今年5月以来となる、私選“只見線百山”候補の検証登山。今日は、田子倉湖で“カヤック体験”をした後、「奥会津ただみの森キャンプ場」背後の山塊中に二等三角点「弾正」を持つ山を選び、標石を目指した。
二等三角点「弾正」を持つ山は、只見駅や町役場等がある只見地区市街地に近接し、「奥会津ただみの森キャンプ場」の東南背部の山塊の中にある。
ちなみに“弾正”とは、律令制の官名に見られ、松永弾正久秀、高坂弾正昌信などの戦国武将が名乗っていたが、この山の“弾正”が官名を指しているのかは不明だ。
その山塊の中では最も高いものの「弾正」は突き出る程の標高ではなく、“山塊の中の凸部”の一つでしかない。
ただ、只見駅の側の「要害山」(705m、只見四名山、会津百名山91座)の山頂から、その山塊を見ると「弾正」は山塊の最高点と分かり、三角点を設置する場所に値するような風貌に感じられる。
また、二等三角点「弾正」(以下、“弾正山”と呼ぶ)の点の記には、東側(伊南川沿い)から取付いてこの山に登ったと記されているが、伊南川の右岸から見ると、“弾正山”の凸部ははっきりと見分けられる。この眺めは、旧陸軍陸地測量部が三角点として選点を行った(1905(明治38)年)ことが納得できる。
“弾正山”は、二等三角点峰という点で私選“只見線百山”の候補に入れた。
ただ地図を見て、この山が登るに過度な困難を伴わず、登山中に眺望が得られるのであれば、「奥会津ただみの森キャンプ場」側から登り、登頂後に伊南川に下り、清らかな流れを見ながら川沿いを歩いた後に只見駅に戻る、という周回登山が可能になる。そうであれば、“観光鉄道「山の只見線」”の有力な山岳アクティビティになるのではないかという期待を抱くようになった。*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/ *二等三角点「弾正」は筆者にて文字入れ
天気予報は曇りだが、雨の降る確率は低かった。今回は昼から日没までの限られた時間だが、低山(標高700m台)であるため、登山路が無くても何とか二等三角点に到着できるだろうと思い、登山に臨んだ。
*参考:
・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)
7:23、会津美里町、会津坂下町、柳津町を経た列車は三島町に入り、「第一只見川橋梁」を通過。左車窓、上流側の駒啼瀬の渓谷を眺めた。*只見川は、東北電力㈱柳津発電所の調整池である柳津ダム湖
7:42、「第三只見川橋梁」を渡った。*只見川は東北電力㈱宮下発電所の調整池である宮下ダム湖
8:03、金山町に入った列車は、会津川口手前で只見川(上田ダム湖)の縁を駆け、“大志集落ビューポイント”を通過。*上田ダム湖は東北電力株上田発電所の調整池である上田ダム湖
8:17、「第五只見川橋梁」を通過。各橋梁同様、大半の乗客が車窓に目を向け、窓を開け写真に収める客も多く見られた。
右岸の電源開発㈱寄岩泊地では、滝ダム湖の浚渫工事が行われていた。タグボートにひかれた土運船が接岸すると、バッグホウが土砂を泊地にすくい上げていた。
9:07、只見に到着。上空には厚い雲が広がっていた。
駅舎を出て送迎車で「M.O.C. カヤック体験 田子倉湖」の集合場所となっている「奥会津ただみの森キャンプ場」に向かった。この「カヤック体験」は、只見町と国内有数のアウトドアブランドのモンベル社が共催したイベントだった。
