鷲ケ倉山 <わしがくらやま> 918メートル
山名は、蒲生岳方面から見ると鷲の形に見えるところに由来しているといわれる。この山は地元の人でも余程の山好きの人でもない限り知る人は少ない。[登山難易度:上級] *出処:「会津百名山 ガイダンス」(歴史春秋社)p98
私は2016年10月に、「鷲ケ倉山」から西に約2.5km離れた「蒲生岳」に登った。当時この山の存在を知らなかったため、登山道から見えた「鷲ケ倉山」が“鷲の形”をしているかどうか見定めていなかった。
十島口は、尾根筋直下まで林道が通ってはいるが、林道終点にはカヤト(原)があり、尾根筋に辿り着くまでの登山道が不明瞭で困難箇所、と多くの登山記に載っていた。また、熊のテリトリーということで、登山記の中には無数のお尻からの“落とし物”を見て、林道から引き返したというものもあった。
事前の情報から、「鷲ケ倉山」は気軽に登る事のできない山という印象を持ったが、駅から近い山で避けるわけにはゆかないと、相当の覚悟を持って登る事を決めた。
天気予報は晴れということで、林道途上の「十島ビューポイント」からの眺望も確認できると思い、「鷲ケ倉山」登山に臨んだ。
*参考:
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF) (2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日) /「只見線(会津川口~只見間)復旧工事の完了時期について」(PDF)(2020年8月26日)
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ ー只見線沿線の“山”(登山/トレッキング)ー / ー只見線の秋ー
駅舎に入り切符を購入し、輪行バッグを抱え改札を通り只見線のホームに向かう。切符は、移動距離を考慮し、「小さな旅ホリデー・パス」にした。
連絡橋から見下ろすと、列車が既に入線していて、北東には会津百名山「磐梯山」(1,816.2m )の頂上付近が見えていた。
6:03、会津川口行きの始発列車が定刻に会津若松を出発。
列車は、七日町、西若松を過ぎ、大川(阿賀川)を渡り、会津本郷を経て会津美里町に入り、会津高田、根岸、新鶴で停発車を繰り返してゆく。列車が包み込むように走る会津平野は霧に包まれ続けた。
列車は、会津坂下を出発すると、ディーゼルエンジンの出力を上げ、会津盆地と奥会津を隔てる七折峠に向かった。
車体が真北に進路を変え、登坂を始めようとすると陽光が差し、振り返ると「磐梯山」の東側に朝日が創る幻想的な光景が見られた。
晴れの予報日の早朝に会津平野が霧に覆われていると、始発列車の車内からこのような良い絵を見られる確率が高い、と私は思っている。
登坂途上にある塔寺を過ぎ、会津坂本を経て奥会津の入口となる柳津町に入り、列車は霧の中を抜け青空の下を走ると思ったが、会津柳津に到着しても周囲は濃い霧に包まれ続けた。
郷戸の手前、“Myビューポイント”でも会津百名山「飯谷山」(783m)は全く見えなかった。今日は本当に晴れるのだろうか、と心配になった。
上流側、駒啼瀬峠の急峻の木々も晩秋のモザイク模様だった。
列車は、減速しながら“アーチ3橋(兄)弟”の長男・大谷川橋梁を渡り、会津宮下に到着。上り列車の到着を待ち、すれ違いを行った。
会津宮下を出発し、東北電力㈱宮下発電所と宮下ダムの脇を通り抜け、「第三只見川橋梁」を渡る。紅葉のピークに美しい光景を見せる国道252号線の高見沢スノーシェッドを取り囲む木々は、また違った良い風景を見せていた。
この先が「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で運休となり、再来年、2022年度中の再開通に向けて復旧工事が進められている。
私は、駅頭に付けられた代行バスに乗ろうと、駅舎を抜けた。駅前は町道駅前線融雪工事が終わり、綺麗に舗装し直され、白線が引かれグリーンゾーンなどの区画がされていた。
8:15、只見行きの代行バスが、私を含め乗客6名を乗せて出発。
代行バスは、国道252号線を進む。復旧工事でつながった「第五只見川橋梁」を右手に見て、本名“駅”となる郵便局の前に停車。
