に目を引いたのが鮮やかな赤がまぶしいサルビア。秋空に映えていた。

 

会津川口から先は不通区間を走る代行バスに乗る。

ドライバーはいつもの女性ドライバー。代行バスの“顔”だ。


10:25、私の他に二人の乗客を乗せ、定刻通りに出発。

国道252号線を走り、本名“駅”を過ぎ、本名ダム上の道を走ると、分断された「第六只見川橋梁」が見えた。

只見川の“川面鏡”に映った“逆さ橋梁”とのシンメトリーが、悲壮感を一層際立たせていた。

 

しばらく国道252号線を走り続け、只見町塩沢地区に入るスノーシェッドからは、これから上る「蒲生岳」が見えた。“会津のマッターホルン”と呼ばれるだけあって、尖がっている。

 

11:15、定刻通りに只見に到着。

駅構内に入り、只見町観光まちづくり協会が入る売店に声をかけ「蒲生岳」の登山ルートが乗ったガイドを受け取る。

そして駅窓口で只見~会津蒲生間の乗車券(¥190)を購入し、折り返しの代行バスに乗り込む。

 

ガイドを開くと詳細な登山道が記載されていた。見やすいく、登る前から安心できた。


11:25、代行バスは只見駅前を出発し、約8分で会津蒲生“駅”となっている地区集会施設「雪の里」前に到着。

この施設の壁には「平成23年7月新潟福島豪雨」で氾濫した只見川の最高水位線をしめすパネルが掲げられていた(画像左、青色のもの)。

この「雪の里」は蒲生岳の登山開始口になっていて、入山カードとその投函ポストが設置されている。

国道252号線を挟んだ向かいにある大きな駐車場からは蒲生岳のほぼ全容を見ることができる。

蒲生岳は会津蒲生駅の直近にある。見上げると目の前に蒲生岳。

この会津蒲生駅は、2011年7月30日から時が止まっている。

私は駅を右手に見ながら西側踏切を渡り、蒲生岳「久保」登山口に向かう。

登山口へは「蒲生カタクリ公園」を通ってゆく。

カタクリの花の見頃は春、4月25日~5月15日という。

蒲生岳の山開きは6月初旬頃なので、花見と登山はできないようだ。

 


11:47、久保登山道に入る。

『クマ出没注意』の看板に背筋がゾッとなる。他に登山者もなく私一人。

音楽をスピーカーから流し、熊鈴を大きく鳴らしながら足を踏み入れる。今日は山を下りるまでSuperflyを聞き続けた。

 

 

登山道を進み始める。枯れ落ち葉で色合いが違っているため登山道ははっきりと分かり、更に木の幹や枝にピンクのテープが巻かれてあり、安心して登り始められた。

木々の間を抜けてゆく。

『どうかクマに出会いませんように』と念じながら、熊鈴を鳴らす手に力を込めながら急ぎ足で進む。

祠が見えて左にほぼ直角に曲がり、しばらく進むと土面の登山道となり、木々も低くなる。

日差しが届き、汗が噴き出る。

木の根など足をかけるところがない斜面は粗くではあるが階段状に土が彫られていた。

さらに、急斜面にはロープも設置されていた。

地元の方々が、毎年山開き前に点検し、整備しているという。感謝!

開けた場所に初めて出る。振り向く眼下に出発点である蒲生集会施設「雪の里」が見えた。

この眼下の風景が変わってゆくのも登山の楽しみ。

まもなく視界が開け、岩肌を登ることになる。

岩肌は登りやすいように階段状に削られていた。

岩肌が濡れていても、これなら安心だろう。

振り返ると、先ほどより視界が広がる。

景色は変わっている。先に進むのが楽しみになる。

東に目を向けると常葉樹林が広がる自然の風景。尖った山は「鷲が倉山」(918m)。

さらに岩肌を登る。

岩肌には穿かれた“階段”と進むべき方向が赤ペンキの矢印で描かれていた。

再び木々の間を縫うように歩く。

すると、ガサガサ、という物音がした。

足元を凝視すると、蛇の姿が。マムシだろうか。

また、しばらく地面に張り出した根の登山道を進む。

ここで東に視線を向けると、「鷲が倉山」の麓を縫うように走る只見川を見ることができた。

南西の方角も見えてきた。

色付いた田んぼが山々との境界を際立たせていた。

日本の原風景。先人たちは田畑を開墾し、家族を増やし、地域を国家を豊かにしていった。この原点がこの風景にある。

 

