運休区間を歩く 2014年 春

平成23年7月新潟福島豪雨」被害で2011年7月29日から運休が続くJR只見線の区間を歩いてみてみようと思い、JR只見線を利用し金山町の会津川口駅に向かった。


磐越西線の始発列車に乗るため郡山駅に向う。

駅前の桜は満開。肌寒さが残る中、会津は雪が残っているだろうと思う。

5:55、列車が定刻通りに出発する。

 

7:09をわずかに過ぎ、会津若松に到着。

 

先日、工事中だった自動改札が稼働していて、高校生を中心に多くの乗客をさばいていた。

福島県第四の都市・会津若松。自動改札機は遅すぎた感がある。

 

7:37、只見線の列車が出発。会津川口を目指す。

 

3つの県立高校(大沼、坂下、会津農林)の最寄駅を通過するだけあって高校生で社内は賑わっていたが、会津坂下を過ぎ、多くの高校生が下車すると、車内は閑散とし静寂につつまれた。

 

山間に細くのびる集落と田園。県内の他の路線では見られない光景。

 

定刻に会津川口に到着。

 

今日は入学式。県立川口高校の生徒とその母親がと思われる親子や下車し、先日開所した生徒寮・若桐寮に向かっていった。

 

駅から出て右へ。JR只見線と並行して走る国道252号線を西へ向かった。

 

ここから徒歩で只見線の運休区間を歩く。只見まで行く事ができるのか不安だった。

 

 

鉄路の側に行き、運休区間を見てゆく。

 

まず一部流失した第五只見川橋梁が雪に埋もれた鉄路の先にあった。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

 

国道252線に戻り、しばらくある手から第五橋梁の全体を見る。

会津川口方面(右)側の一部だけが欠けている。

只見川が“普通の川”に見える程の水量は、下流の上田ダム(会津川口-会津中川間)が貯水量を下げているためだと考えられる。普段は、この第五橋梁の橋脚はダム湖の下になりここまでは見えない。

平成23年7月新潟福島豪雨」被害による護岸などの復旧工事のためにダム放流がされているのだろうか。

 

本名駅を過ぎ、本名ダム(東北電力㈱本名発電所)の直下を通っていた第六只見川橋梁を見る。

「平成23年7月新潟福島豪雨」で本名ダムから放流された激流が鉄橋を押し流した。

その鋼材(トラス)が、只見川の中心部に放置されていた。

 *参考:放流時に第六橋梁に襲い掛かる画像が福島県南会津地方振興局の「おいでよ南会津」に記載。参照URL:http://www.aizu-concierge.com/blog/article/10932/

 

 

本名ダムを右手に見ながらスノーシェッド内を通過、ひたすら国道252号線を歩く。

 

会津川口駅出発から1時間40分。二つ目の駅、会津越川駅に到着。

雪に埋もれ、駅舎などの構造物から長らく使われていない事が察せられた。

 

会津越川駅を出て間もなく、東北電力㈱伊南川発電所(昭和13年10月発電開始、最大出力:19,400kw)が姿を現す。

排水口から激流が只見川に向かって吐き出されていた。 周囲の山々と相まって、奥会津の水資源の豊かさを実感。

 

只見川は国道252線に沿っているが、金山町横田の集落の川沿いには堤防が築かれていた。

直下の只見川がここまで氾濫するとは到底思えないが、「新潟福島豪雨」では激流が川岸を削り取り、民家が崩れ落ちる被害があったことを考えると、この堤防の意味が理解できる。

 

会津越川駅を出発して20分。次の駅である会津横田駅に到着。

除雪の雪が積み上げられた風景に複雑な心境を覚えた。

 

会津横田駅を後にして、流失後、2013年11月に付け替えられた二本木橋を渡り、大塩地区に入る。

さらに国道252号線から町道に入り、流失した第七只見川橋梁に向かった。

 

ここも、第六橋梁と同じ上路式トラス橋で、残された橋脚の姿が寂しい。

これら、「第五」「第六」「第七」、流失したこれら3つの橋梁は全て金山町にあるが、流失前後の画像がこの金山町のホームページに記載されている。

 *参考:福島県金山町 「JR只見線 第五・六・七鉄橋の現状」

http://www.town.kaneyama.fukushima.jp/site/tadamisen/jr.html


  

また歩き出す。

 

まもなく、会津大塩駅が現れる。動きの感じられない風景。

 

ここで、帰りの時間が気になる。

 

只見駅までは、間違いなく行けない。

 

次の会津塩沢駅までか、只見駅の手前の会津蒲生駅までか。

歩き出しから約3時間。足が重くなってきたが、少し速度を速める。

 

 

再び、国道252号線を進み、滝スノーシェッドを歩く。

歩道が途中で切れ、車道を歩く事に。 車両が通過する度に、恐怖を感じた。

 

この滝スノーシェッドは「新潟福島豪雨」で直下を流れる只見川の激流で基礎部分が削り取られ傾くなどの被害を受けている。

 

スノーシェッドの間から、滝ダム(電源開発㈱滝発電所)が見えた。

豪雨当時、緊急放流を行い、只見川の水嵩が増し、被害を拡大したと言われている。

 

また、黙々と歩き続け、ようやく蒲生岳が見えた。

塩沢地区に入る。

 

塩沢地区は、戊申の役で長岡戦争の指揮した長岡藩家老・河井継之助が亡くなり荼毘に付された場所。「河井継之助記念館」があるが、冬季休業で入れなかった。

 

ここから、しばらく歩き会津塩沢駅に到着。

今まで見た3ヵ所の駅よりも深い雪に埋もれていた。

5年前の風景。列車が通り、人が行き交う光景が一日でも早く見られる事を願う。

ここで14:10。次の会津蒲生駅まで約3km。

走る気力と体力が失せてしまい、ここから引き返すことに。

 

塩沢簡易郵便局前から代行バスに乗り、会津川口駅に向かい帰路についた。

 

会津川口駅から、本名駅、会津越川駅、会津横田駅、会津大塩駅を通り会津塩沢駅までJR只見線の運休区間。約20kmを4時間20分で歩いた。

 

会津川口から会津若松行きの列車に乗り込む。

疲れたが、達成感を感じた。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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