柳津町「あわまんじゅう」 2016年 盛夏

柳津町の名物「あわまんじゅう」を求め、JR只見線に乗車した。

*参考:只見川電源流域振興協議会 「歳時記の郷 奥会津」 「あわまんじゅう

 

一番の目的は「あわまんじゅう」を現地で食べる事だが、今日は柳津町で「霊まつり」が行われ「流灯花火大会」が19:30から開始される。

一日を有効に使うため、まずは沼沢湖(金山町)に行き“夏の様子”を見てから柳津町に移動することにした。

 

 


5:55、郡山駅で乗車した、磐越西線・会津若松行きの始発列車が出発。

天気予報は会津地方も晴れ。青空が見えるが雲も多い。現地の快晴を願って乗車した。

 

次の停車駅「喜久田」までは7.9km。沿線には住宅が立ち並び、震災後さらに増えている。

大学(奥羽大学)もある。

この間には最低二つの駅があってもよいと思うが、まずは来年春に新駅「郡山富田」が開業する。郡山市が建設費用の約20億円を負担する「請願駅」だ。

その建設工事が進んでいた。

郡山市の市街地を取り囲む「内環状線」に駅とのアクセス道ができ、安積街道(県道296号線)を渡る事のできる南北連絡橋(エレベーター付き)も整備される。

宅地開発が著しい八山田地区の最寄り駅となり、今年度中に開設予定の“ふくしま医療機器開発支援センター前駅“とも呼べる近さで、郡山市の新たな都市圏の中心となる可能性を秘めている。

来春の開業が楽しみだ。

 

 

喜久田、磐梯熱海を過ぎ、中山宿からかつてスイッチバックで登坂していた中山峠を越え、猪苗代町に入る。

磐梯山は雲に覆われ、稜線ははっきりしなかった。

 

定刻に会津若松到着し、只見線に乗り換える。

今日は平日だが、夏休み期間ということでホームに生徒たちの姿はほとんどみられなかった。

二両目(最後尾)に乗車。初めて乗る横「2+1」のシート。

 

会津若松駅舎上空の雲が多かったため心配したが、沿線は晴れていた。

 

会津桧原(三島町)を過ぎ、只見線は初めて只見川を渡る事になる。

まずは“只見線最高の撮影スポット”と言われ、最近海外からの旅行客も訪れるという「第一只見川橋梁」を通過。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

 

「第一橋梁」は柳津ダム湖が作る只見川の“湖面鏡”に列車と四季折々の季節が映し出され、人家の見えない壮大な自然を背景にした景色はJR只見線の象徴となっている。

車窓からの景色も、なかなか良く“乗って”よし、“見て”よし、“撮って”よしの鉄橋だ。

 

JR只見線を紹介している媒体の多くの写真が「第一橋梁」だ。

 *参考:福島県三島町「只見川第一橋梁ビューポイント行 町営バス

 *参考:只見川電源流域振興協議会「第一只見川橋梁ビューポイント

 *参考:朝日新聞「撮り鉄」が狙う 絶景の1枚 第一只見川橋梁」(2010年6月25日)

 *参考:JTB 日本の絶景「只見川の川霧と只見線」


 

会津西方を過ぎて「第二只見川橋梁」を渡る。

 

そして、会津宮下を出発し、右手に宮下ダムを見てから間もなく「第三只見川橋梁」を通過。

 

「第三橋梁」から5分もかからず、早戸に到着。

沼沢湖(金山町)の最寄り駅。今年の2月以来、半年ぶりに訪れる。

夏の早戸駅もよい雰囲気だ。

駅は無人で、目の前を国道252号線が通過するぐらいの人気の無い場所にあるが、周囲を取り囲む大自然が寂れた感を全く感じさせない。

国内有数の“一見の価値ある駅”だと思う。

 

 

早戸駅を後にして、沼沢湖目指して歩き出す。

 

2月は圧雪凍結の道路を歩いたが、今日は炎天下を歩く。

国道252号線から右に折れ、只見川を渡る。曲がりくねった道を上ると、平坦な場所に出る。

そこに現れるのが、この“廃墟”。

木々や枝葉が覆っていて全容はよくわからない。

2月に訪れた時はこのような姿だった。“廃墟”の全容がはっきり分かった。

水力発電所の管が設置されていたような形状。

 