また、登り始める。

まもなく、「夫婦松」にたどり着く。

一見、夫婦と呼ぶには無相応な感じがした。

しかし、裏を見て納得。太い松(夫)の立派な枝が腕のように隣の松(妻)に張り付き、上部は二つの松が交差していた。

長い時を共に歩んできたと思わせる、「夫婦」に違わぬ姿だった。

 

夫婦松を過ぎると岩場が主となる。

赤ペンキの“案内印”はここにもあった。

急な岩場が続く。

ロープも設置されているため恐怖は感じないが、思いのほか急峻な岩場が多く、もっとしっかりした登山靴にすればよかったと後悔する。

根の露出と岩場。この組み合わせに関心しながら、息を切らせながら進む。

 

まもなく、目の前に人工物が見えた。白いプレートのようだ。

分岐を示すプレートだった。「山頂まで三〇〇米」と書かれた杭も隣に打たれていた。

この分岐は登山ガイドに載っていたため驚かなかったが、これから採る登山道が『けわしい道』『キケン岸壁』という文字を見ると、少々怯んでしまった。

案内プレートの上を見上げると、岩に鉄杭が打たれ、鎖が這っていた。

気を引き締め、『キケン岸壁』を進む。

 

岩盤の斜面に登山道が伸びる。

案内の赤ペンキ印が人の通り道であることを示していた。

足場の岩場は階段状に穿かれていて、足元にさほどの恐怖は感じなかった。

鎖もあるため、進んでみると意外と快適だった。

この斜面で足を止め、麓の景色を見る。

足元が開放され、宙に浮いているような感覚になる。


正面の奥には、田子倉ダムが見えた。

気を取り直して、斜面を通過する。

まもなく、登山道の趣きが変わり、低木の間を進む。

急峻でガイド用の鎖が垂れていた。

この斜面を登り切ると、目の前に「家族松」が現れた。

四本の松が寄り添っていた。

“家族一員”には名がつけられていた。

太い針金で固定されているのは、ここが強い風雨にさらされるためだろう。

家族松を過ぎ、開けた場所に出る。

ナナカマドの赤い実を通してみる景色に秋の入り口を感じる。

 

再び、急峻な岩場が現れる。

今までにはない、壁のような岩場だが、鎖が設置され、足を載せられる段差もあった。

さほど苦にせず登る事ができた。

この壁面を登り切った後に振り返ると、松越しに麓の風景が見えた。

更に進むと、山肌を覆う岩盤が現れる。

案内の赤ペンキは大きく迂回することを求めていた。

大きな矢印が書かれた岩場の先には真新しいロープが見えた。

この先にはほぼ垂直の登山道があり、このロープが垂れ下がっていた。

思わず“蜘蛛の糸”とつぶやく。

“蜘蛛の糸”ロープを頼りに登りきる。

振り返ると眺望が広がっていた。

会津蒲生駅から蒲生川を渡る橋を経てトンネルへと続く只見線の運休区間が見える。

東を見ると、只見川に架かる蒲生橋があった。

色づき始めた低木との対比が素晴らしい。

気分をリフレッシュし、頂上を目指す。

傾斜は思ったほどきつくはなく、一面に広がる低木の間を進む。

 

12:47、登山道を出発してから1時間で山頂に到着。

八二八米と刻まれた山頂を示す杭の奥に、二荒山神社の祠があった。

この杭には「会津のマッターホルン」とも刻まれたいた。

西を見る。奥羽山脈の稜線が美しい。

快晴ならば、一層映えるだろう。

只見町中心部に目をやると、起伏に富んだ山々と人里が眺められた。

中心には只見線「叶津川橋梁」があり、橋桁と曲線の均斉美にしばし見とれる。

この「叶津川橋梁」、只見線の車中から見る蒲生岳はこのようになる(撮影:2009年8月)。

「会津のマッターホルン」の名にふさわしい尖がり具合が見て取れた。

 

