私選“只見線百山”候補の検証登山。今日は、会津平野南端の二等三角点峰「大沢山」(736.8m)に登るため、JR只見線を利用し会津美里町に向かった。
“只見線百山”は筆者が私的に選んでいる“観光鉄道「山の只見線」”のアクティビティーで、乗客増や沿線振興につながるのではないかと思い、この検証登山は、登山道が無くネット上の山行記などの情報が無い場合、落(無)葉期や早春の残雪期に行うようにしている。「大沢山」もそのような山で、山頂から西へ800mほど離れた地点に作業道(水無沢線)が通されているが、紅葉終期の落葉が始まったこの時期に検証登山をした。
「大沢山」は会津美里町の旭地区(旧 旭村)最高峰で、寺入集落と道地窪集落を馬蹄形のように結ぶ作業道水無沢線(5,597.7m)の最高点に取付き点にある。
*下掲出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: ttps://maps.gsi.go.jp/
「日本山名事典」(三省堂)によると、「大沢山」は北は岩手県山田町、南は愛知県蒲郡市まで全国に12座あり(新潟県「大沢山」(だいさわやま、1,523m)を除く)、最高峰は山梨市(1,675mm、大沢ノ頭)で最低峰は蒲郡市(93m)となっている。
おおさわやま 大沢山 (高)737m
福島県大沼郡会津美里町。会津鉄道芦ノ牧温泉駅の西8km。
*出処:「日本山名事典 <改訂版>」(三省堂、p154)
今回は会津若松駅から只見線の列車に乗って、会津高田駅で下車し、輪行した自転車で作業道水無沢線の取付点に向かい、「大沢山」山頂を目指す計画を立てた。
今日の会津地方の天気予報は快晴。「大沢山」山頂から会津平野を見渡せる眺望を期待して現地に向かった。
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業
今朝、郡山駅に向かい、駅頭で自転車を収納し磐越西線の始発列車に乗り込んだ。
5:55、会津若松行きの列車が郡山を出発。
きっぷは、平日というこで郡山~会津若松間は「Wきっぷ」を利用し、只見線は別途購入することにした。
沼上トンネルを抜け会津地方に入る頃には夜が明け、雲はあるものの、広い青空が見えた。猪苗代を出ると、「磐梯山」(1,816.2m、会津百名山18座)の堂々とした姿が見えた。麓の紅葉な濃く、五合目付近から山頂に向かって所々に積雪がある、晩秋の山容だった。
7:11、途中駅で多くの高校生を乗せた列車が会津若松に到着。只見線のホームに向かうため連絡橋に渡っていると、喜多方方面からやってきた列車から降りた多くの高校生が改札に向かう様子が見えた。
7:21、4-5番線ホームで待っていると、“タラコ”色のキハ110系を先頭に、折返し運転となる只見線の列車が入線した。会津川口始発のこの列車からは、途中駅で乗り込んだ多くの高校生が降りた。
客が下車した後、先頭車両となるキハE120形に乗り込んで席を確保し、切符を購入するために改札に向かった。連絡橋の西側の窓からは、半分以上が冠雪した「飯豊山」(2,105.2m、同3座)を主峰とする飯豊連峰が見えた。
また、北側の窓からはうっすらと雪を纏った「博士山」(1,481.9m、同33座)と尖った山頂が目を引く「明神ヶ岳」(1,074m、同61座)も確認できた。
一旦改札を抜け、只見線の切符を購入した後に改札に向かうと、正面の壁に赤べこを乗せた「フルーティアふくしま」号の手作り感のあるポスターが掲げられているのが目に入った。
「フルーティアふくしま」号は2015年4月から6月まで企画された「ふくしまデスティネーションキャンペーン」に合わせて、4月25日から郡山~会津若松間で土日を中心に運行されてきた。“果物王国・福島”のフルーツを使ったスイーツなどを提供し多くの乗客を楽しませてきたが、車両の老朽化を理由に来月24日(日)のクリスマス・イヴにラストランを迎えることになった。
