昭和村「旧喰丸小学校」 2016年 深秋

映画のロケ地ともなった「旧喰丸小学校」。1937(昭和12)年に建てられた木造校舎とその前面に立つ銀杏を見るためにJR只見線と自転車を利用し昭和村に向かった。

今日の予定は、只見線で現在の終点である会津川口駅まで向かい、携帯してきた折り畳み自転車で国道400号線を南下し、昭和村にある「旧喰丸小学校」に行く。

その後、国道400号線を引き返し、国道401号線に入り新鳥居峠を越え、南会津町南郷地区に入る。

峠を下り国道289号線にぶつかり右折。そこからひたすら只見町に中心部にある只見駅に向かい西に進む、となっている。

自転車での走行距離は67.6km。会津若松~郡山間の距離を優に超える。

折り畳み自転車で大丈夫だろうか、と不安ではあったがチャレンジしてみた。

 

・ ・ ・ ・ ・ 

会津若松駅の朝。これから日の出を迎える。

「あかべこ」のお尻越しに、雲一つ無い空が広がり、期待が膨らむ。

4番線に移動するため連絡橋を渡る。

会津川口駅行きの始発列車は入線し、北東には磐梯山が見えた。

土曜日ということもあり、車内とホームには乗客の姿がポツポツと見られた。

6:00、定刻通り会津若松駅を出発。

 

西若松を過ぎ渡河した阿賀川には川霧が漂い、幻想的な風景を作っていた。

 

列車は会津平野を疾走。

会津坂下駅(坂下町)で高校生達を降し、柳津町を駆け抜け、三島町に入る。

会津桧原駅(三島町)を過ぎると、「第一只見川橋梁」を渡る。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

昨日見たばかりだが、また表情が違い、見惚れてしまった。

が、列車の窓は薄汚れていて残念な車窓からの景色となってしまっている。

JR只見線は車窓自慢の鉄路。窓のクリーニングをこまめにするなどの配慮があってもよい。

JR東日本㈱仙台支社には検討してもらいたい。



会津宮下駅(三島町)を過ぎると、まもなく宮下ダム(発電所)が現れ、ダム湖としばらく平行して走る。

ダム湖にはさざ波があり、“湖面鏡”ではなかったのが残念だが、両岸の紅葉は見事だった。


車内の乗客も、車窓を流れる景色に見入っていた。

会津坂下駅を過ぎてから会津川口駅(金山町)まで、山間部と只見川沿いを走るこの区間は車窓に釘付けになる。

宮下ダムと並走し、まもなくトンネルに入る。


そこを抜けると、列車は「第三只見川橋梁」を渡る。

 

会津水沼駅(金山町)を出発し、まもなく「第四只見川橋梁」を渡る。

下路式トラス橋のため、鋼鉄のトラスの間から景色を愛でることになる。

 

会津中川駅(金山町)を過ぎ、再び只見川に沿って走ると、現在の終点・会津川口駅となる。

上井草橋が出迎える。


8:04、定刻に会津川口駅に到着。

北西の山々には雲(霧)がかかっていた。天気は大丈夫か気になる。

駅構内に入り、売店と併設されている金山町観光情報センターにいる町のゆるキャラ「かぼまる」に再会する。

今回は衣装を羽織っておらず、“生”かぼまるだった。


駅前の花壇には、今日も綺麗な花が咲いていた。

 

駅前で自転車を組み立て、さっそく出発。

約70kmをこの折り畳み自転車で走る。

 

駅を走る国道252号線から、昭和村につながる国道400号線に入る。

勾配がきつく、自転車を押して進んだ。

坂を登り、緩やかになったところで自転車にまたがり、ペダルをこぎ始める。

まもなく小栗山スノーシェッドが現れる。

これから金山町を超え昭和村の野尻集落の手前まで11基*ものスノーシェッド**を通り抜けることになる。

 *松山スノーシェッドを3基として数える

 **八町ロックシェッドを含む



駅を出発してから約10分。沼沢スキー場や沼沢湖に抜ける県道237号線の分岐点に近づいたところで、強い日差しが現れ、前方に雲(霧)の上部に青空が広がった。

“青空に映える紅葉”