「奥会津ただみの森キャンプ場」で短い開会式を終えると、電源開発㈱田子倉発電所の田子倉ダム湖に向かい、カヤックに乗った。
モンベル社のインストラクターを含め、参加者(6名)を超えるスタッフの手厚いサポートを受けて、約1時間の“乗船”を終えた。楽しかった。
「M.O.C. カヤック体験 田子倉湖」を終え、「奥会津ただみの森キャンプ場」戻り解散。私は、センターハウス(管理棟)の下で昼食を摂り、登山準備をした。
昼食はおにぎりを食べた後、会津川口駅構内の売店で購入した赤べこ堂(柳津町)の「杵つき餅」(つぶあん)でエネルギーを補充した。
「杵つき餅」は適度な柔らかさで風味があり、あんも甘すぎず、期待通りの旨さだった。
昼食中は、地図を見て“弾正山”までの“登山ルート”を確認。登山道は無く、藪漕ぎは容易に想定されたが、国土t地理院の地理院地図の等高線を見るに尾根筋をたどれば到着できそうで、且つ深い鞍部も無いようなので、地図上では、"弾正山までの“登山ルート”は問題なさそうだった。
登山準備の最後は、クマ除けの笛と熊鈴。
キャンプ場直近の里山とはいえ、遊歩道からは藪の中を進むことが想定されるので、クマに我が身の存在を知らせ遭遇しないよう気を引きしめた。
13:23、登山に不要な荷物は、キャンプ場内の建物の陰に置かせてもらい、少し身軽になってからセンターハウスを出発した。
只見線の会津若松行きの列車の出発時刻は18時だが、暗くなりクマの活動時間帯(16時頃)には下山し戻ってこなければならないと思った。
センターハウスを出て、キャンプ場内の道路に入り、北に進んだ。
コテージ棟を左に見ながら坂を下ると、右側に遊歩道入口が見えた。
遊歩道入口に到着。センターハウスからは200mほど。入口には「向山生活環境保全林」と記された案内板が立っていた。
13:27、遊歩道に入り、登り進んだ。
遊歩道は落ち葉が積もり、久しく人が歩いていないような状態だったが、傾斜は緩やかで歩き易かった。
途中、標杭があり、頂にはリスの人形が載っていた。
遊歩道の傾斜が増してくると、九十九折れになった。
途中、キャンプ場内から延びる2箇所のコースと合流。
九十九折れ区間が終わると、遊歩道は尾根に向かったまっすぐ延びた。
登り進むと、東北電力㈱の送電鉄塔の下を通り抜けた。鉄塔下からは電源開発㈱只見発電所・ダムの一部が見えた。
そして、鉄塔の先は大きく開け、尾根に乗るようだった。
尾根に乗る手前で振り返ると、只見地区市街地がよく見渡せた。
乗った尾根は肩のようで、両側を灌木やマツに覆われた遊歩道を少し進んだ。
するとまもなく丸太階段が現れ、その先に今度は電源開発㈱の送電鉄塔が見えてきた。
13:43、鉄塔の先はほぼ平坦で、遊歩道の山頂尾根に着いたようだった。
振り返ると、只見地区市街地がさらによく見えた。
そして鉄塔の下からは、こんもりとした、目指す“弾正山”の台形の頂が見えた。
また、国土地理院の地理院地図に、通過した東北電力㈱とこの電源開発㈱の鉄塔の間には、四等三角点「新田澤」記載されてる。*下地図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/
しかし、15分ほど探索してみるが、見つけられなかった。
山頂尾根を先に進んだ。両側には腰の高さほどの灌木が密集していた。
少し進むと、“只見町全景”と記された色あせた案内図が立っていた。片側の杭では、リスの人形が這い上っていた。
