“観光鉄道「山の只見線」”沿線の「会津百名山」を登ろう、と「金石が鳥屋山」(969.6m)がそびえる只見町を訪れた。
“観光鉄道「山の只見線」”。
このフレーズは、JR只見線の現運休区間(会津川口~只見)を上下分離で保有することになる福島県が、同線の「利活用計画」を策定し、観光分野の重点プロジェクト中で掲げているものだ。
「山の只見線」とは、赤字ローカル線から国内屈指の観光鉄道路線になったJR五能線(秋田県・東能代駅~青森県・川部駅)を「海の五能線」と表現し、“目指せ!五能線”との意を込めた言葉だ。 *参考:拙著「【参考】観光列車「リゾートしらかみ」乗車記 2020年 夏(2020年8月10日)」
確かに、只見線は西部山麓・七折峠(会津高田~会津坂本)、奥会津区間(会津柳津~只見)、六十里越(只見~大白川)を中心に、車内から多様が稜線が見え、人家の無い山間の区間が多く“観光鉄道「山の只見線」”というフレーズが違和感の無い路線だ。
しかし、車窓から見える山並みや、“撮り鉄”の対象となる列車を取り囲む山々の景観だけでは、訴求力は物足りなく他路線と差別化できない、と私は強く思うようになってきた。JR東日本管内だけでも、陸羽西線、飯山線、小海線など“山の鉄道”と呼べる、観光価値のある路線は少なくない。
このような状況の中、只見線が“観光鉄道「山の只見線」”として認知され、乗客や沿線観光客を増やすためには、駅から利用できる山にかかわるアクティビティを確立し、できれば2022年度の全線再開通(復旧)までに、増やしてゆくことが必要ではないか、と私は思い只見線沿線の「会津百名山」を登ろうと決めた。“会津”と“百名山”という訴求力のあるフレーズは、“観光鉄道「山の只見線」”の礎づくりには適していると考えたからだ。
「会津百名山」は1996(平成8)年度と翌1997年度に『健康づくりには日頃の足腰の鍛錬が不可欠なものと考え、登山に適した「健康(脚)づくり」に着目して』、会津保健所と南会津保健所が「会津百名山リストアップ事業」を行い、「会津百名山リストアップ委員会」(委員長 渡邉幸夫氏)により会津方部554座の中から選定された山々とされている。 そして、1998(平成10)年4月には、このガイドブックとして「会津百名山 ガイダンス」(歴史春秋社)が発行された。
「会津百名山」は田園地帯の湯川村を除く会津16市町村(含む県境)に点在していて、只見線沿線自治体(8市町村)に38座がある。この中には、只見線の駅から遠く離れた山もあり、登山口が徒歩圏にあるのは6座と少ない。しかし、輪行と自転車の組み合わせや、山開き以外の登山イベントの開催でバスなどを手配、さらに往路にワゴン車などで乗り合いし、復路は自由度を高めるため自転車を利用する、などの工夫をすれば登られる山は格段に増える、と私は考えている。
私は今まで10座の「会津百名山」に登頂したが、それとは意識せずに登ってきた。今日からは、只見線沿線「会津百名山」を登る、とし駅からのアクセスや登り易さを見定め、登山道上の案内(標杭、矢印標)など、登山初心者に必要なものなどにも目を配り、“観光鉄道「山の只見線」”のコンテンツに加わるためには、何が必要かを考えながら登山に臨む事にした。
今回、選んだ山は只見町の「金石が鳥屋山」。町内唯一のホテルである「季の郷 湯ら里」に泊まる機会を得たため、最寄りの只見駅からは約14kmと遠いが、登ろうと思った。
「金石が鳥屋山」は会津百名山の第86座で、上掲の「ガイダンス」には次のような見出しが記されている。
金石ガ鳥屋山 <かねいしがとやさん> 970メートル
低山ながら古い鉱山跡「日宮沢観音」等を山麓に擁し歴史を感じさせる山で、浅草岳・丸山岳等の展望台でもある。[登山難易度:初級]*出処:「会津百名山 ガイダンス」(歴史春秋社)p46
“金石”とは、通常は“キンセキ”と読み、辞書を引くと“金属と岩石。鉱物”とある。「ガイダンス」には、会津地方には269の鉱山があり「金石が鳥屋山」も有数の鉱山だっと記されている。
“鳥屋”は“小鳥狩りで罠を仕掛けて待つために山中や谷間に設けた小屋”という意味があり、「ガイダンス」には、鉱山で働く労働者が食料を得るために建てたのではないかと記されている。
私は今回、以下の旅程を立てた。
