只見町「只見スキー場」 2017年 晩冬

今日、今年度の営業を終了する「只見スキー場」を見たいと思い、JR只見線を利用し只見町に向かった。

「只見スキー場」は只見線沿線では駅から最も近く徒歩圏。福島県内にはこれほど駅から近いスキー場は無い。

 

だがこの「只見スキー場」、3月に入り県内で唯一“滑走不可”になっていた時期がある。

只見町が国内有数の豪雪地帯でありながらスキー場が使えないのはなぜだろうと疑問が湧き、現場を見たいと思ったことも、今回の旅の動機となった。

 

 

  


早朝の郡山駅前。夜は明けてはいたが、灰色の雲が広がる。

改札を抜け、1番線に向かう。3月4日のダイヤ改正で磐越西線に投入されたE721系が待つ。

5:55、列車は定刻に出発。

E721系の登場で、磐越西線でもワンマン運転が始まるという。

新車とは思えないが、床はピカピカだった。

明日、4月1日に開業する郡山富田駅を通過。立派(豪勢)な連絡橋が目立つ。

郡山市が約20億円を搬出して設置した「請願駅」。1面1線の構造で、Suica対応の無人駅。

駅に直結するような位置に「ふくしま医療機器開発支援センター」があり、周辺には奥羽大学や郡山北工業高校、スーパーやホームセンターがあり、何より宅地開発で人口増加は著しい場所に新駅は設置されている。郡山に駅をつくるのならばここしかないという場所だ。

郡山市は一日1,000人の利用者を見込んでいる。

上り(郡山行き)が18本、下り(会津若松方面)19本で、1時間に1本程度の列車の数が気になるが、多くの市民にこの駅を利用してもらいたい。

 

 

列車は喜久田、磐梯熱海、中山宿を過ぎ、沼上トンネルを抜けて郡山市から猪苗代町に入る。

上戸、関都、そして川桁を出発し長瀬川を渡る前後で磐梯山が見え始めるが、今朝は雲に隠れる。

見えないのは残念だが、この田んぼ越しに屹立する容姿を想像して、会津に入った事を実感した。

 

7:09、会津若松駅に定時に到着。

改札を出て駅舎から空を仰ぐと鉛色の空が広がっていた。

駅舎の屋根は鶴ヶ城(会津若松城)の赤瓦と同じ色合いのトタン屋根に改修され、先日18日に工事を終えたという。

JR東日本が新造した豪華寝台列車(クルーズトレイン)「TRAIN SUITE 四季島」が会津若松に立ち寄るのは1泊2日のプラン。

JR東日本が新造した豪華寝台列車「TRAIN SUITE 四季島」の会津若松駅への初乗入れ(5月7日)を歓迎するためだと地元紙が伝えていた。

「TRAIN SUITE 四季島」が会津若松に立ち寄るのは1泊2日のプラン。

車中泊した乗客は朝に会津若松に到着し、下車後に地元和食店に向かい朝食を摂った後に市内観光(2時間ほど)を行い、昼前に再び乗車し上野に帰ってゆく。

「TRAIN SUITE 四季島 1泊2日コース」の初運行は5月6日。翌7日の朝に初めての乗客がシャンパンゴールドの車体から会津若松のホームに降り立つ。

会津若松での時間が「TRAIN SUITE 四季島」の乗客に、素敵な思い出になって欲しい。

*参考:東日本旅客鉄道㈱「「TRAIN SUITE 四季島」運行開始日、運行日程、運行ルートの詳細、旅行商品の受付開始について」(2016年5月2日) 

*参考:割烹・会津料理「田季野

 

 

再び改札を通り、連絡橋を渡り只見線のホームに向かう。

これから乗る会津川口行きと、喜多方行きの列車(キハ40系)が並んでいた。

7:37、列車は定刻通り出発。

七日町西若松を過ぎ、西に進路を取り、阿賀川(大川)を渡る。

列車は田んぼが広がる会津平野を進む。

会津坂下で部活動に行くと思われる会津農林高と坂下高の生徒を多く降し、車内は閑散となる。

私が乗った車両には他一名だけ。

列車は七折峠を、今日までの「雪崩・落雪対策 減速運転」でゆっくりと駆け上がる。

 