調べたところ、これは「東北電力㈱沼沢沼発電所」(水路式)の水圧鉄管跡だという。

 *参考:資源エネルギー庁「水力発電の形式

 

しかも“日本初”の純揚水式水力発電所。1952~2002(昭和27~平成14)年まで運用され、現在はその役割は「第二沼沢発電所」が担っている。

 *参考:総合技術情報発信・流通総合システム「東北電力 沼沢沼発電所」(1994年5月,PDF)

 *水力発電ドットコム:「沼沢沼発電所跡」

 

なぜ、“日本初”の、建設当時は揚水式発電所で東洋一といわれるたこの発電所の遺構が、このようにひっそりと放っておかれているのか、私は不思議に思った。

 

このまま(見るだけ)では集客はおぼつかないが、跡地に階段をつけて観光客に上ってもらい規模の大きさと直角に近い傾斜を体感してもらうなど、プラスαのアイディアと沼沢湖や早戸温泉を組み合わせた観光プランの提示で、この水圧鉄管跡地を活用できるのはないだろうか。


 

水圧鉄管跡地を過ぎ、再び“登山”に入る。

県道237号線は“登山”道ともいえる急こう配。

足腰の負担は街中の坂の比ではないが、登るごとに変わってゆく景色はその疲労を軽減してくれる。

遠くの山(黒男山か)には雪崩路(アバランチシュート)がはっきりと見えた。

 *参考:国土地理院「アバランチシュート

 

6か所の急カーブを超え、直線が伸びる。左には沼沢川があり急斜面を流れ落ちる水音が響き続けていた。

気温は24℃となっているが、体感は“猛暑”だ。

 

早戸駅出発から徒歩で約1時間で沼沢湖に到着。

キャンプ場にはテントが点在し、子供たちの歓声がこだましていた。

夏休みを楽しむ家族連れがほとんどだ。

砂浜からの眺望。美しい。

沼沢湖はカルデラ湖。流れ込む川がほとんどないため“沼”ともいわれている。

カルデラ湖らしい色彩豊かな湖だ。

お昼が近いので湖畔の売店で食品を購入。

「只見線にみんなで手をふろう」と書かれた団扇をいただく。金山町の条例施行に合わせて作られたものだろう。

只見線の車両キハ40系と町の“ゆるキャラ”かぼまるが描かれていた。

 *参考:福島県金山町「只見線にみんなで手をふろう条例」

湖は透明度も高い。泳ぎもそうだが、水中を覗きたくなる。

浅瀬には稚魚の姿が見られ、私の足元にもやってきた。特産の「ヒメマス」の稚魚だろうか。

 *参考:福島民友「「大きく育って!」 児童がヒメマス稚魚1万匹放流」(2016年5月6日)

 

 

...読書をするなど3時間半滞在し、湖水浴場を後にして湖畔を歩く。

トレッキング・サイクリングコースの一部にもなっている舗装された道を歩く。

揚水式発電所(東北電力㈱第二沼沢発電所)の“上池”にもなっているため、一部区域はフェンンスが巡らされていた。

まもなく前方にハウスの骨組みらしきものが見えてきた。

何やら野菜のようだ。

近づくと、金山町名物の赤カボチャがたわわに実っていた。

初めて見る姿に思わず笑みがこぼれた。

新聞に掲載された写真で見ていたが、実際に見ると愛らしい。

この金山赤カボチャは秋に出荷されるようだ。

この赤かぼちゃ“畑”を過ぎると、まもなく前方に「清水荘」なる古い建物が見えてきた。

さらに近づくと「沼沢漁業組合事務所」と看板があった。中に人の気配はなかった。

この事務所前には多くのボートが係留されていた。

ヒメマスの舟釣り用だろうが、利用している人の姿は見られない。

今は夏休みで、湖水浴場には人の姿があるのに、福島県では唯一、近隣県では中禅寺湖など生息地が限られているヒメマス釣りを楽しむ人がいないのが寂しい。

震災から5年を経てようやく漁の解禁がなされ、風評が残り、常連客の足も遠のいたと聞く。

復旧までの道のりの険しさを実感した。

 *参考:福島民報「ヒメマス漁4年ぶり解禁 金山の沼沢湖」(2016年4月10日) 