・只見線を利用し、大白川(新潟県)まで行き、「六十里越」を自転車で超え、只見に向かい、「季の郷 湯ら里」に宿泊
・「季の郷 湯ら里」から自転車で、登山口に続く林道を走る
・林道の途中で自転車を置き、歩いて登山口に向かう
・登山口となる林道分岐から「金石が鳥屋山」頂上まで往復
・時間があれば、「俎倉山」まで行く
・下山し、自転車で只見駅に向かう
・只見駅から只見線の代行バス、列車と乗り継いで帰る
天気予報は晴れ。只見町の紅葉のピークは過ぎたが、どんな景色を見ることができるか期待し、「金石が鳥屋山」に挑んだ。
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ ー只見線沿線の“山”(登山/トレッキング)ー / ー只見線の秋ー
「季の郷 湯ら里」は周辺を森に囲まれ、正面玄関の前には広場があり、只見町の自然を感じられる立地になっている。
館内の様子。
大降雪地帯ということもあってか、フロントを含め、ホテル機能は2階に置かれていた。
ロビーは天井が高く、明るく広々としていた。新型コロナウィルスの感染防止対策のため、ソファーは対面にされることなく、全て中庭側を向いていた。
宿泊エリアは、建物の東側にあり、廊下の両側に配されていた。
部屋は洋室と和室があり、私は和室を選択した。テレビが小型だったことが意外だったが、清潔感のある居室だった。
温泉は別棟にあり、廊下を少し歩くことになるが、広々とした内湯と露天風呂があった。さらに、敷地の西側にある日帰り温泉施設「深沢温泉 むら湯」を、宿泊者は無料で利用することができる。
昨夜の夕食。地酒「花泉」の食前酒に始まり、先付、刺身、麓山高原豚のしゃぶしゃぶ、焼き物は只見産の岩魚塩焼き、煮物は只見の郷土料理「お早」など、全てが美味しい品々だった。
ドリンクメニューには、只見町に東接する南会津町の酒蔵4か所全ての日本酒があり、“只見幻の地酒”「岩泉」と“只見生まれ只見育ちの”米焼酎「ねっか」もあった。
私は食前酒の後、「会津」「男山」をそれぞれぬる燗で1合、「ねっか」をソーダ割りで順にいただいた。地酒に地のモノの食事。最高の夕餉だった。
今回の宿泊はGoToトラベルを利用したが、チェックインする際に『県内からお越しですか? 実は...』とスタッフから言われ、只見宿泊割を適用していただいた。
これにより、割引が9,962円になり、これに地域共通買物券2,000円が付いた。「季の郷 湯ら里」に約4,000円に泊まる事ができ、お土産付き(地域共通券利用)とは、嬉しさを通り越して、あっけに取られてしまった。この国費による事業が、今回のコロナ禍の対処にとどまらず、只見線沿線へのリピーター増加に役立てられれば良いと思った。私もまた「季の郷 湯ら里」を利用したい。
6:45、「季の郷 湯ら里」をチェックアウトし、自転車に跨り、林道入口に向かう。
国道289号線を15分ほど進むと伊南川に架かる明和橋に到着。橋上から「金石が鳥屋山」を見るが、霧に包まれ全く見えなかった。
明和橋を渡り、左折し国道から県道に入り、伊南川沿いを下流方面に進む(ちなみに、そのまま国道を進むと、明和振興センターバス停は近い)。
東北電力㈱伊南川発電所・取水堰(施設)の脇を通り過ぎると、同・沈砂施設が前方に見えた。
この施設が「金石が鳥屋山」登山口につながる林道の目印になっている。
但し、看板は途中まで道を同じくする日宮沢(ニックウサワ)観音の案内板になっていて、「金石が鳥屋山」やこの林道の終点である「俎倉山」を示すものは何も無かった。
インターネットに掲載されている登山記を拝見すると、「金石が鳥屋山」の登山道の大半は、南西に接する「俎倉山」山頂にあるテレビ中継局まで延びる林道と共有されていて、小型のオフロード車であれば林道との分岐まで行くことが可能で、30分程度で頂上に行くことができるという。
東北電力㈱伊南川発電所・沈砂施設を見ると、水が流れておらず、驚いた。沈殿した土砂を取り除くのだろうかと思った。
普段はこのような状態になっている。
7:12、コンクリート舗装された道を進み、「金石が鳥屋山」登山口をめざす。前方は濃い霧に包まれていた。
しばらく進むと、徐々に霧が晴れ、うっすらと「金石が鳥屋山」の頂上が見えた。