その後、東北電力㈱本名発電所・ダムの天端を通り「第六只見川橋梁」を見下ろしながら走る。下路式トラス橋の下弦材を支える受梁が全て取り付けられていた。年内はあと1か月ということで、両岸がつながるのは雪解け後だろうか、と思った。
湯倉温泉入口、会津越川“駅”、会津横田“駅”で停発車を繰り返した代行バスの車内から「第七只見川橋梁」が見えた。只見川右岸のケーブルエレクション工の鉄塔が撤去され、復旧工事が完成に近づきつつあることが分かった。
折りたたみ自転車を組み立て、国道を少し金山町方面に進む。中丸橋から只見川(電源開発㈱滝発電所の滝ダム湖)の下流側を眺める。雲が低く垂れこめていた。
「河井継之助記念館」駐車場に移動し、「鷲ヶ倉山」があるだろう方向に目を向ける。手前の山(508m)裾の他は何も見えず、「鷲ヶ倉山」は雲にすっぽり隠れていた。
駐車場敷地にある観光案内板を見る。
「鷲ヶ倉山」(918m)の名が確認できた。他「只見四名山」の「蒲生岳」(828m)は赤字で、「鷲が倉山」と同じく「会津百名山」である「笠倉山」(994m)も載っていた。
8:57、代行バスの停車地点に戻り、国道から分岐する町道十島線を進み、「鷲ヶ倉山」の登山口のある十島地区に向かった。
十島橋を渡り、只見川を越えると、突き当りに色あせた看板があった。“熊出没 注意!”とともに、“山に入る時は村の人に一声かけて入って下さい”という文字が見られた。
9:04、町道を進み、一軒の住宅の前を通り過ぎて、T字路を右に入り、坂を上る。途中、鬼渡神社で自転車を下り、登山の無事を祈った。
鬼渡神社からすぐのところにある、「鷲ヶ倉山」直下のカヤト(原)に通じる林道の入口(十島登山口)に到着。国道の分岐からは800mほどで、ここから登山を始めると思えば会津塩沢駅も徒歩圏だ。
ここで周辺を見渡し、住民の姿を探した。農繁期でもなく、朝を早いことからか、誰も見かけなかった。
9:07、住民への声掛けを諦め、熊鈴を取り出し身に付け、笛を首からぶら下げ、“熊除け”の音楽をiPhoneで鳴らし「鷲ヶ倉山」山頂に向かって出発。今日は福山雅治のベスト盤にした。
林道を進む。コンクリート舗装されていて、自転車の走行に問題はなかったが、急坂だったため乗り続けるのは辛く、途中から押して進んだ。
事前の情報通り、林道上には、10は優に超える熊のお尻からの巨大な“落とし物”があった。“ここは熊のトイレか!?”と思ってしまうほどの量だった。“落とし物”を避けながら林道を進むと、杉林を抜けた。思いのほか藪丈も高くなく、肝心の熊の存在は、それほど気にならなかった。
最初のヘアピンカーブを抜けると、開けた場所になった。
鬼渡神社と十島集落が一望できた。
2つ目のヘアピンカーブに到着。カーブの突端(この写真を撮った位置)には、自動車3台はゆうに停められる駐車スペースがあった。
さらに林道を進むとコンクリートブロックの防護柵が現れ、右側が開けていた。
9:25、「十島ビューポイント」に到着。「蒲生岳」の麓にある「第八只見川橋梁」を走る只見線の列車を、見下ろす事ができる。しかし、「蒲生岳」は厚い雲に覆われ、見えなかった。
9:30、“鷲倉の広場”に到着。ここで舗装道が終わったようなので、自転車を置いて林道を歩いて進んだ。
林道は落ち葉が敷き詰められ、進むべき方向がはっきり分かった。熊除けの笛を吹いてから進んだ。
標高があがるにつれて霧は濃くなり、幻想的な空間を歩くことになり、心地よかった。
林道の分岐に到着。事前の情報では、右は「鷲ヶ倉山」を西から攻める、急峻な岩場が続く上級者コースになっていた。今回は、左に進んだ。
林道には、枯れた草やカヤが倒れていただ、かすかに砂利の轍が見えていたため、霧で先が見通せなくても安心して進むことができた。
9:48、唯一の水場に到着。塩ビ製の管から綺麗な水が勢いよく出ていた。
この水場の先には“一本楢”が立っていた。林道の轍は、ここで判別ができなくなった。
“一本楢”の先はカヤト(原)で、大半は倒れていたが、この先を進むのは容易ではないとすぐに分かった。「鷲ヶ倉山」の稜線がうっすらと見えたが、登山道が分からず、どこから登るかしばらく考えた。
カヤには、朝露か、昨日の雨粒か、無数の水滴がついていた。一部は氷の結晶で、撥水性のズボンを履かず、手袋をしてこなかったことを悔いた。
9:52、比較的緩やかで、稜線まで最短距離となる場所を探し、登坂を開始。周囲の木々には熊棚が多くみられ、熊のテリトリーに入っている事を意識した。