それが現実のものになり、安心する。


自転車を降り、振り返ると、秋空と色づく山裾が姿を現しつつあった。

ここからは太陽の光を浴び続け自転車を走らせた。


湯元橋にさしかかると、国道400号線に沿って流れる野尻川が現れた。

橋の上からは紅葉と渓谷を見る事ができ、これからの旅に期待が持てた。

まもなく、玉梨温泉に到着。

今年9月25日にリニューアルオープンした町の天然炭酸温泉保養施設「せせらぎ荘」が見えた。

さらに、国道400号線を進む。

気持ちの良い直線道がのびる。

この直線の途上に「玉梨とうふ茶屋」がある。『幻の青ばととうふ』が有名な店だが、今日は時間がないため、またの機会に訪れたいと思う。

 

 

この道沿いに、紅葉を写真に収めようとカメラを構える観光客の姿も見られた。

青空に紅葉は映える。

野尻川の渓谷にも紅葉は映える。

左岸は「乞食岩」と呼ばれる景勝地。美しい眺めだが看板も無く、もったいないと思う。

沿道には素晴らしい景観が続く。

見とれてしまい、なかなか前に進まない。

車ではもったいない、景色だ。

出発から約45分。昭和村に入る。

村の中心部はまだまだ先になる。

野尻川にかかる綱木橋から振り返る。

絶景が広がる。

野尻川と色づく山肌。

山肌沿いを国道400号線が走るのが分かる。

時に、振り返り景色を眺める。

立ち止まり、360度見ずはいられない光景が広がる。

松山第二スノーシェッド(1988年1月竣工)の出口の先には田んぼが広がっていた。

人里を感じる光景だ。

ここで田越しに珍しい地形が。

雪崩路と思われる筋が斜面に現れ、山肌を彩る紅葉にアクセントを与えていた。

豪雪地帯ならではの景色だ。

野尻川をはさんだ対岸の山並み。日本の原風景。心癒される。

平坦な道が続く。現在の昭和村は野尻川が作り出した平地に点在した村が合併した。

野尻川にそって現れる平地に集落(旧村)がある。

山崎橋を渡り、野尻集落の中心部に入る。

左岸には「寺の下清水」がある。

岩本橋を渡った直後、国道400号線はほぼ直角に曲がり、野尻川沿いをしばらく直線に走る。

コンクリートの堤防から川を覗くと、カモが伸びやかに泳いでいた。

野尻集落を超えると、緩やかなアップダウンを繰り返す区間になる。

右手、野尻川右岸の田は見事に圃場整備されていた。

戦後日本が国内くまなく予算付けして整備した歴史を見る。この田を守る後継者はいるのだろうか、と思う。

下中津川集落に入り、ようやく「道の駅 からむし織の里しょうわ」の看板が。

あと3.4kmで、小休止が取れる。

昭和村役場の前を通る。

村の人口は1,322人(平成27年国勢調査確定値)。

前回(平成22年)より178人減り、高齢化率は54.8%と金山町に次ぎ県内2番目に高くなっている。

 

玉川と分流し、やや細くなった野尻川を眺めていると、4人のサイクリストたちが颯爽と駆け抜けていった。

ツーリング用の自転車は軽やかだ。この先、約50kmの旅程を思うと羨ましくなった。

 

 

会津川口駅を出発してから1時間50分。道の駅「からむし織の里しょうわ」に到着。

佐倉集落(旧大芦村)に位置している。

2015年2月22日に「雪まつり」に来て以来、約1年9か月ぶりとなる。積雪の無い生の姿を初めて見ることになる。

ここで小休止。

会津川口駅の売店で購入したおにぎりを頬張る。

買う時、製造者である地元(金山町川口)の山内さんが売店に並べていた。

この「ネギみそ」は格別にうまかった。

 

 

昭和村の物産品が買える売店や、からむし織の実演見学や体験が可能な「織姫交流館」に入る。

まず目に飛び込んできたのが『糸作り実演』。「からむし織研修生」が作業をしていた。

*参考:文化庁 
福島県昭和村「からむし織体験生『織姫・彦星』事業」pdf


廊下を右に曲がり、奥の部屋(機織室2)には織機が並び、スタッフと並んで一般方がからむし織体験をされていた。

実は昨日、ここ「道の駅 からむし織の里しょうわ」に福島県の内堀知事が訪れて体験生と交流をもったという。今日の福島民報が伝えていた。

 