*下掲出処:東日本旅客鉄道㈱プレスリリース *双方とも一部抜粋 (左)「ふくしまデスティネーションキャンペーン」の開催について(2015年2月2日) / (右)「フルーティアふくしま」フィナーレプロジェクトを開催します(2023年11月16日)
只見線のホームに戻る連絡橋から、列車越しに「磐梯山」を眺めた。天気予報通り会津地方は快晴となり、今日の山行に期待が持てた。
7:41、会津川口行きの列車が会津若松を出発。先頭のキハE120形車内はほぼ席が埋まり、高校生と観光客などの一般乗車客が半々といった感じだった。
会津美里町は会津若松市の隣りで近く、会津若松~会津高田間の料金は240円。
市街地の七日町、西若松で多くの高校生を乗せ、大川(阿賀川)を渡った。上流には「大戸岳」山塊(1,415.9m、同36座)の稜線が見えた。
西には会津総鎮守・伊佐須美神社の最終山岳遷座地「明神ヶ岳」と、その左にうっすらと冠雪した「博士山」が見えた。*参考:伊佐須美神社「御由緒・歴史」
そして、さらに左(南)には、これから登る「大沢山」を中心とする山塊が見えた。
8:01、会津高田に到着。県立会津西陵高校の生徒が多く下車した。
私はホームに残り、“高田 大カーブ”に向かう列車を見送った。
ホームの端からは、田園越しに飯豊連峰の美しく堂々とした山並みが見えた。*参考:公益財団法人 福島県観光物産交流協会「ふくしま30座」飯豊山
8:21、自転車を組み立て、会津高田駅前を出発。
途中、伊佐須美神社に立ち寄り、大鳥居に正対し拝礼。登山の無事を願った。
国道401号線を左折し、県道330号(大内会津高田)線に入り宮川を渡り、真南に進んだ。途中、右に目を向けると田んぼの間に真っすぐ延びる道の先に「明神ヶ岳」の山塊が見えた。
さらに県道330号線を進むと、前方に大きな蔵と煙突が見えた。
「合資会社男山酒造店」(1965(慶応元)年創業)で、開いた門扉から歴史を感じさせるパネルが置かれていた。
「男山酒造店」は「会津男山」の銘柄で知られていたが、1998(平成10)年に6代目が亡くなり生産を中止した。蔵は7代目が引き継いだが、日本酒の製造が再開されることはなく、廃業し建物を壊そうかというところまで話が進んでいたという。しかし、その話を聞いた6代目の孫にあたる小林靖氏(千葉県出身)が、2020(令和2)年7月に8代目を引き継ぎ、現在では全国新酒鑑評会で2年連続金賞を受賞するまでになり、見事「会津男山」は復活させた。*下掲記事:福島民報 2024年5月25日付け紙面
県道を進むと、前方に「大沢山」を含む山並みが近付いてきた。
そして、左に大きくカーブする県道330号線から、町道に直進し寺入地区に入った。
ここで、印刷してきたGoogleEarthの3D画面を見て、めざす「大沢山」と寺入地区の位置関係を確認した。
集落に入り、村社金跨神社の前で自転車を停めて参拝した。
9:30、道が未舗装道に変わる地区の南東端に到着。
国土地理院の地理院地図でルート確認をした際に予定したポイントと違ったが、ここから作業道水無沢線に向かう事にした。
この近くの畑で、作業をするご婦人と少し話をさせてもらった。一番聞きたかったクマについて尋ねると、『ここは出るねぇ。その辺の畑に足跡をよく見かける』との事だった。私が「大沢山」に向かう事を告げると、「大沢山」の名は知らないようだったが、山の方向を示すと『クマがいる山だから、気を付けて』と言われた。
クマが居るとは分かっていたが、地元の方から改めて言われると緊張感が高まり、熊鈴と熊除けの笛を身に付け気合を入れた。
