只見町「恵みの森」 2018年 晩夏

JR只見線沿線で、ブナ林と清流を組み合わせてトレッキングができる只見町の「恵みの森」を訪れた。


昨年6月に、隣接する「癒しの森」を訪れた際、沢登りができる「恵みの森」に行きたいと思っていた。当初は“猛暑の中、涼を求めて訪れよう”と考えていたが、暑さが落ち着いてしまった9月初頭まで延びてしまった。

 *参考:拙著「金山町・只見町「癒しの森」 2017年 初夏

  

「恵みの森」は只見町の東部、金山町と昭和村との境界付近に広がっている。

 *参考:只見町公式ホームページ「恵みの森

只見線内で最も直線距離が近いのは会津横田(金山町)だが、今回は先月11日から運行を開始した観光路線バス「奥会津ぶらり旅」号を利用するため只見で下車することにした。

 

旅程は、只見駅到着後に「奥会津ぶらり旅」号に乗車し明和地区センターで下車した後、輪行した自転車で「恵みの森」入口に向かう。「恵みの森」散策後は、再び自転車で移動。「深沢温泉 むら湯」に浸かり、只見駅に戻る、というもの。

「恵みの森」では大滝沢の中ノ滝まで行き、折り返して、途中「癒しのブナ平」から尾根道を歩き出発地点に戻るというコースとだどる。

 *只見町観光まちづくり協会:「恵みの森」Webパンフレット(PDF)

この「恵みの森」は只見ユネスコエコパーク内で、緩衝地帯B(生態系の価値を損ねない形での活動を奨励、調査研究・モニタリングが可能、地元住民による伝統的な山菜・キノコ類の採取慣行は可能)エリアとなっている。

 *参考:只見町:只見ユネスコエコパークの面積、規制、法的根拠

さらに「恵みの森」は、林野庁指定の「緑の回廊」となっている「会津山地 緑の回廊」の中にある。

「会津山地 緑の回廊」は国内最大規模(105,495ha)面積を誇る。

緑の回廊では、分断された個体群の保全と個体群の遺伝的多様性の確保、生物多様性を保全するはたらきを発揮させるため、緑の回廊としてのはたらきを発揮するのにふさわしい森林については、適切にその維持を図り、森林整備の必要がある場合には、植生の状態に応じて、下層植生を発達させたり、裸地化の抑制を図り、緑の回廊全体として、針葉樹や広葉樹に極端に偏らない樹種構成、林齢、樹冠層等の多様化を図るための森林施業を実施することとしています。
また、緑の回廊においては、野生生物の移動実態や森林施業との因果関係等を把握するため、モニタリングに努め、その結果を緑の回廊の設定及び取扱いに適切に反映させることとしています。 (林野庁 http://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/sizen_kankyo/corridor.html)


「恵みの森」は日本国や国際機関(ユネスコ)から認められたエリアであり、只見線沿線屈指のトレッキングを楽しめる観光地でもある。

 

 


会津若松行き始発列車に乗るために、小雨降る中、郡山駅に向かう。

自転車を折り畳み、輪行バックに入れ、改札を通り1番線に向かう。

 

入線していた列車に乗車。

5:55、会津若松行きの列車は定刻に出発。

 

郡山富田、喜久田、安子ヶ島、磐梯熱海、中山宿と郡山市内の駅で停発車を繰り返した後、

沼上トンネルで中山峠を越え会津に入る。

上空には厚い雲が垂れこめ、川桁と猪苗代付近で左側を車窓から見える磐梯山は7合目より上がすっぽり雲で覆われていた。

 

7:37、会津若松に到着。

改札を抜け、構内を出て駅舎を望む。雲が広く広がっているものの、明るく、これから青空も顔を出すような空模様だった。

駅頭には、鮮やかなブルーの車体の「四季島専用バス」、赤べこ号と小法師号が停車していた。

 

忘れていたが、今日は日曜日で「TRAIN SUITE 四季島」の運行日だった。

改札前にはウェルカムボードが置かれていた。

再び改札を通り、「四季島」が入線する2番線に向かう。7時30分(着)、11時22分(発)の時刻表示がされていた。

約4時間の停車中、乗客は理割烹「田季野」で朝食を摂った後、国指定伝統工芸品「会津塗」に「鈴善漆器店」で触れる予定になっている。

 *参考:JR東日本 「TRAIN SUITE 四季島」1泊2日コース/春〜秋

 

まもなく、LEDヘッドライトを点灯した「TRAIN SUITE 四季島」のシャンパンゴールドの車体が入線した。

ホームでは会津若松駅町をはじめ、スタッフが出迎えていた。

昨年の5月7日の初入線から「四季島」の会津若松入りも20回を超えた事で、見学客の出迎えが無い普段の光景となり、静かな日曜日の朝のホームに乗客は降り立つ事になっているようだ。乗客にとってはこの方が良いのだと思う。