約20分ほど滞在して、道の駅を後にした。

国道400号線に戻り、旧喰丸小学校を目指す。

館の腰山(962m)を正面に見ながら直線道を走る。

まもなく山を背に二本の大木、その陰に古い木造の建物が見えてきた。

旧喰丸小学校に到着。会津川口駅を出発して2時間20分掛かった。

想定よりも1時間多くかかってしまった。

紅葉を見るためにストップ&ゴーを繰り返していたらやむを得ないと思う。


校舎の目の前にそびえる銀杏の木。見事だ。

映画「ハメルーン」を象徴する景観。一度見たら忘れられない。

 *参考:坪川拓史 監督作品「ハメルーン」(http://www.hameln-film.jp/)


玄関屋根を支える柱には校名板が掲げられ、

「福島県大沼郡昭和村立喰丸小学校」

と書かれていた。

しばらく、銀杏の木越しに木造校舎を眺める。

どの角度からも絵になる景観だ。


時間が押していため、20分滞在で旧喰丸小学校を後にする。

 

これから南会津町を経由し只見町に入り、JR只見駅に到着しなければならない。

現在11:20、列車の発車時刻は14:32。残り3時間12分。


国道400号線を引き返し喰丸郵便局を左折、国道401号線に入る。

頂点の新鳥居井峠を目指す。

急な坂道。あまりの傾斜に自転車を押すことにした。

坂の途中、「千石沢集落」との案内。

森に囲まれたこの場所に“集落”とは違和感があったが、帰ってからGoogleMap®を見ると、確かに家々があった。

坂は急だが、この色づきに元気づけられる。視覚の刺激は体力の消耗を忘れさせてくれる。

上りはじめて約20分。「奥会津昭和の森」入り口に到着。どうやらキャンプ施設だ。

ここを頂点に、道は下り始めた。

“まさか峠の終わりか”と一瞬頭をよぎったが、まもなく現れた家々を見て納得。

下り坂は大芦集落がある平地に落ちていた。

旧大芦村の中心部だけあって、以外とは失礼だが、家が多い。

しばらく進むと、ここに着く途上に建てられていた看板に記された「ファーマーズカフェ大芦家」が現れた。

次回、是非訪れたい一軒だと思わせる佇まい。

畑沢川を超えるとまもなく、坂道となる。

ここでも自転車を押すことにした。

折り畳み自転車にはきつい傾斜が続く。

途中、気合を入れ、自転車をこぎ出す。

緩やかなカーブが続き、正面に急が右カーブが現れる。

左手に小さな看板があり「天狗の冷泉」と記されていた。立ち止まる体力がなく、通過してしまう。次の機会にしたい。

ここから道幅が狭くなる。自動車のすれ違いは難しいだろう。

この山は「大芦共有地組合」の所有のようで“入山禁止”の看板が目立っていた。

この先はカーブが続き、途中下り坂になる。

対向自動車に気を付けながら下ると、視界が開けた。

青空の下、色づいた山々が連なる。

更に下る。

太陽の光越しに見る紅葉。華やかだ。

下り坂の終点には「玉川渓谷」があった。

ふくしまの水三十選」になっているというが初見だ。

倒れたガードレールと川に浸っている倒木が気になるが、なかなか美しい。

「玉川渓谷」を超えると、また上り坂となる。緩やかに思えたが、途中力尽きて、自転車を押してしまった。

この峠(新鳥居峠)は折り畳み自転車には難儀すぎると実感した。


藤八の滝」の直近にある奈中沢橋を渡り、ヘアピンカーブを抜け、長く伸びる坂道を上る。その突き当り、三階山の“交差点”に着く。

左に行くと「駒止湿原」に向かい、この道の途中には「冷湖(ひゃっこ)の霊泉」があるという。ここも次回、訪れたい。

細くなった国道401号線を進むとヘアピンカーブが二ヶ所続いた。

その間の直線では色づいた木々を陽の光が差していた。元気が出る。

この先のヘアピンカーブを抜けると長い直線に出た。

目の前の山の稜線に、峠の終点を感じた。

この直線を抜けると、勾配のキツい三か所のヘアピンカーブがあった。

三つ目のカーブから眼下を見下ろす。

美しいとは思ったが、よくこの自転車で登ってきたなと我ながら感心してしまう。

国道400号線との分岐点・喰丸から約70分。

ようやく南会津町(旧南郷村)に入り、「新鳥居峠」の頂に着いた。

「新鳥居峠」の案内板が神々しかった。

ちなみに、“新”というからには「鳥居峠」があると思い、帰宅後調べてみると、この北、高清水公園(南会津町)の北東にあった。現在、旧道の存在は確認できるが、ケモノ道でとても通れないという。