 *参考:毎日新聞「金山特産、4年ぶり解禁も苦境に 唯一の漁師引退 後継なく観光に影響」(2016年5月10日)


湖際に立てられた「幻の魚 沼沢湖のヒメマス」の幟が、目を引いた。

漁業権は「陸釣 2,000円/舟釣 5,000円」という。舟釣は釣果を考えれば高くないだろう。

ふらっと立ち寄った人間でも釣りができるような工夫が必要なのではないか。

 釣ったヒメマスを調理してもら、只見線内で地酒と一緒に味わう。

こんな楽しみ方を提案してもよいのではないだろうか。


地元ではヒメマスを使った押し寿司やハンバーガーなどを創作しPRする動きもあるようだ。

貴重なヒメマスというコンテンツは、震災の風評の克服の大きなツールになると思う。

新たな企画、アイデアを期待したい。

 


沼沢湖を後にして、沼沢集落の中と通って帰路につく。

集落の中にも「只見線にみんなで手をふろう」の幟があった。

“乗ろう”ではなく“手をふろう”と条例まで定めなければならない町の現状(人口減少、マイカー前提の生活様式)に複雑な気持ちになった。

 

帰りは、登りにくらべるとはるかに楽だった。

40分ほどで早戸駅に到着。20分ほど待って、会津若松行きに列車に乗り柳津に向かう。

乗ったのは私だけ。

 

 

約30分で会津柳津に到着。初めて降りる。

無人駅だがホームには、今日の花火大会のためか、多くの駅員がいた。

駅の北側には蒸気機関車「C11」が展示されている。

1969~1973年まで会津線(全通前の現只見線の一部)を走っていた。

東京・新橋駅のSL広場にあるSLも同型で、柳津駅は244号で、新橋駅は292号という。

 *出処:ウィキペディア「国鉄C11形蒸気機関車

駅から坂を下り町の中心部に向かうと、今日の目的地「小池菓子舗」に到着。

店頭には小さな行列ができていた。

「あわまんじゅう」を広めたといわれる店で、各地の物産展に出店している。

饅頭を蒸す蒸気が勢いよく飛び出している。期待が膨らむ。

行列にならび「あわまんじゅう」を3ケ、「茶まんじゅう」を2ケ、バラで購入。

小池菓子舗を後にして、坂を下るとまもなく圓蔵寺が現れた。

 *参考:会津六詣出「福満虚空蔵菩薩圓蔵寺」

岩の上に建つ本堂、国指定重要文化財「奥之院弁天堂」を持つ威厳ある寺院。

日本三大虚空蔵尊の一つで、織田信長や豊臣秀吉も代参ではあるが詣でたという。

 *参考:ウィキペディア「虚空蔵菩薩


急な石段を上り境内へ。

まず目についたのが「開運撫牛」。

名称の如く、撫でると願いが叶うというが、体の病む場所と同じ箇所を撫でると治癒するともいわれている。多くの人に撫でられて足腰とおなか(おそらく内臓の代わり)の色が落ちていた。

「開運撫牛」はこの重厚な本堂のそばにある。照明の無い社中に入り参拝。

本堂の西側に張り出た舞台にむかい眼下の景色を見る。

只見川にかかる吊り橋は観月橋(県道151号線)で、赤い塗装の橋は瑞光寺橋(国道252号線)。

余談だか、この瑞光寺橋には福島県ハイテクプラザと須賀川市の企業が開発した「氷柱防止用融雪装置」が設置されている。

降雪・寒冷地には不向きなこの形状の橋(ニールセンローゼ型)の問題をこの技術が解決しているという。

 *参考:福島県ハイテクプラザ「屋根軒先等の氷柱防止用融雪装置」(PDF)


この二つの橋の手前、観光案内所の駐車場には赤べこの姿もあった。只見川とその向こうにある同じ赤の瑞光寺橋を眺めているようなその姿は愛らしかった。


この圓蔵寺。吊り橋・観月橋のたもとからみると絵になる。

柳津町の象徴的な風景だ。

 

肝心の「あわまんじゅう」はこの円蔵寺を見ながらいただいた。

まず、その柔らかさに驚いた。“あわ”の触感は微妙なほど軽やかで、餡をつつむ餅の食感を風味あるものにしていた。餡も甘すぎず、珠玉の饅頭だと感動した。

できたてだから味わえるこの食味。是非、柳津町に訪れて欲しいと思った。

 