ひざ丈に倒れ重なったカヤは行く手を阻み、足がなかなか進まなかった。さらに、斜面は思いのほか急で何度も滑りそうになった。そのたび、頼りないカヤを掴み、ゆっくりと前に進んだ。
10:12、登坂を終え、金山町と只見町の町境となる尾根に到着。カヤトはしばらく続いた。
カヤトを抜ける頃になると、陽の光を感じるようになり、振り返ると蛇行する只見川が見え、青空が現れていた。天気予報の精度に感心するとともに、安心した。
カヤトの次は、クマザサの群生になった。ここで熊に遭遇したらたまらない、と定期的に笛を吹きながら進んだ。
カヤ同様、クマザサも濡れていたため、露がズボンに浸透し体が冷えた。
クマザサの群生を過ぎると、痩せ尾根になった。徐々に陽射しの光量が増し、木々の曲線を相まって前方の景色が荘厳に見えた。
右側に目を向けると、斜面を覆う霧の層越しに、「鷲ヶ倉山」の頂上が見えた。
10:30、岩場に足元を気を付けながら急坂を登り、一息ついたところで振り返る。
集落全体が青屋根の滝沢集落が見えた。只見線の滝沢架道橋、滝沢温泉「松の湯」も見えた。
登るにつれて霧は晴れ、前方に青空が広がるようになった。登山道は踏み跡がはっきりし、歩きやすい区間もあった。
左側の藪の切れ目から見下ろすと、南側の山々に雲が漂っていた。
ブナ林を抜けた後、尾根道が続き、しばらくすると藪漕ぎ場になった。踏み跡があり、藪はさほど手強くはなかった。
藪を抜け振り向くと、東側が開けていた。滝ダム湖越しに只見線沿線の山々が一望できた。北東には「磐梯山」も見えた。
南側では西から雲が流れ、東側の谷に落ち消えてゆく様が見られた。
10:48、東側のピーク(850m)に到着。
北側の眺望が素晴らしかった。直下には、苦しめられたカヤト(原)の全貌が見え、十島と塩沢の集落、そして、塩沢川の先に「笠倉山」(994m)の頂がはっきりと見えた。只見川に沿っている只見線も確認できた。
1,000m級の山並みだが、野趣味があり、見応えがあった。
前方に見える「鷲ヶ倉山」を目指す。登山道となる、頂に続く稜線がはっきりと分かり、『美しい稜線を持つ山だなぁ』と思った。
右には、「十島ビューポイント」で見えなかった、“会津のマッターホルン”こと「蒲生岳」が全容を現わしていた。
その下には「第八只見川橋梁」も見えた。
登山道を進むと、塩沢集落の全体が見える場所になり、只見川が青空を映し、美しかった。
尾根道には、小さなアップダウンや短い藪漕ぎ、倒木越え(潜り)があった。
短い急坂路が現れ、前方が開けた。この先は山頂だと確信。
11:05、「鷲ヶ倉山」山頂に到着。国道の分岐から2時間8分、“鷲倉の広場”から1時間35分掛かった。
三角点が埋め込まれ、もう一つの石柱は倒れ、山名を示す標杭は見当たらなかった。
三等三角点の標石。
山頂周辺は、低い灌木に覆われていたが、20人は休憩できるスペースだった。
ただ木々や灌木に囲まれ、眺望はあまりよくなかった。
木々の間、枝の上部から周囲の山々を見ると、南西に会津百名山「浅草岳」(1,585m)が見えた。
その手前には、只見線最長の橋である叶津川橋梁(372m)の全体が見えた。
遠く南東には、「二股山」(下郷町)、「旭岳」(下郷町)、そして那須連山と思われる稜線が見えた。
11:15、水を飲み、一休みして下山を開始。
藪を抜けると、前方に素晴らしい眺望を得た。東側ピークに連なる尾根道を正面に見据え、その先には只見線が走る只見川河岸段丘が延びていた。天候に恵まれ感謝するとともに、「鷲ヶ倉山」登山の見どころを存分に味わえた事を嬉しく覆った。
東側ピークに近づくと、前方に白い人工物が見えた。何だろう?と思って近づくと、マスクだった。登山時に、ズボンのポケットに入れておいたマスクが、藪に引っ掛かりそのまま留まっていたのだ。おそらく一生に一度だろうと思い、忘れられない光景となった。
先に進み南に目を向けると、登山時は見られた、山々に掛かる雲も消えていた。
11:31、本格的な下りとなる直前、小さな羽虫が無数に飛び回る中、ほぼ垂直に蛇行した只見川(滝ダム湖)を眺めた。低山と只見川の組み合わせは良いな、と改めて思った。
急坂を下りる。道の朝露は乾いておらず、落ち葉の内部も濡れていたため足元は滑りやすかった。体を横にし、慎重に足を進めた。