“登頂”の余韻に浸っていたかったが、時間が押している。

只見駅まで31kmを、あと2時間で走行しなければならない。

さっそく、峠を下る。

“青空の下に映える紅葉”を堪能しながら、快調に自転車を進めた。

下りの威力は絶大、約10分で5.6km先の会津高原南郷スキー場の前を通過できた。

右手に鹿水(かなみず)川と対岸にあるホテル南郷(さいたま市の保養施設)の赤屋根を見ながら、坂を下りきる。

まもなく国道289号線とのT字路にぶつかり、右折。

国道289号線を只見町のJR只見駅を目指して、自転車のペダルを漕ぐ。

この南会津町の旧南郷村地区、只見町の旧明和村・旧朝日村地区は伊南川沿いにある。

国道289号線も伊南川沿いを走り、山々の間を抜けてゆく。

ちなみに、この国道289号線は福島県いわき市と新潟県新潟市を結ぶ列島横断道路の一つであるが、国内最長の“点線国道”区間を持つ。

只見町叶津~新潟県三条市塩野渕(19.6km)の通行不能区間がそれ(点線国道)だ。

この区間は「八十里越」(参考:新潟県三条市)と呼ばれ、幕末の長岡藩家老・河井継之助が次のように詠んだ難所である。

〽 八十里 腰抜け武士の 越す峠

 

 

御蔵入三十三観音」の三十二番札所「下山観音堂」の前で、「只見」の文字が入った案内標識が現れた。

まもなく、只見町に入る。

町名案内標識は独自のもので、“ここから 只見ユネスコエコパーク”となっていた。

 

途中、おにぎりを食べて水を飲み一服。

列車の出発まであと1時間20分。急がねば。

しばらく進むと、伊南川が一望できる場所に。振り返りシャッターを切る。

和泉田橋を左に見てしばらくすると、ハッとする光景に出くわした。

両脇に迫る山々と伊南川沿いに広がる平地が創るこの見晴らしは一瞬疲れを忘れさせてくれた。

先に見える直線道のほぼ中間、右手の山の麓に御蔵入三十三観音の一番札なっている「成法寺」がある。篭岩を背にした建立500年を超える古刹で、観音堂は国重要文化財になっている。

 

 

明和郵便の前を通り、左カーブを過ぎると伊奈川にかかる明和橋を渡る。

これより先、伊南川は只見川に合流するまで右側を走ることになる。

徐々に、疲れが現れて、自転車を漕ぐ両足のだるさと両ヒザの痛みで朦朧としてきた

最期のチェックポイントとしていた只見町交流促進センター「季の郷 湯ら里」の前を通過。

通過予定を13時20分にしていたが、今は13:35分。

列車の出発まで57分。距離は13km。

『間に合わないかも』と弱気になる。


この「季の郷 湯ら里」は温泉宿泊施設で、日帰り温泉施設「深沢温泉 むらの湯」を併設している。ここも次の機会に訪れ、ブナ林「恵みの森」のトレッキング後に泊まってみたい。

 *参考 林野庁 関東森林管理局 「恵みの森 郷土の森」pdf

 

 

平坦で、ほぼ直線の国道をペダルだけに力をこめて自転車を走らせる。

まもなく、前方に冠雪した浅草岳が見えた。

只見駅は近い、そう思い気を取り直す。列車の出発まで46分。

 

 

楢戸地区にある一本の木。根元には複数の塚があった。

昔から街道(沼田街道)の目印になっていたのだろう。情緒ある風景。

列車出発まで、あと28分。

 

 

只見町に入って二つ目のスノーシェッド「舘ノ川スノーシェッド」に入る。

スノーシェッドを出て、まもなく只見川と合流する伊南川、その向こうに柴倉山(871m)を右に見ながら、緩やかに下る。

すると常盤橋越しに、見慣れた山の稜線が目に飛び込んできた。

只見駅の裏手にある要害山に間違いなかった。

『やった! なんとか間に合った』とひとりごちた。


常盤橋から只見川上流、只見ダムと田子倉ダム方面を眺める。

只見町ブナセンター」のドームが陽の光を受け輝いていた。

 

 