途中数か所で、こうの沢の水が林道上を流れていた。私は自転車で進んだので難なく超えられたが、もし歩くとしたら、ハイカットの防水機能のついた靴が必要だろうと思った。
標高が高くなると、霧の上に出たようで、上空には綺麗な青空が広がっていた。
途中、巨大なブナがあった。新緑の時もよいが、落葉し枝が露わになったこの姿も見ごたえがあると思った。
7:44、この先は林道を傾斜がきつくなる、と思い自転車を林道の端に置いて歩く事にした。
林道の急坂を歩きしばらくすると、前方に最後の色付きを放つ木があった。陽を浴び、青空に映え、綺麗だった。
林道が左に大きく曲がり、開けた場所から見下ろすと、谷間を埋める小さな雲海が見られた。
8:16、「金石が鳥屋山」の頂上が、はっきりと大きく見えた。私の生まれ故郷の安達太良山を思わせる稜線だった。
途中、林道が舗装と未舗装部分が繰り返し現れた。未舗装部分は、轍が深い場所や、雪解け水や雨水で洗堀されたような深い段差があり、普通乗用車の通行は難しいと思った。
標高が上がるにつれて、道には氷や白いものが見られるようになった。落ち葉に霜が取りつき、晩秋から初冬の移ろいを感じた。
日陰では、広い面積を雪が覆っていた。
8:32、林道から「金石が鳥屋山」登山道への分岐の目印となる、ヤマナラシの大木に到着。標杭など、他には登山道入口が分岐を示すものは無かった。
葉が生い茂る夏などは、見分けがつかず大変だろうと想像したが、ここには標杭などの案内設置は必須だと思った。
林道を左にそのまま進むと、20分とかからず「俎倉山」のテレビ通信所群(東只見デジタルテレビ中継所)に辿り着くという。
登山道に入り「金石が鳥屋山」山頂を目指す。急ではあったが短い斜面で、『問題ない』と思ったが、敷き詰め積み重なった落ち葉が意外に滑り、ゆっくりと慎重に下りる事になった。
斜面を下りると、踏み跡が見え、誰かが付けた赤いテープもあり、安心できた。しかし、登山道は急坂の直登になっていて、のっけから大変だと思った。
急坂を終えると平場になり、「金石が鳥屋山」の頂上が藪越しに見えた。
平場は藪が密集していたが、踏み跡ははっきりしていた。910mピークに向かって、藪を漕ぎながら緩やかな坂を登った。
910mピークの手前には、丸石で組まれた石垣があった。以前「金石が鳥屋山」頂上にあったNHK中継所のために設けられたものだという。
910mピークの先は、急な下りとなった。一部、藪場があったが、踏み跡がはっきりした、人ひとりが通られるスペースの空間が続いていた。
下りきると、山頂が正面に見え、上りになった。ここも踏み跡は判別できたが、密な藪となり、漕ぐ腕に力を入れて進んだ。
藪を過ぎると、ブナ林になった。葉が散っていることもあり、開け明るかった。ただ、急坂の直登で、堆積し湿った落ち葉で足元は滑り、慎重に登った。
ブナ林からマツ林に入る。ここは足元がフカフカで、乾いていたため歩き易かった。
マツ林が密になるとまもなく、前方が開けた。
9:12、「金石が鳥屋山」山頂に到着。中継所があったということもあり、奥行きのある広めの平坦地だった。
頂上には案内板や標杭はなく。三角点を示す標石とプラスチック製の境界(?)杭だけがあった。「会津百名山」にしては、寂しい山頂だった。
そして、登山道方面の西側は、マツ林に囲まれ、眺望はほとんどなかった。
しかし、東半分は大きく開け、会津地方の山々の稜線がよく見えた。
圧巻は、北側の景観。右は山々の稜線がはっきり見え、遠くに「磐梯山」が確認できた。左は、只見川の河岸段丘が雲海の下に沈み、その先には冠雪した飯豊連峰がくっきり見えた。
特に、雲海と冠雪の飯豊連峰の絵は、見応えがあり、感動でしばらく見入ってしまった。
雲海は只見川の河岸段丘に発生しているようで、よく見ると川の直上は消えているような切れ具合だった。真偽のほどは分からないが、不思議な風景だった。
この山頂の開けた場所から見える風景は、素晴らしかった。天候に左右されるだろうが、「金石が鳥屋山」の大きな魅力で、「会津百名山」に挙げられるだけの事はあると思った。
『頂上で携帯電話は...』と思い、携帯電話の電波状況を確認。テレビ通信所の近所というこもあってか、奥会津の山深い地でありながら、3本のアンテナが立っていた。
9:27、山頂で景色を堪能し、水を一口飲んで下山した。