9:37、ご婦人にお礼を言ってから「大沢山」の取付き点を目指して出発。
未舗装道の突き当りを右折し200mほど進むと、作業道・水無沢線の入口になった。
電気柵が未舗装道の山側に張られていたのは気づいていたが、なんと、作業道水無沢線には道を塞ぐように張られていた。クマを集落に侵入させない!という地域住民の強い意志を感じた。
自転車を担ぎ、慎重に電気柵を乗り越えた。そして、再び自転車にまたがり進むと、ツタに覆われた作業道の案内板が見えた。作業道の全長は5,597.7mということだった。
案内板の前を過ぎると、まもなく右側に舘山下溜池(舘山堤)が見えてきた。
溜池を過ぎると、作業道は緩やかな傾斜で木立の間に延び、薄暗い沢沿いを上り進んだ。
徐々に高度が上がり、前方の木々は強い陽光を受けていた。
日向に出ると、一旦平坦な場所になった。昨日降った雨が乾いていないようで、小さな水溜まりが点在していた。
この後、作業道は再び上り坂になり、傾斜が増したため、取付き点まで自転車を押して進む事にした。
10:16、作業道は、初めて切り通しになった。倒木はあったが、道を塞ぐようなものは無かった。
この先で、「大沢山」から西を流れる水無沢と並ぶ稜線の一部が見えてきた。目指す取付点とほぼ同じ標高ということで、『結構高いなぁ』と嘆息した。
10:21、作業道は稜線を巻くように傾斜を増し、陽が陰り暗い北斜面に入った。
作業道の尾根側は切り立ち、沢側が切れ落ちているため、クマとの遭遇の確立は低いと思ったが、薄暗いこともあり、笛を鳴らし「北大クマ研」の“ポイポーイ”を叫んだ。*参考:北海道新聞「「ポイポーイ」クマよけのかけ声が響く北大天塩研究林 地図とコンパスで広大な山林を調査して歩く北大クマ研のヒグマ調査に同行」(2022年9月15日) URL: https://www.hokkaido-np.co.jp/article/730946/?pu
10:28、3度目の日なたになり、ヘアピンカーブの突端が近付いた。
位置的に麓を見下ろせるため、会津平野を見渡せる眺望に期待したがマツの木などに覆われてしまっていた。
ヘアピンカーブを曲がり、作業道の最高点に向かう最後の坂になった。
地面に大きな石が大きく点在するようになった坂を進むと、徐々に傾斜が緩やかになり、道が真南に向き陽光を正面から浴びるようになった。晩秋の陽の傾きを実感した。
10:36、ほぼ平たくなった作業道を進むと、「大沢山」取付点となる最高点(標高:約600m)に到着した。作業道は大きく切通しされた空間に延びていた。
この作業道水無沢線の最高点は、車が複数台停められるような広い場所で、北側が開けていた。背の高い雑草や数本の木に塞がれてはいたが、簡単な整備で“ビューポイント”になるように感じた。
10:45、自転車を切通しの入口にあった折れた木に立てかけ、地図を取り出すなどの準備をして、「大沢山」登山を開始した。
印刷してきた、標高断面図を載せた国土地理院の地図を見ると、「大沢山」山頂までは約800mで、途中に2つのピークと2箇所の登り返しがあった。
また、今回は、三角点探索が失敗に終わった「尻吹峠」「早坂」「黒岩」での教訓から、事前にGPSに座標を入力しておいた。進行方向の先に、間違いなく「大沢山」山頂があった。
切通しで残された斜面を登り始めると、すぐに尾根にのった。尾根筋はやや痩せ気味で、進む方向がはっきりし、藪も薄かった。
尾根筋を快調に進むと、『登山道か⁉』と思えるほど歩き易く、足元にはマツの枯葉が堆積しフカフカで負担も感じなかった。
10:52、落葉した木々の先に、2番目のピークが見えた。
歩き進む尾根筋は、雑草や灌木が無いばかりか適度に痩せた状態が続き、安心して山頂を目指せた。また分岐する尾根も無く、『下山も迷う事は無い』と思った。