頂上から周囲の景色を楽しみ、登山ポストに入っていたノートに一筆入れ、20分ほど滞在し下山を開始する。

「鼻毛通しコース」を下る。

ロープを握り、足元に注意しながら下る。

露出した根に注意しながら下ると、正面に「鼻毛通し」が見えた。

更に進むと“踊り場”が現れ「風穴」に着く。

「風穴」を覗く。

『地元の人が30mの深さ入って調査したが、それから下は分からない』とある。

その先が気になるところだ。

再び下り始める。目の前に麓の風景を見ながら足を進める。

まもなく木々の間から西側、寄岩橋方面を見る。

寄岩橋と只見川沿いに走る只見線が見え、「第八只見川橋梁」のトラスも一部覗けた。

豪雨運休前(2009年8月)の「第八橋梁」から見える景色。正面に見える山裾が蒲生岳。

紅葉の最盛期には、蒲生岳と只見線の列車が“川面鏡”に映し出される絶景が見られるという。

 

この「第八橋梁」の向かいには、整備中の滝ダム用の「泊地」が見えた。

 

再び下り始める。まもなく、2005(平成17)年の中越地震の影響で廃道をなった「宮原」登山道の規制線と看板があった。

ここをしばらく進むと、岩盤の斜面が現れる。

足元には赤ペンキのマーカーが示され、斜面に沿ってロープが張られていた。

安心して下ることができた。


また先に進むと「鼻毛通し」が見えてきた。

この「鼻毛通し」は登山道には含まれておらず、ここから少し下って、脇道にそれてその中を見ることができた。“鼻毛”の松の木が外に向かって伸びていた。

「鼻毛通し」の中は大きく、祠もあるせいか神聖な気持ちがなってしまう。


「鼻毛通し」を後にして再び下り始める。まもなく90度を超えこちらへ迫ってくるような岸壁の脇を通る。岩盤は登山道のために削られているようだ。

ここを抜けると、開けた岩場に出る。

高度感を楽しめ、標高1000m満たない山であることを忘れさせてくれる。

岩場にはもちろん、赤ペンキで誘導印が示されていた。

鎖を握り、足元に注意しながら下り、13:32に分岐点に戻った。

頂上を経由して約1時間10分。楽しめた。


ここからは一度通った登山道を下る。

下るときの方が緊張する。

岩場は問題なかったが、土の斜面は、数日前まで雨の日が多かったためか表面がすべるためより慎重に下った。

一部、土の斜面にはロープなど補助設備が整備されていない場所もあった。

より多く方々が安全に楽しめるよう、これからの改善に期待したい。


 

....14:00過ぎ、無事に下山し、蒲生集会施設「雪の里」に到着。

登山前にあた黄金色の稲穂は刈り取られていた。

14:40、会津蒲生“駅”となっている「雪の里」前から代行バスに乗り込む。

車内は平日にも関わらず7割ほど埋まっていた。

 

この代行バスは、上越線・小出駅経由で只見線に乗り東京圏の旅行客が日帰りできる便の一部であるためだと思った。

事実、多くはカメラや時刻表を片手に乗車していた。

 


道中、蒲生岳から見えた寄岩橋を通過。

只見線「第八只見川橋梁」越しに蒲生岳が見えた。

この橋梁を復旧させるための補修費は40億から60億へと増してしまった。

ここを只見線の列車が走り抜けられるよう、微力ながら努力したいと思った。

 

 

15:22、定刻通りに代行バスの終点・会津川口に到着。

ほとんどの乗客が駅舎を通り抜け、会津若松行きの列車に乗り込んだ。

キハ40系の二両編成。

列車の中には福島県立川口高校の生徒が多く乗っていた。


列車は奥会津の山間を通り抜け会津若松市を目指して進む。

滝谷までは只見川の景観が楽しめる。

 

塔寺(柳津町)過ぎ、七折峠を下り、列車は会津平野を駆け抜ける。

 

17:20、定刻に会津若松に到着。

改札に向かう連絡橋から西を空を見ると、夕焼けが見られた。

 

 

只見線の乗車も今回で12回を迎えた。

乗るたびに表情を変える只見線からの車窓の風景は、何度乗っても飽きない。


次は、紅葉で山々が色づく頃に乗車したいと思う。(了)


 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!


【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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