この案内図から少しずれると開けだ場所があり、地区市街地が見えた。右(北東)側の斜面の木枝を整備すれば、更に良い眺望が得られるだろうと思った。
山頂尾根を更に進むと、まもなく下りになった。前方には、“弾正山”に向かって取付く斜面が見えた。密集した森で、ハードな藪漕ぎになるだろうと覚悟した。
遊歩道を下り、取付き点を探した。
すると、リスの人形が載った、傾いた標杭があり、茂みの中を見ると、灌木・幼木が切り払われた空間になっていた。そこで、ここを取付き点とした。
13:55、藪の中に突入し、“弾正山”山頂を目指した。
『(木々が)切り払いされた箇所は一部か⁉』と、少し進むと、
再び鉈目が見え、先に向かった歩行空間が延びた。『登山路が整備されている⁇』と思ってしまった。
...しかし、また少し進むと、地表に頭が赤い境界杭があり、その先には藪が一面に広がっていた。結局、歩行空間は50mもなかった。
先に広がる藪はいわゆる激藪で、しかも一気に傾斜が増し、“急坂藪漕ぎ”という一番恐れていた場所になった。
さらに、クマへのケアもしなければならず、「北大クマ研」の“ポイポーイ”を叫び、今日の為に調達した電子ホイッスルを定期的に鳴らしながら進み始めた。*参考:北海道新聞「「ポイポーイ」クマよけのかけ声が響く北大天塩研究林 地図とコンパスで広大な山林を調査して歩く北大クマ研のヒグマ調査に同行」(2022年9月15日) URL: https://www.hokkaido-np.co.jp/article/730946/?pu
序盤は、藪の濃さに関わらず弾力は無く、前進が大きく妨げられるものではなかった。また、掴める藪が続くため、急坂も苦にはならなかった。
少し進むと、地面に足を滑らせたような痕跡があり『誰か登った⁉』と思ったが、直ぐに人間ではなくクマかシカのものだと思い直した。
急坂は、短い間隔で肩があり、直登にはならなかった。登山路を整備すれば、“初級レベル”の傾斜に思えた。
14:12、前方に岩らしきものが見えた。
近付くと、かなり大きな岩だった。直進はできず、右に大きく捲いて進んだ。
巨岩の後も薮が続き、なんと、恐れていたシャクナゲも現れ始めた。
短いナゲ場を過ぎると、足元に初めて見るキノコが生えていた。
14:28、根曲りした、かなり太いマツが現れた。
ここで背中に明るさを感じ、振り返ると只見町只見地区の市街地が一望できた。
14:30、少し広めの肩になった。
この先は、やや鋭角な尾根を登り進んだ。
14:34、2つ目の巨岩が現れた。また、右に捲いて登った。
巨岩を抜け、少し進むと、更に広い肩となり...
歩き易い空間が、短い間続いた。
そして、5分ほど進むと、再び激藪に戻った。
さらに、傾斜が増した斜面を登ると、ナゲ場が再び現れた。
このナゲ場は、一時的なものではなく、続いた。今までの登山で、何度かナゲ場に出くわしたが、ここまで長く続く場所は無かった。シャクナゲは“最強”の藪を作り体力と気力を奪うが、ここでそれを痛感した。
14:57、ナゲ場を進む途中で振り返ると、木枝が大きく開け、只見駅を中心とする只見地区がよく見えた。
また、北側の木々の間からは只見ダムの堰堤(ロックフィル)が見えた。
ナゲ場は続いた。
まもなく傾斜が緩やかになり、“弾正山”まで続く山頂尾根に乗ったようだが、このシャクナゲのために登山速度は一気に遅くなり、時間を取られた。
わずかにナゲ場が途切れた場所があったが、...