痩せ尾根の岩場。高度感があり足元も不安定なので、少し怯んだが、思いほかスイスイ下る事ができた。雨の日は大変な登山道だ、と実感しながら歩みを進めた。
尾根のカヤトに出て、見下ろす。ここを歩いて登ったのだと、しみじみ眺めた。
11:55、カヤト(原)を見下ろす場所に着き、どこから下りるか考えた。どう見ても、踏み跡は判別できず、思いのほか斜面が急でもあることから、どうしようかと悩んだ。
どこもあまり大差ない、と思い下り始めたが、尻餅を三度ついてしまった。
12:07、何とか斜面を下り終え、カヤトを抜け“一本楢”に到着。振り返った。
朝はほとんど見ることができなかった光景。
ただ、晴れていても、登山道の区別はつかず、どこから登り下りするのが良いのかしばらく考えたが、分からなかった。ここには、案内版とカヤの刈払い、斜面には階段かヒモ(鎖)が必要だと、切実に思った。
カヤトから「鷲ヶ倉山」の稜線を見上げる。登った時の感触とほぼ同じ形状だった。
カヤトから下山を再開。林道に入り、先を進む。途中で振り返って、往路では霧に包まれて見られなかった風景を見る。「鷲ヶ倉山」の山頂が木々に隠れてしまう事を分かった。
12:15、自転車を置いた“鷲倉の広場”に到着。
カヤト(原)斜面で尻餅をつき、手のひらを傷つけてしまった。傷は浅かったが、少し痛んだ。手袋は必須だったと、改めて思った。
自転車にまたがり、スピードと熊の“落とし物”に気を付けながら下った。
途中、自転車を停め「十島ビューポイント」から景色を眺めた。今度は、「蒲生岳」と裾野を通る只見線と「第八只見川橋梁」がはっきり見えた。
林道も終盤になり、青空の下に広がる十島集落が見えた。
12:26、熊に遭わず、無事に登山が終わった事を鬼渡神社に報告し、感謝申し上げた。
町道から対岸の塩沢地区を眺める。のどかな光景に、登山中の熊への警戒心が解け、リラックスできた。
12:33、十島橋を渡り、国道の分岐に到着。出発時は雲に隠れて見えなかった「鷲ヶ倉山」の山頂が見えた。
国道を少し進み、出発前と同じく「河井継之助記念館」駐車場から「鷲ヶ倉山」を見る。頂上から西側の稜線が確認できた。
山頂の様子。麓からは斜面が切り立ち厳しい山に見えるが、第二ピークから山頂まで緩やかに延びる稜線の美しい登山道があるとは思えない、このような山の魅力を改めて学ばせてもらった。
国道の中丸橋から只見川の下流を眺める。綺麗な晩秋の風景に変わっていた。川面に周囲の景色が映し出され、綺麗だった。
登山を始めた当初は深い霧に包まれ、迷わず登頂できるか心配だったが、青空の下、無事に終えることができ、大満足だった。
「鷲ヶ倉山」を十島登山口から登って分かった課題は、現在ゼロの案内板(登山道、山頂)の設置の他は一点。
・カヤト(原)内の登山道の整備
カヤト(原)内が改善されれば、只見線会津塩沢駅から徒歩圏の「会津百名山」として、広く集客できるのではないか。もちろん、熊の動向には無視できず、熊には悪いが『日が高いうちは人間がテリトリーに入ってくるから、登山道のそばには近づかないようにしよう』と印象付ける必要もあるかもしれない。
「鷲ヶ倉山」十島登山道は、歩き易く麓の景色が楽しめる林道、険しい痩せ尾根道、そして第二ピークから山頂まで続く見晴らしがよく歩きやすい稜線道など、難易混在した登山の魅力が詰まっていた。“観光鉄道「山の只見線」”屈指の山岳アクティビティーのコンテンツになり得ると、思った。
滝ダム湖(只見川)には、中州が邪魔して「鷲ヶ倉山」の一部しか映っていない。しかし、この中州は水害対策で撤去される予定だという。そうなれば、美しい“逆さ”「鷲ヶ倉山」が見られ、「鷲ヶ倉山」の価値は高まるのではないかと思った。
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト/「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」 * 生活環境部 只見線再開準備室
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、よろしくお願い申し上げます。
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