14:20、一時はどうなることかと思ったが、なんとか予定通りに只見駅に到着した。

要害山は見事に色づき、今年7月20日の登山時とは全く違った趣となっていた。

駅前にはJR只見線の不通区間(只見~会津川口)を結ぶ代行バスが横付けされていた。

今までにない大型車両。

思えば、今日は土曜日で紅葉シーズン真っ只中。

新潟県の小出駅(魚沼市)経由でやってくる首都圏の観光客が多く見込まれるからだろう。

私は駅の窓口で切符を買い、バスに乗り込んだ。

案の定、小出発只見着の列車が14:28定刻通りに到着すると、代行バスに次々と乗り込んできた。

私は自転車を畳み、輪行バックに入れ、代行バスの最後部に座っていたが、輪行バッグが一席占有してしまったことを申し訳なく思い続けた。


代行バスは定員に迫ろうかと思う乗客を乗せるために、定刻の14:32から5分程遅れて出発した。

社内のこの活況に、区間不通でありながら人を惹きつける力が只見線にはあるのだと思い、喜んでしまった。

代行バスは国道252号線を北上し、まもなく隣駅の会津蒲生の付近を通過。

先月11日に登った蒲生岳が、一部登山道となっている松の木立を除き色づいていた。

  

バスは北上し、蒲生橋で只見川を渡り、再び寄岩橋で渡河する。

寄岩橋上から「只見川・JR只見線(現在不通)・蒲生岳」の“三点セット”を見る。

第八橋梁」を中心としてこの景観は只見線屈指だが、紅葉の時期は初めて見る。

別格。美しいと思った。

 

 

まもなく現在の“会津塩沢駅”となっている簡易郵便局の前に停車。三人の乗客を降した。

 

次の“会津大塩駅”では、大塩温泉共同浴場に行くという観光客を一人降ろした。

その後、会津横田、会津越川、本名の各“駅”と湯倉入口に停発車し、まもなく終点・会津川口という地点で一部橋脚が流出した「第五只見川橋梁」が見えた。

 

そして、定刻をわずかに遅れて、会津川口駅に到着。

ほとんどの客は3両編成の会津若松行きの列車に乗り込んでいった。

 

15:27、列車は定刻に出発した。

陽が傾き始めた車窓を見ながら時間を過ごした。



宮下ダムは、見事な湖面鏡を創っていた。

会津西方駅(三島町)を過ぎ「第一只見川橋梁」を渡る。

往路とは反対側、北を眺める。

南側とは違った、雄大な景色が楽しめるが、やはり色づいた景色は素晴らしい。

 

「第一橋梁」を過ぎると会津桧原駅(三島町)に停車し、その後、列車は山間部を進み会津平野を目指す。

七折峠に入り、塔寺駅(会津坂下町)を過ぎて下った後に会津平野にたを駆け抜ける。

夕暮れでほんのりと染まった空気の層に磐梯山が見えた。

 

 

17:20、列車は終点の会津若松に到着。

ホームに降り立つと、ドンっドンっと腹の底に響く音。降り立った乗客の一人、小学生の男の子が『花火がここからでも見えるよ』と母親に話かけていた。どうやら、花火大会が行われているらしい。

旅のフィナーレにはもったいなほどの期せぬ演出となった。

秋の花火。

帰宅に調べてみると、「会津全国煙火競演会」の記念すべき第一回大会が開かれていたことが分かった。秋田・大曲に引けを取らない大会に育って欲しいと思う。

 

 

・ ・ ・ ・ ・

今回は「旧喰丸小学校」を見るまでは、素晴らしい旅程と思った。

しかし、その後3時間あまりで、新鳥居峠を越え、南会津から只見まで延々と国道289号線を折り畳み自転車で走破することは、かなり無理があると過程であることを実感した。


今回の旅程を現実的なものとするためには、 

 ①途中で一泊する(候補:ホテル南郷(南会津)、季の郷 湯ら里(只見))

 ②ロードバイクを輪行する *参考:JR東日本「旅客営業規則 第2編 第10章 手回り品

 ③只見駅17:45発の列車に乗り、滞在時間を増やす *帰りの車窓は楽しめない!

などの方法が考えられる。


次回は、新緑の時期か、今回と同じように紅葉時かは分からないが、無理なく楽しるように計画し実践したい。

 

 

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【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

「平成23年7月新潟福島豪雨」で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR東日本間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日に復旧工事起工式が開かれ、全線再開通に向けて復旧工事が本格化しました。 ブログでは車窓からの風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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