10:53、左側(北)の木々が疎らになり、眺望を得られた。北に延びる会津平野の奥行が感じられるものだった。
この後、第1ピーク(631m)を負担なく過ぎ、1つ目の鞍部となり、急坂を下った。
下る途中、右側が開け、陽光を浴び最後の輝きを見せる山々の紅葉が目を楽しませてくれた。
第1の鞍部の先は、登り返しの急坂になった。想像以上の傾斜に、一瞬たじろいだ。
斜面には下層が濡れた落ち葉が積もり、何度か足を取られた。また掴もうとする枝木が意外と脆いものが多く、この登攀は難儀した。
そして、急坂の終盤には岩場があり、どこを抜けるか思案することになった。
無事に岩場を越えて先に進むと、斜面がまた続いた。第2ピークの肩で、緩やかな傾斜が続いた。
肩の先の尾根筋もはっきりとしていて、雑草も灌木も無い“落ち葉道”が続き、歩き易かった。情報が無い中でやってきた「大沢山」だったが、ここまで快適な登山になるとは思わず、嬉しくなった。
“登山道”の左側(北)には、かなり切れ落ちている場所もあったが、尾根筋に十分な幅があった事もあり、恐怖は感じなかった。
11:06、第2ピークに向かう、急坂に下に着いた。
ここも先ほどの“岩場急坂”同様、結構な傾斜だったが、しっかりとした灌木が多く足場が安定し、掴める枝木もあったため、無難に通過した。
11:09、第2のピーク(700m)に到着。
第2のピークは南に延びた平場で、その先には「大沢山」山頂が見えた。
第2ピークを鞍部に向かって下るが、傾斜は緩やかだった。
が、鞍部が近付くと、急傾斜に変わった。
下りた鞍部は平たく、陽も差していたため、気持ち良い空間だった。
この鞍部の先には、小さな鞍部が続いた。
小さな鞍部の先は、登り返しの急坂になった。
この急坂の登坂途中、左(北)を見ると無葉の木々の間から、会津平野を見通すことができた。
急坂の終盤、藪が濃くなり、前方は山頂のような形の山容になった。
GPSを見ながら登ると、三角点を示すポイントが徐々に近づいた。
急坂の登坂を終え、平場に到着。
平場の中央付近に足を進めると、三角点はすぐに見つかった。
11:24、「大沢山」山頂に到着。
標石には、“二等”の文字がはっきり見えた。
三角点標石に触れて、「大沢山」登頂を祝った。
*「大沢山」:二等三角点「大沢山」
基準点コード:TR25639067701
北緯:37°23′47″.2858
東経:139°50′40″.9891
標高(m):736.78
*出処:国土地理院地理院地図「基準点成果等閲覧サービス」URL:https://sokuseikagis1.gsi.go.jp/)
山頂からの眺望は、木々に覆われ、良くなかった。
南。
会津平野が見えるはずの北側。
山頂から会津平野を見たいと思い、北の方の斜面の手前まで進むと、落葉した木々越しに、何とか会津平野を輪郭を見ることができた。
一応、「飯豊連峰」も見えたが、木々に葉が生い茂れば、眺望は全く得られない木々の植生だった。
11:39、水分補給をして、「大沢山」山頂を後にした。少し下ると、山頂より木々が疎らで、眺望も良かった。
北東にある「磐梯山」も、見えた。
また、会津美里町高田地区の市街地の様子も見て取れた。ただ、これら眺めも新緑から紅葉までの有葉期は得られないことは確実だった。“木さえなければ眺望が得られる惜しい山”の典型的な状態だと思った。
下山を進めた。南側は「博士山」などが見えるはずだったが、こちらは葉が残り視界が悪かったため、山座同定はできなかった。
11:49、山頂につながる急坂を下った。