会津柳津を過ぎ、まもなく郷戸という地点の車窓の風景。

会津平野では見られなかった田んぼの雪が、春の訪れが遅いことを感じさせてくれる。

9:03、列車は「第一只見川橋梁」を通過。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

ここから、只見線と只見川の付き合いが始まる。車窓の景色を眺める時間が長くなる。


深い緑の川面。

これはこれで、別の美しさがある。

 

 

9:07、会津西方を出発し間もなく「第二只見川橋梁」を通過。

大谷川橋梁を渡り、旧国道の宮下橋(上路式RCアーチ橋)を見下ろす。

9:08、会津宮下に到着。

2番ホーム、待合室に掲げられた駅名標。

歴史を感じさせる。

 

会津宮下で会津若松行きとすれ違い、間もなく出発。

宮下ダムの脇を通り過ぎる。

宮下ダム湖の湖面鏡。

ゆっくり走っているお陰で、一層、旅愁が深まる。

 

9:21、「第三只見川橋梁」を通過。界沢の滝が見える。

早戸を過ぎ、国道252号線の脇に架かるコンクリート8連の“めがね橋”を渡る。

9:37、「第四只見川橋梁」を渡る。

一部が下路式ワーレントラスになっているため、鋼材が見える。

 

会津中川を過ぎ、大志集落の脇を通り抜けると、間もなく只見川に架かる上井草橋が眼前に迫ってくる。 

現在の終点、会津川口駅が橋桁と川面の間に見える。

 

上田ダム湖の湖面鏡には冠雪した山が映りこむ。

 

9:49、会津川口(金山町)に定刻着。ここから先が、2011年7月30日から運休区間となっている。

駅構内に入る。

金山町の公式ゆるキャラ「かぼまる」に再会。今回も衣装は着ていなかった。

「かぼまる」下にあるカウンターケースには「只見線活性化対策協議会」のポスターが張られていた。

初めて見る。

“只見線応援キャラクター”キハちゃんのずんぐり感が愛らしい。

 

代行バスに乗車。ドライバーはいつもの女性。安心感がある。

 

10:25、私の他一人の乗客を乗せ定刻に出発。

運休区間に沿って走る国号252号線を南下する。

10:29、一部流出の「第五只見川橋梁」を見やる。

本名駅前のバス停を過ぎ、東北電力㈱本名ダムの天端を渡る。

10:33、ほぼ全てが流出した「第六只見川橋梁」を見下ろす。

会津横田~会津大塩間に架かる「第七只見川橋梁」は、運休区間で唯一代行バスルート(国道252号線)からは一部しか見えない。

 

会津塩沢“駅”となっている塩沢簡易郵便局前を過ぎてしばらく進むと只見川に架かる寄岩橋を渡る。

11:02、只見川を渡る事の無い“不渡河橋”「第八只見川橋梁」を上流方向に眺める。

奥には“只見四名山”の一つで“会津のマッターホルン”蒲生岳が見える。

 

会津蒲生“駅”となっている蒲生集会施設「雪の里」前を出発。

しばらくすると代行バスは只見線の「叶津川橋梁」を潜り抜ける。

全長372mで半径250mの曲線を持つ美しいプレートガーダーと鉄筋コンクリート桁の混成橋だ。

 

 

11:15、只見に定刻着。

駅の北側にある空き地、2月に開催された「ふるさとの雪まつり」会場には“雪むろ貯蔵実験中”の案内板があった。

再利用されているようで平成26年度福島県地域づくり総合支援事業の文字が入っていた。

“熊本城”がそびえていた場所。名残りがある。

 

2月11日には多くの来場者でにぎわっていた。

 

 

国道252号線に出て、目的地である「只見スキー場」を目指す。

“魚沼方面通り抜け不可”とある通り、国道252号線の六十里越えは積雪のため例年5月中旬ごろまで通行不能となっている。JR只見線が魚沼市(新潟県)に抜ける唯一の交通手段となる。

*参考:只見町観光まちづくり協会「「国道252号六十里越雪わり街道」冬期通行止のお知らせ」 (2016年11月22日)

  

只見駅からスキー場へは山側を通る町道を使った方が早いが、今は雪に埋もれている。

 

駅を出て約800m、案内板が見えた。

右折し、町道を進む。

只見線のガードを潜る。

 