まもなく、密集したナゲ場が続いた。短い斜面でも、シャクナゲは容赦なく下半身を搦めとり、遅々として進まなかった。
そして、腰高を越える、濃いナゲ場が現れた。『ナゲ場はどこまで続くのだろうか』と心配になった。
15:20、シャクナゲと格闘しながら進むと、右側の木々の間から送電鉄塔が見えた。
手元の地理院地図を見ると、この鉄塔は電源開発㈱只見発電所からの送電線が接続しているようで、ここは位置的に標高点701mの手前で“弾正山”までは残り2/3ということが分かった。*出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: https://maps.gsi.go.jp/
そして、左(南東)に目を移すと、木枝の間から“弾正山”の山頂が見えた。
台形の山頂は、尾根が東に下がり気味だった。
山頂が近付き、ここからの距離は1.3kmということで、通常の登山ならば40分程度で到着するだろうと考えた。
だが、ここまでの藪の状態と、特にナゲ場がこの先に無いとも限らないため、その倍以上の時間が掛かる可能性を否定できなかった。現在時刻は15時30分で、17時30分頃には日が暮れることから、ここで引き返すのが正解だと思、“弾正山”登頂を断念した。
『700m級の低山で、引き返すことになろうとは...』と思いながらも、薄暗い中での道迷いとクマとの万が一の遭遇を考えると、止むを得なかった。
15:34、下山を開始。急坂の激藪の中を、慎重に下った。
下る途中で、只見地区が見通せる場所があった。手前にあるマツが邪魔だったが、今回の山行で一番の眺望だった。
16:04、2度ルートを外れたが、“登頂断念”地点から30分で遊歩道に戻った。
そして、遊歩道を西から北西に下った。西側の遊歩道は、一部荒れた場所があったが、歩行空間は確保されていた。
16:41、「奥会津ただみの森キャンプ場」の駐車場に戻った。
荷物をピックアップし、一息ついた。
今回、持ってきた電子ホイッスル。新たなクマ除けグッズだが、便利だった。
クマ鈴の他、「北大クマ研」の“ポイポーイ”や笛も有効だが、疲れていたり登下山に夢中になっていると発声や笛吹きを忘れ、二等三角点「黒岩」でのクマと“ニアミス”のような怖い体験をしてしまう可能性がある。この電子ホイッスルは軽量で、軽くボタンを押すだけで甲高い音が鳴るため、登下山中に負担無く、忘れずに操作できると思った。*参考:拙著「只見町「鳥越山」登山/昭和村 二等三角点「黒岩」 探索 2023年 紅葉」(2023年11月9日) *後半の「黒岩」下山時参照
“弾正山”登山は、途中引き返しという結果に終わった。激藪の中、大きな道迷いがなく日没前に下山でき、さらにクマとも遭遇しなかった事は良かったものの、二等三角点「弾正」の標石に触れることができず残念だった。
冒頭でも述べたが、“弾正山”は、只見駅から徒歩圏の山で、“登山道”(現状は激藪だが...)や山頂からの眺望が良ければ、“観光鉄道「山の只見線」”のアクティビティーの候補としても大きな可能性を秘めている。これを検証するためにも、できるだけ早く“弾正山”に再チャレンジしたいと思う。次の機会は、登頂することを第一目標に、二等三角点「弾正」の「点の記」に記されている、楢原地区の花立橋手前釜越沢から晩春の無葉期に登りたいと思う。
「奥会津ただみの森キャンプ場」を後にして、風呂に入ろうと伊南川が只見川に注ぎ込む合流点にある「ひとっぷろ まち湯」に向かった。
途中、国道289号線の常盤橋の上から“弾正山”目指して取付いた斜面を眺め、右奥の鉄塔を確認し『あの頂付近で引き返したのかぁ...』と独り言ちた。
「奥会津ただみの森キャンプ場」から、歩くこと20分ほどで「ひとっぷろ まち湯」に到着。温泉ではないが、浴室は綺麗で広く、私はよく利用している。
ゆっくりと湯に浸かったのち、国道252号線沿いの松屋で夕食の調達をしてから、只見駅に向かった。ホームには小出発会津若松行きの列車が、すでに入線していた。この列車は17時30分只見着だが、30分後の18時が発車時刻になっている。
駅頭には、日台合作の映画で只見町も舞台になっている「青春18×2 君へと続く道」のポスターが貼られ、幟も立てられていた。
そして、“2024年10月1日 おかげさまで只見線全線運転再開 2周年”と記された大きなポスターも掲げられ、カウントボードは“735”日を表示していた。
駅舎を抜け、長い連絡道を歩き列車に乗り込んだ。
“夕闇の中を走る景色が見られない”最終列車、ということで空いているとは思ったが、想像以上にガランとしていた。先頭車両は1人、後部車両も1人。私は先頭車両に座った。
18:00、只見線の上り最終列車が只見を出発。“弾正山”には登れなかったが、『お疲れさん』と独り言ち缶ビールを呑んだ。旨かった。
列車は民家の灯りがほとんど届かない、暗闇の中を駆けた。停車する駅のLED照明が眩しかった。
腹ごしらえをしたあと、日本酒を呑む事にした。昨日、会津若松駅近くにある渡辺宗太郎商店「會津酒楽館」で入手した「会津男山 純米酒」(男山酒造店、会津美里町)。
“INOMATA65”とは、杜氏の名前と精米歩合が65%(扁平精米)を意味しているという。
つまみは、定番のポリッピー。
「会津男山 純米酒」を呑む。旨い!