 

「四季島」の乗客が降りる前に2番線を後にして連絡橋を渡り、会津川口行きの列車が停車する只見線のホームに向かう。隣りは、喜多方行きのキハ40系。

 

7:37、列車は観光客や高校生などを乗せ定刻に出発。 

 

七日町西若松で高校生を中心に多くの客を乗せる。

 

鮎釣りの方々を見下ろしながら、阿賀川(大川)を渡る。

会津本郷を経て会津美里町に入り、会津高田では私服姿を含む多くの高校生を降ろした。ここには県立大沼高校がある。

 

列車は右に大きく曲がり、会津平野を北上する。

 

根岸新鶴と田んぼの中を快調に進む。

稲は実を付け、垂れていた。収穫の秋は近い。

 

会津坂下町に入り、若宮を経て会津坂下に停車。列車のすれ違いを行ってから出発すると、まもなく田んぼが途切れ、列車はディーゼルエンジンを力強く蒸かし、七折峠の登坂を始める。

 

塔寺を経た後、登坂を終え、木々の切れ間の“(自称)坂本の眺め”から飯豊連峰を見てみるが、ねずみ色の雲に覆われていた。

会津坂本を過ぎ、柳津町に入り、会津柳津に到着。数名が下車するが、乗車は無かった。

 

郷戸手前、“Myビューポイント”からこれから向かう先の天気を予想する。

雲が多いが、白く薄いので、天気予報通り雨は降らないだろうが、晴れもしないだろうか...。

 

この辺りの路盤脇1mほどが、かなりの距離にわたり緑色の厚手のシートで覆われていた。

コンクリート製枕木交換作業用の養生か定かでなかったが、JR東日本の保守作業の整然さに感心してしまった。

 

滝谷を出発すると、直後に滝谷川橋梁を渡り三島町に入る。

只見線は山間部を走るが、ゆっくりと渓谷を見られるのはここを含め数カ所しかない。只見川の大半はダム湖となっているからだ。

この眺めは“只見川八橋梁区間”の福島県側の前座を務めるとともに、貴重な渓谷美を乗客に味あわせてくれる。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧


会津桧原を出発すると車掌から『これから只見川に架かる橋を渡ります。只見まで8つの橋が掛かっていますが、会津川口まで4つの橋を渡る事になります。橋上から景色をお楽しみください』という旨のアナウンスが入った。

録音でも良いので、毎回このようなアナウンス(できれば各橋梁の手前)がある事を願いたいと思った。

 

列車は、桧の原トンネルを抜けると薄紫のアーチ橋「第一只見川橋梁」を渡った。

うっすらを雲が掛かった日向倉山(605m)の裾野に向かい大きく蛇行する只見川(柳津ダム湖)は、最近の雨の影響か茶色く濁っていたものの、水鏡が冴え周囲を風景をクッキリと映し出していた。

只見線は、秋田県と青森県の日本海側を走るJR五能線を“海の五能線”と名付け、“山の只見線”として国内外にPRし、運休区間(会津川口ー只見間)を所有する事になる福島県を中心に生活鉄道から観光鉄道に生まれ変わろうとしている。

客は海に対して“青い空の下の青い海”を、山に対しては緑を期待する事を考えると、“山の只見線”は天候に左右されない景観を乗客に提供できるのではないかと、この風景を見て思った。

山の緑は青空の下で一層映えるが、曇天の下でも多様な“緑”を見る事ができ、一見の客が大きな失望を抱く事は無いのではないだろうか。只見線にはダム湖が連続する事で只見川に水鏡(湖面鏡)が現れ、曇り空でも魅せる力を持ち、運が良ければ川霧まで見られるという事を合わせると、“ハズレが無い観光鉄道”と言えるかもしれない。

今後、只見線は観光鉄道として世に打って出て、衆目にさらされる。その過程で、この真偽が判明すると思うが、“ハズレが無い”となれば、沿線への観光需要は継続的・持続的なものとなり、観光産業が確立するだろう。

「第一只見川橋梁」上からの北側の景色は、こんな事に思いを巡らせてしまう程の魅力がある。

 

 

列車は会津西方を出発後に「第二只見川橋梁」を渡る。

その後、“アーチ3橋(兄)弟”の長男・大谷川橋梁を渡りながら、眼下に次男・宮下橋を見下ろす。

 *参考:埼玉県 県土整備政策課「【橋りょう】新宮下橋・JR只見線大谷川橋梁・宮下橋

 

会津宮下では、会津若松行きの列車とすれ違う。

二両目はラッピング車両だったが、只見川の「青緑」を表現した車体色を見て、今日は“茶緑”であると思ってしまった。

 

列車は国道252号線と交差した後、東北電力㈱宮下発電所と調整池の宮下ダムの脇を駆け抜ける。

ダム湖は満水のようで、木々の枝は湖面ギリギリにせり出していた。

わずかに只見川(宮下ダム湖)と離れ、「第三只見川橋梁」で渡河する。

 