前方に目をやると「俎倉山」頂上のテレビ通信所がはっきり見えた。行く予定を立てていただが、代行バスの出発時間を考えると無理だった。山頂からは伊南川沿いの田園と集落が見えるという。
右手には、新潟県境の奥羽山脈に連なる、冠雪した奥会津の綺麗な稜線が見えていた。枝木が遮っていたが、葉が茂ればほとんど見られない景色と思えば、幸運だった。
枝の間にカメラを向け、望遠すると“伊佐須美神社・遷座三峰”の第一座である「御神楽岳」山頂付近を捉える事ができた。福島県方面はなだらかで、新潟県側が急峻な稜線であることが分かった。*参考:伊佐須美神社「御由緒・歴史」
910mピークへのアップダウンは、思いのほか辛くはなく、下山は快調だった。30分とかからず、林道との分岐点を見下ろす位置に着いた。
この先は、急坂でついさきほど登ったばかりだったが、想像以上に急だった。慎重に下ったが、積み重なった落ち葉の内部が濡れていたため、何度か滑り、尻餅を一度ついてしまった。ここはヒモ場した方が良いと思った。
9:55、林道に戻る。「俎倉山」山頂に続く林道を見て後ろ髪を引かれたが、体力的にも無理だと思い、次回の楽しみとし林道を下る事にした。
林道には陽光が降り注ぎ、気温も上がった事で気持ち良く歩くことができた。
第一の九十九折りを過ぎ、長い直線に出ると「金石が鳥屋山」山頂が前方に見えた。
林道から分岐し、登山道を拓けば頂上までの時間が短縮でき、急坂となるがおもしろい登山道になるのではないか、と考えた。
麓に目を遣ると、雲海は完全に消え、その先には山々が複雑に連なる稜線が見えていた。山稜が地平線になり得る、これも奥会津の特徴ではないかと思った。
10:21、自転車を置いた場所に戻る。水を一口飲み、自転車に跨り、ブレーキを掛けながらスピードを出さないように林道を下った。
10:33、林道入口に戻る。登山口から36分。自転車の威力が発揮された。
右に曲がり、県道360号線を伊南川沿いを進み、14km先の只見駅を目指した。代行バスの発車時刻は11時25分。当初の予定より30分以上オーバーしていたため、綺麗な景色を見ながらとはゆかず、必死に自転車を漕いだ。
11:16、県道を左に折れ、伊南川を渡り国道289号線に合流。何とか間に合うと思い、『浅草岳が、意外に大きく見えるんだなぁ』と気持ちに余裕も出てきた。
11:22、ギリギリの時間に只見駅に到着。急いで自転車を折りたたみ、代行バスに乗り込んだ。
11:25、代行バスは、私一人を乗せ只見を出発した。
「金石が鳥屋山」を実際に登ってみて、上掲「ガイダンス」で初級者向けになってはいるものの、林道分岐から山頂まで区間が、短いが藪漕ぎもあり、山登りに慣れていない方には厳しいと感じた。只見線沿線の登山客を増やすには、初心者や女性でも安心して登られる事が必要だと思う。
「金石が鳥屋山」登山が“観光鉄道「山の只見線」”のコンテンツになるための課題を考えた。
・“910mピーク”前後の藪場の刈払い
・急坂/直登場にヒモ場(鎖場)の設置
・林道と登山道に矢印が記載された案内板の設置
・林道入口、東北電力㈱伊南川発電所沈砂施設付近に、「金石ケ鳥屋山」登山道を示す案内板or標杭の設置
・林道からの「金石ケ鳥屋山」登山道分岐を示す標杭の設置
・「金石ケ鳥屋山」山頂を示す標杭の設置 *できれば「会津百名山」「うくしま百名山」の文字
安全・快適に登るためには、案内板・ヒモ場の設置や藪の刈払いが必要で、登山の満足度を高めるためには頂上を示す杭標の設置が欠かせない、と思う。これら課題が解決されれば、初心者や女性を含め登山者が増えるのではないだろうか。
「金石が鳥屋山」は、駅から遠いこともあり、只見線利活用対策の優先順位は低いかもしれない。しかし「季の郷 湯ら里」や「森林の分校ふざわ」の宿泊者の利用、伊南川沿いの美しい景色を見ながらのサイクリングを合わせた利用などを考えれば、“観光鉄道「山の只見線」”のコンテンツとしての可能性は高いと思った。
代行バスは会津蒲生“駅”を経て、会津塩沢“駅”手前で国道の寄岩橋を渡る。橋上から「第八只見川橋梁」を眺めると、紅葉のピークは過ぎたが、只見川(滝ダム湖)の水鏡が青空に映え、まずまずの景観だった。
12:19、本名“駅”を経て、会津川口に到着。輪行バッグを抱え、代行バスを降りた。