柳津町には、小池菓子舗の他、4つの「あわまんじゅう」屋がある。

 稲葉屋菓子店 / 長谷川屋菓子店 / 香月堂 / 岩井屋菓子店

次回は食べ比べてみたいと思う。

 

 

 

「あわまんじゅう」の余韻に浸りながら、「流灯花火大会」の会場に向かう。

打ち上げ場所付近は出店が立ち並び、多くの人出で賑わっていた。

どこで花火を見るか迷ったが、打ち上げまで時間があることから、只見川の上流にある「柳津ダム」を見て、最寄りの郷戸(会津柳津の一つ只見寄りの駅)から花火を見ようと思った。

 *参考:水力ドットコム「東北電力 柳津発電所」

 

打ち上げ場所付近の道の駅「会津柳津」や「斉藤清美術館」の周辺などを散策し、「柳津ダム」を目指して歩いた。

 

 

歩くこと約30分。只見川を渡る飯谷大橋に到着。

2004年に竣工した二径間連続上路ワーレントラス式の立派な橋(全長190.5m)。

橋上からはこれから向かう「柳津ダム」が見えた。

橋を渡り、集落の道を歩くこと約10分で「柳津ダム」に到着。東北電力㈱柳津発電所を見下ろす。

上流側のダム湖の様子。

この先(上流)に只見線の撮影スポット「第一只見川橋梁」がある。

「柳津ダム」は電力も供給しているが、只見線のPR資源、観光資源も創り出している。

下流側の様子。川岸の岩肌が特徴的だ。

ダム上部は車道になっていて通り抜けできる(車体重量6tまで、最徐行走行)。

この道を渡り切り、対岸の上部から「柳津ダム」全景を撮影。

ダムと民家が近い。ダムと共存している只見川の流域の状況を表していると思った。

ここから再び国道252号線に出て、道沿いのベンチで一休みしてから郷戸駅に向かう。

 

日が落ちて、薄暗くなってきていた。

山裾と田んぼに挟まれた郷戸駅は照明で浮かびあがっていた。

郷戸駅、ホームの様子。私一人がいるだけ。

花火の打ち上げ予定時刻まで20分。待合室で一休み。


19:30、定刻通り花火が上がる。ホームからでも見る事ができた。

ホームの端まで移動し鑑賞。

なかなか良い場所で花火を見る事ができた。

20分ほど見て、会津若松行きの列車の乗る。

乗車後、車窓からも見ることができた。

駅のホームで観て、車窓から観て、と悪くはない楽しみ方だった。

会津柳津に約4時間ぶりに戻る。

ホームにはこの春から町内各地に設置された「赤べこプランター」があった。

柳津発祥の「赤べこ」をアピールするためのものだという。

 *参考:福島民報「赤べこプランター設置 「発祥の地」観光客にPR」(2016年8月5日)

花火大会が開始してから30分しかたっていないが、門限があるのか、高校生と思われる若者を中心に20名ほどが乗り込んだ。

この後、21:29に臨時列車「霊まつり号」がこの駅を出発する。その時にはホームは混雑するだろう。


 

会津柳津を出発後、列車は順調に走り会津若松に定刻に到着。

磐越西線の郡山行き最終列車に乗る。


しかし、途上、磐越西線・上戸駅手前で事件が起きる。

下り列車がイノシシと衝突し遅れ、私が乗る上り列車が緊急停止したのだ。

単線の磐越西線は、一方が遅延すると影響を受けてしまう。

結局、19分遅れで上戸駅を出発した。


郡山には17分遅れで到着したが、東北新幹線の東京行き最終列車がこの列車の到着を待って出発すると車内放送があった。

観光都市・会津からの帰宅客への配慮。当たり前のことだが、非常に大事な事だと改めて思った。


 

「夏の沼沢湖」、「圓蔵寺」、「柳津ダム」、「流灯花火大会」そして「あわまんじゅう」と、今回も只見線沿線を楽しませてもらった。

只見線沿線はコンテンツが豊富で、一本化した観光圏作りは可能であり、魅力的なものになるだろうと、また改めて思った。(了)

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ 

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!


【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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