芳醇とまではゆかない、純米酒のさっぱり感を邪魔しないふくよかさで、どんどん呑んでしまった。
18:52、会津川口に停車。下り(会津若松発小出行き)最終列車と交換を行った。キハ110の2両編成には各車両1人づつの客だけが乗っていた。
何度も思うが、回送列車の役割はあれども、只見線の最終列車(会津若松⇋小出)の客の少なさは問題だ。平日ならいざ知らず、今日は土曜日で、特に会津若松行きの最終列車ならば、翌日に朝から会津若松観光をして早めに東京圏に帰る、という観光需要がきっとあるはずだ。
景色は見られないが、“居酒屋列車”にして会津と越後の酒とアテを楽しめる、などが企画されれば、客数は増えるのではないだろうか、閑散とする上下線の最終列車を見て思った。
会津川口を出た列車は、会津中川で一人客を乗せたが、この乗客は会津宮下で降りた。若い方で生活利用だと思われた。只見線には生活利用の増加も欠かせないが、“働く”、“遊ぶ”などで行動範囲が広い若年層を沿線に増やさない事にはどうしようもないと、この光景を見て思った。
会津柳津の駅舎壁には“祝 只見線全線運転再開2周年”と記されたフラッグが掲げられていた。
20:15、列車は七折峠を下り、奥会津から会津平野に入った。前方には会津坂下町市街地の灯りが見えた。
田園地帯に入ると、民家の灯りは遠くなった。日本酒を呑みながら、この遠く小さな灯りを眺めるのも良かった。
「会津男山 純米酒」は旨く、3合以上呑んでしまいほろ酔いでウトウトしはじめ、会津高田駅付近で寝入ってしまった。
21:20、列車が終点・会津若松に到着した時刻(20時55分)から、遅れること25分に目覚めた。列車内にもホームにも誰もおらず、『やってしまった』と青ざめた。乗るはずだった郡山行の最終列車(21時01分)に乗りそびれてしまったからだ。
私が乗ってきた只見線の列車は、折返しの会津川口行きになるためか、回送列車のように駅スタッフが寝ている人を起こすようなことはせず、私は寝ているままになっていたようだった。
会津若松の高速バスも無く、郡山の自宅に帰る術はなかったので、今夜は市内に泊まることにした。
宿に向かう前に、〆のラーメンを食べることにした。会津若松駅から東へ700mほど直進した場所にある「とんこつラーメン こうみ家」。人気店だが、初めて訪れた。
トッピングは、よく見るとんこつラーメンのそれではなく、特に刻み玉ねぎが目を引いた。
スープにストレート麺は、とんこつラーメンだったが、この刻み玉ねぎが良いアクセントになっていた。甘く、シャキシャキ食感がスープと麺によく合い、今まで食べた事の無いとんこつラーメンで、素晴らしく旨かった。
カヤック体験、“弾正山”登頂断念、、最終列車乗り遅れ、今日は密度の濃い一日だった。そして、旨いラーメンで締めくくることができ、印象深い只見線の旅となった。
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)
・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ -只見線の秋- / -私選“只見線百山”候補の山行記-
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法
*現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、宜しくお願い申し上げます。
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