駅舎内の売店で買い物をしてホームに向かうと、会津若松行きの列車が、乾いたディーゼルエンジン音を響かせながら停車していた。後部車両に乗り込むと、客は数人だった。
12:32、キハE120形2両編成が会津川口を出発。
駅車内の金山町観光情報センター売店で、来年のカレンダーを購入。金山町出身の色鉛筆画家・大竹惠子さんの作品で、私は2019年から利用している。*参考:大竹惠子さんホームページ URL:http://heart623.web.fc2.com/
自身が生まれ育った大志地区の風景を中心に、優しい色合いと柔らかなタッチで描かれ、私は大好きだ。もちろん、只見線を走る列車も描かれている。先月、地元紙でも紹介されていた。 *記事出処:福島民友新聞 2020年11月13日付
会津川口を出発直後に、列車は左に大きくカーブし、車窓から雄大な景色に包まれた大志集落が見えた。只見川(上田ダム湖)の水鏡も、上空の青空で投影度が増し、素晴らしい景観を創っていた。
上流側は陽差しを受けているせいか、最盛期を過ぎた紅葉が照らされ、綺麗に見えた。
振り返りながら景色を見続けた。紅葉終末に晴れたならば、ここまで綺麗に見られるということに気付いた。
上流側、駒啼瀬峠は陽差しを浴び、見ごたえがあった。
ここでも振り返り、輝く紅葉を見続けた。
会津坂下では、下り列車とすれ違いを行った。
会津坂下を出発後、列車は若宮を経て会津美里町に入り、新鶴、根岸で停発車と繰り返す。右の車窓からは、西部山地の稜線がくっきり見えていた。
会津高田を出発した列車は、会津本郷の直前で会津若松市に入り、阿賀川(大川)を渡り、西若松と七日町の市街地の駅で停発車を繰り返した。
14:35、会津若松に到着。穏やかな日曜日の午後の駅の雰囲気だったが、観光地・会津の秋の行楽シーズンの風景としては人通りが少なかった。
この後、磐越西線、磐越東線、常磐線と乗り継ぎ、富岡町に帰った。
今日は好天の中、久しぶりの山登りを無事に終え、代行バスの発車時刻にも間に合った事で、「金石が鳥屋山」登山は充実したものになった。
「金石が鳥屋山」は、只見駅から14kmも離れているため、輪行するなど二次交通を利用しない日帰り登山は不可能だ。自転車を利用する場合、往路は伊南川沿いを上流方面に上るため、日ごろから乗っている方でないと、登山前に体力を使い切ってしまいかねない。輪行し日帰り登山をする場合、往路は登山口に近い明和振興センターまでバスを利用し、復路は自転車で伊南川沿いの綺麗な景色を見ながら只見駅に戻る、という二次交通が良いと思う。*参考:只見町観光まちづくり協会「定期路線ワゴン 自然首都・只見号」
輪行無しの場合、只見駅から上記のバスを利用し、バス停から「金石が鳥屋山」を目指し、下山後に「季の郷 湯ら里」に泊まり、翌日送迎バスで只見駅に戻る、というアクセスが考えられる。
只見線沿線と「会津百名山」を組み合わせた登山は、喜多方市や南会津町、桧枝岐村などにある、沿線外の「会津百名山」や当地の観光地への関心が広がり、登山・観光客増の会津地方全体への波及効果も期待できるのではないか、と私は考えている。これが現実のものになることにより、只見線の現運休区間(会津川口~只見)を、福島県とともに上下分離で支える事になる、会津17市町村に利益がもたらされると思う。
沿線の「会津百名山」は残り27座。今後も、只見線を必ず利用し、輪行による日帰りや前泊し自転車で駅と登山口を往復、という旅程を組み、できるだけ多くの山に登りたいと考えている。そして、“観光鉄道「山の只見線」”の登山というコンテンツの魅力と可能性を考え、発信したいと思う。
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF) (2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)/「只見線(会津川口~只見間)復旧工事の完了時期について」(PDF)(2020年8月26日)
・福島県 生活環境部 只見線再開準備室 :「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、よろしくお願い申し上げます。
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