途中木々が疎らな場所で立ち止まり、右に目をむけた。登山時にも見ていたが、低い連山が会津平野に半島のように突き出て、その背後に雄大な「飯豊連峰」が横たわり良い構図の眺望だと思った。この場所の“景観創出”ができれば、「大沢山」を象徴する眺めになるだろうと考えた。
11:55、岩場の急坂を下った。
11:59、登山時にも目を向けた、木々が開けた場所で立ち止まった。結果、現状この場所が「大沢山」で一番開けた場所(ビューポイント)だった。
12:02、左下に、作業道・水無沢線が見えた。
先に進み、取付き点が近付き見下ろすと、自転車は無事だった。山の中に残すと、クマの攻撃を受けていないか心配になる癖がついてしまった。
12:03、無事に作業道の取付き点の戻り、「大沢山」登山を終えた。
12:07、小休憩し、「大沢山」取付き点を後にして作業道・水無沢線を下った。
登る時はほとんど自転車を押して進んだため気にならなかったが、作業道は想像以上に凸凹で、自転車は激しく揺れ、気を抜くとハンドルから手が離れそうだった。何度か、自転車を下りて進もうかと思ったが、時間が惜しいため突き進んだ。
クマとの遭遇を回避するため、自転車のベルと鳴らし続け、笛を時折拭きながら、取付き点から20分ほどで溜池が見えた。
そして、自転車を担いで電気柵を慎重に越えた。
再び、自転車にまたがり未舗装道を進んだ。まもなく綺麗に冠雪した「飯豊連峰」が見えた。
12:30、地元のご婦人と会話をした寺入集落南端に戻った。クマに遭遇することなく、約3時間で「大沢山」の山行を終えた。
この時、ご婦人の姿が見えなかったが、クマが出る山に一人で入る事を気にかけていたようなので挨拶しようと思った。すぐ脇に建つ家の台所勝手口をノックすると、ご婦人が顔を出された。クマに遭わずに登山を終えた報告をすると『良かったねぇ』と声を掛けていただき、なんとペットボトルのお茶をいただいた。ありがたかった。
寺入集落を後にして、県道330号線を高田地区の中心部に向かって進んだ。
途中、振り返って山塊の中心にある「大沢山」を眺めた。
二等三角点峰「大沢山」は、山頂からの眺望は得られなかったが、登り易く初心者でも気軽に山行できる山だと感じた。
作業道水無沢線を上り取付き点まで少し距離があるが、作業道の入口から「大沢山」山頂までを“登山”と考えても大きな負担にならないと思った。
課題は、眺望。会津盆地南端の山という特質を考えれば、どこかで、見晴らし良く眺望が得られるポイントが必要だと感じた。ベストは山頂だが、木々が少ない印象があった作業道の取付き点付近でもよいかもしれない。伐採は、所有者の許可が必要で、山の斜面の場合、手間(コスト)も増えるので容易ではないかもしれないが、会津平野を南から見渡すビューポイントという希少性があるので実現して欲しいと思う。
二次交通は、麓の寺入集落付近にも路線バスは通っていないので、現状では自転車のみになる。
現在、駅にレンタル自転車は配置されていない。会津美里町では、高田地区と本郷地区のインフォメーションセンター(観光案内所)にレンタルサイクルがおかれているようだが、それぞれ駅からは距離がある。福島県が進める「只見線利活用計画」で只見線の駅を起点とした二次交通を進めるうえで、スマホを使った簡易なシェアサイクルの整備が必要だと思った。
二等三角点峰「大沢山」は標高1,000m以下の低山で、会津平野を南端から見通せる貴重な山なので、眺望と二次交通を整備し、手軽に登られる山にして欲しいと思った。
この後、会津高田駅に近い「そば処 梅庵」で昼食を摂って、次の山である「三角点“八木沢”」に向かった。→詳細は次項「会津美里町「そば処 梅庵」/「三等三角点“八木沢”」探索 2023年 晩秋」
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、宜しくお願い申し上げます。
0コメント