只見駅から約10分で「只見スキー場」に到着。

第三セクター「会津ただみ振興公社」が運営している。

今朝の新聞では「積雪95cm」で県内スキー場で最低となっていたが、使用可否欄は「〇」となっていた。

 

営業はしているようだが客の姿が見えなかった。

しかし、よく目を凝らすと数人の人影が見えた。

デジタルカメラを最大のズームにして撮影する。

冒頭に掲載せた3月9日の記事では、「積雪190cm」ながら使用可否欄は「×」となっていたのが何故かなのか、この光景だけでは分からなかった。

後でスタッフにでも聞いてみようと思い、早めの昼食を摂るためレストハウスに入る。

2階の食堂の様子。

落ち着いた雰囲気。

トマトラーメンとどちらにしようかと迷ったが、マトン丼を選び食券を購入。

カウンターに出し、テーブルで調理を待つ。

7分程度待ち、半券の番号が呼ばれ受け取り行く。

見た目のボリュームは申し分無い。

羊肉特有の臭みは少なく、玉ねぎ・キャベツ・ピーマンとタレがしっかり絡まって旨い。

一気に平らげた。

マトン、羊肉は当時国内最大の田子倉ダム建設の労働者の胃袋を満たした只見町のB級グルメ。

食に関する“物語”は別格の重みがあると思う。地元で羊を育てる、町内どこの飲食店でも食べられる、駅周辺など露出の多い場所に“旗艦店”を作るなどの手を打って、『只見線に乗ったら、只見駅で下車して、マトンを食べる』という文化を創って欲しい。

 

食後のお茶を飲みながら、窓越しに只見駅の方角を見る。

雪の上に頭を出した駅舎が見える。

駅が近い事を実感する。

 

食事を終え、表に出る。

改めてゲレンデを見渡す。

小規模のスキー場だが、可能性を感じる。

私はスキーをやらないので、この「只見スキー場」の雪質やゲレンデの形状などがどれほどスキーヤーに受け入れられるか判別できないが、駅直近であることは只見線利用促進の魅力的なコンテンツになると私は思う。

只見線利用者が乗換時間や日帰り旅行で楽しめる遊び方を提供できれば、集客に結び付くのではないか。

雪がなくなればグラススキーやゾーブボールなどでゲレンデを活用できる。

 

鉄道利用者は、駅から徒歩圏の場所やモノに惹きつけられ、途中下車をすることがある。

車で〇分、バス利用などというのは、ふらっと立ち寄りを期待できない。

乗るだけで価値のある只見線の利用者を、途中下車させ楽しんでもらえれば、リピーターが確保されるばかりでなく、新たな利用客層の開拓につながるのではないだろうか。

「只見スキー場」は必ず、只見線を代表する“ふらり途中下車の立ち寄り先”になるなると思う。

 

只見線の復旧決定が秒読みの段階ではあるが、利用促進策に具体性は無い。

只見線各駅周辺のコンテンツを精選し、徒歩圏(広がっても自転車移動可能圏)の楽しみ方を利用者に提案して欲しい。そうすれば途中下車を誘発し、滞在時間の増大が見込める。滞在時間が増えれば、沿線ににぎわいが創出されるばかりでなく、地元経済にも好影響をもたらすと思う。

“移動は車”という生活環境、文化が身に着いた中、施策の立案者には発想の転換が必要になってくるが、只見線の利用者増・只見線を核とした沿線交流人口増にはこの発想の転換が必須だ。

 

 

 


スキー場を後にする。

国道252号線を一本入った町道にも雪は見当たらない。

しばらく歩き、国道289号線を渡り、間もなく竣工する只見振興センター(旧只見総合開発センター)前にある静態展示のSLを見に行く。

「C58 244」号。只見町観光街づくり協会が中心となり昨年11月に7年ぶりに塗り直された為、黒光りしている。この堂々とした迫力には、鉄道ファンならずとも見入ってしまう。

意外だったが、このSL展示には案内板が無い。もったいない。

 

「C58 244」号は1940(昭和15)年11月に兵庫県(川崎重工)で製造され、岡山→北海道→盛岡→青森と各地で疾走し、最後は八戸で引退している(1972(昭和47)年5月)。福島県内では走行していなかったという。

 *出処:機関車データベース 「C58 244

 

只見線の「SL新緑号」(5月)と「SL紅葉号」(10月下旬~11月上旬)は真岡鐡道㈱(栃木県)の「C11 325」号が借用され運行している。

ちなみに、磐越西線の「SLばんえつ物語号」は「C57 180」号が充てられている。

 *出処:東日本旅客鉄道㈱新潟支社 「SLばんえつ物語号

 

この只見町に展示されている「C58 244」号は、只見町に所縁のない蒸気機関車となる。これが故に案内板が無いのかもしれないが、やはり176万2478kmも駆け抜けた物語は知りたいものだ。

只見線の全線復旧に合わせ、蒸気機関車「C58 244」号も活かしてもらいたいと思った。

 

 

このSL展示場からほど近い場所に「ふるさと館田子倉」がある。

国道289号線線に面しており、「只見ユネスコエコパーク」推進協議会事務局の看板も掲げられていた。

 

引き戸に貼られていた案内ポスターには“ダムに沈んだ旧田子倉集落の自然と生活・文化を伝える”とあり、電源開発㈱田子倉ダム(発電所)の底にあった田子倉集落と住民の写真が掲載されていた。

正面に回り、入館する。

もともと、この資料館は田子倉集落出身で移転を余儀なくなれた皆川弥氏(故人)が私設資料館として開設したものだという。その後、皆川氏の意思を町が引き継ぎ、2015(平成27年)に町がこの施設を取得し、昨年11月3日に「只見ブナセンター ふるさと館田子倉」として開館。

 *出処:「広報 ただみ」(No.559 2016年12月号)

館内には田子倉集落に関する資料や当時実際に使用されていた生活用品の実物、写真などが多数展示されていた。当時の映像も見る事ができる“上映室”もあった。

また、田子倉ダム建設を題材に小説を書いた作家(小山いと子、城山三郎、曽野綾子など)に関する情報や作品に関する資料なども展示され、当時田子倉ダム建設が大きな社会問題であったことを窺い知ることができた。

 *参考:只見町観光まちづくり協会「駅近!只見の歴史ある集落、田子倉を知ろう

 

 

時間があったので、只見川沿いにある町営の入浴施設に立ち寄る事に。

只見川方面に向かい、常盤橋の手前を左折。少し歩くと伊南川との合流に地点に着く。

この合流地点の真ん前に只見町営の保養センター「ひとっぷろ まち湯」がある。

自動券売機で入館券(¥500)を購入し、浴室に向かう。

男湯の入り口脇には、只見線の大きな絵が掲げられていた。

鉄道風景画家である松本忠氏の作品だ。線使いや色合いがはっきりしていながら、優しさがある絵風が私は好きだ。

 *参考:松本忠「もうひとつの時刻表

この絵を含め、脱衣所(2)、浴室(2)の館内5か所に掲げれているという。

 

脱衣所、浴室ともに人がおらず、撮影させていただく。

浴室に入ると、2013年9月にリニューアルオープンとは思えない、真新しい清潔感を感じた。

只見川との間に町道があるため、川を見ながらの入浴とならないのは惜しいが、せめて半透明な窓の上部を透明にして外の緑が見えるようになれば良いと感じた。

町の保養施設で、町民にとっては見慣れた自然の光景だと思うが、駅裏の「要害山」登山や田子倉方面へのサイクリングなどを楽しんだ観光客にとっては、より気持ちよく疲れを癒せるのではないだろうか。

只見駅から徒歩圏の施設だけに、一考して欲しい。

 

20分ほど浸かって「ひとっぷろ まち湯」を後にし、只見駅に向かう。

 

 

10分程で駅に到着。

駅舎の小窓には只見町公式キャラクター「ブナりん」がスキーをはき、その隣の小窓には、

“相棒”の「イワっぺ」(左)と「アカショウちゃん」が蓑、笠、かんじきという雪国の装いで居た。

このような演出は嬉しい。

構内に入り、最近壁画に絵を描いたという只見町観光まちづくり協会に併設されている売店を見る。

 

すると間もなく、駅員がホームに行く気配がし、私も移動する。

小出発の列車が到着したようだった。

JR東日本㈱新潟支社色のキハ40系。私も昨年乗車した赤と青の二両編成。

只見線が復旧した場合、白と緑の仙台支社色が会津若松~小出間を往復すると思うが、この“赤青列車”はどうなるのだろうか。

 

駅正面に停車中の会津川口行きの代行バスに乗る。

往路と同じマイクロバス。運転手も同じ。

14:36、代行バスは定刻通り出発。

車内は“赤青列車”からの乗り継ぎ客で、ほぼ席が埋まる。

 

次“駅”の会津蒲生で二人を降し、その後は乗客の乗降はなく、15:26、定刻に会津川口駅に到着。

 

急ぎ足で駅舎に入り改札を抜け、ホームに停車中の仙台支社色キハ40系に乗る。

車内には県立川口高校の生徒と思われる若者や地元方の姿もあった。

15:34、定刻に出発。

 

車内では只見で手に入れた「岩泉」をいただく。

初めて呑む日本酒だが、純米酒でスッキリとした味わいで、甘い香りも立って、旨い。

降りた先で手に入れた地酒を呑む。福島の鉄道旅の醍醐味。

 

列車は往路と同じようにゆっくりと進む。

進行方向の右に座り、東側の車窓の風景を楽しむ。

 

「第三只見川橋梁」上からの眺め。

 

「第二只見川橋梁」上からの眺め。

 

「第一只見川橋梁」上からの眺め。

左岸(崖)中腹を横切る線は、旧国号252号線。

難所“駒啼瀬峠”を這い付くように走っていた。今は駒啼瀬トンネルを含むバイパスが整備され、安全快適な通行が可能になっている。

 

 

17:38、定刻に会津若松到着。

郡山行きの列車まで乗換が30分以上あるため日本酒を探しに行く。

 

駅から徒歩5分、「會津酒楽館」に到着。三度目になる。

中に入り、半地下の売場に直行。

冷蔵庫を含め、気になっていた「会津娘」を探す。なかなか見つからず店員に聞くと一升瓶2種と四合瓶1種を教えてくれる。私は冷蔵庫に入っていた期間限定品で、四合瓶のにごり酒「純米吟醸 花さくら」を購入。製造年月日は今月、「29.3.」と印字されていた。当月の酒を手に入れられる喜び。

 

駅に戻り、磐越西線の列車に乗車。先ほど購入した酒を呑もうと考えていたが、車内は満員。断念した。

 

 


18:13、会津若松を定時に出発して、19:29に終点・郡山に到着。

今回の旅を終える。 

 

 


酒は帰宅してから梱包を解き、吞むことにした。

この「純米吟醸 花さくら」。薄にごり酒ではあるが、濃厚さは無くすっきりとしたのど越しで、吟醸酒らしく上品な果実のような香りが鼻を抜けた。旨い!

味を表現するならば他にも言葉があろうが、あとは吞みながら唸るしかなかった。

次は「純米酒」を呑みたい、と機会が待ち遠しくなった。


 


今回は旅は「只見スキー場」の“積雪190cmで滑走不可”という新聞からの情報に違和感を感じた事が発端ではあったが、結局その理由を確認することにはできなかった。

しかし、「只見スキー場」の営業風景を見られた事で只見線沿線の集客・交流人口拡大の可能性を、また感じた。

只見線は“乗って良し、見て良し、撮って良し”で鉄道ファンにとって“横綱級”の魅力がある。

 

課題は、“この駅に降りてみよう”と思わせ、降り立った観光客ができるだけ長く滞在できる仕掛けづくりだ。

只見線の駅で、その可能性が一番あるのは只見駅だと私は思う。今回訪れた「只見スキー場」も魅力があり潜在能力があるコンテンツの一つだ。

 

復旧が決定すれば工期は3年(福島県試算)となっている。

復旧時には『10年ぶりに復旧した鉄道』としてメディアへの露出は増し、多くの“ご祝儀乗客”を呼び込むだろう。その際、どれだけの訪問客に“只見線に乗ってまた来たい”と思わせるかが、大きな勝負所となる。

時間は無い。

 

 

私はこれからも只見線内の駅徒歩圏、沿線の自転車走行圏の観光資源を訪れ、発信することで只見線旅の一つのプランを提案し、復興振興策の一助になれればと考えている。(了)

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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