列車は滝谷トンネルと早戸トンネルを抜けて早戸を経て、金山町に入る。

そして、8連コンクリートアーチ橋である細越拱橋(めがね橋)を左に緩やかに曲がりながら駆け抜けてゆく。

上空にはうっすらと雲が掛かっていたが、時折強い陽差しがあった。

 

会津水沼を出発し、左(南)に只見川を見ながら進み、「第四只見川橋梁」で渡河する。

この「第四」は「第一」から「第三」までの上路式とは違い、下路式(曲弦ワーレントラス) であるため鋼材が視界に入り開放的ではない。

運休区間には「第六」と「第七」の上路式があったが豪雨時に破断・流失し、復旧工事では増水対策で橋桁を高くする為に下路式に変更されてしまう。車窓からの景観が肝の観光鉄道として、本格工事の来年までに設計変更できないかと思ってしまう。

 

列車は「第四」を渡った直後は只見川を見下ろしながら平行して走るが、ここでは国道沿いに立つ木々と電線が見晴らしを悪くしている。

この会津水沼ー会津中川間の只見川と並走する区間は、東北電力㈱上田発電所・ダムの直下で浅瀬が続く貴重な場所で、車窓から見える風景にアクセントを与えられる。「景観創出事業」の上位に来る場所だと私は考えている。

今年3月29日の福島県JR只見線復興推進会議(式次第PDF)で承認された「只見線利活用計画」(PDF)の「景観創出事業」は“撮り鉄をメインターゲット”として設定されているが、只見線に乗る人を第一に思い実施して欲しいと思う。

  

会津中川を経て、大志(オオシ)集落の中を通り抜け、前方に町道の上井草橋が見えた辺りで列車は減速し始める。

 

9:39、終点の会津川口に到着。数名の観光客が歓声をあげながらシャッターを押す姿が見られたが、静寂は失われる事無く、雄大な自然がホームを包んでいた。

会津川口駅は只見川(上田ダム湖)に沿って建っている。ダム湖の貯水量は安定していて、風情のある駅となっている。

 

ここから先、只見までの27.6kmが「平成23年7月新潟福島豪雨」被害の運休区間で、3年後の再開通に向け、復旧工事が進められている。

 

駅構内に入り、売店前に置かれた“Youはどこから?”ボードを見る。

デンマークとイギリスからの訪問者があったようだ。

 

駅頭では、レンタルサイクルの貸し出しが行われていた。いわゆる“ママチャリ”だったが、電動アシストが付いていた。

駅前の花壇にはマリーゴールドが咲いていた。最近ラジオで聴く事が多い「マリーゴールド」のメロディが頭の中で流れた。

 

駅頭のバス停を見ると、表示が新しくなっていた。

一便だけの観光路線「(奥会津)ぶらり旅号」。

会津鉄道会津田島駅まで、金山町と昭和村の停留所は観光地の最寄りに設置されていた。

・「玉梨八町温泉」:天然サイダー温泉の町営「せせらぎ荘

・「昭和温泉しらかば荘

・「下佐倉」:道の駅「からむし織の里しょうわ」、「からむし工芸博物館

・「喰丸下」:「喰丸小」(旧喰丸小学校) *Facebook「喰丸小

  *参考:映画「ハーメルン」公式サイト

 

しばらく駅周辺をぶらついていると、只見から代行バスが到着し、8名の乗客が降りた。

10:25、このバスが折り返しの只見行きの代行バスとなり、7名の客を乗せ出発した。

 

代行バスは国道252号線を進む。まもなく右手(北)に「第五只見川橋梁」が見えた。会津川口側の橋桁が流出している。

 

国道から本名地区の住宅街に入り、本名簡易郵便局前に設置された“本名駅”となっているバス停に停車。一人の乗降も無く出発し、国道に再び入り坂を上って行く。

 

東北電力㈱本名発電所が左に見えて、本名ダムの天端(本名橋)を渡る為、直角に左折する。そして発電所を覆うフェンスが途切れ、眼下に「第六只見川橋梁」のあった空間を見下ろす。

左岸にある橋脚では工事が行われていた。「第六」の架橋工事は来年だが、この場所は只見川の護岸改修工事が重なるため先行して工事が行われているのだろう。

 

 

代行バスは“会津越川駅”、“会津横田駅”、“会津大塩駅”、“会津塩沢駅”のそれぞれ近くに設置されたバス停を経て、寄岩橋で只見川を渡河中に「第八只見川橋梁」を右手(西)に見る。

 

「只見四名山」“会津のマッターホルン”蒲生岳を見上げる“会津蒲生駅”を経て八木沢地区を通り抜けて、堅盤橋から叶津川橋梁を見上げる。只見線随一の橋上の開放感を味わえる上路式プレートガーター混成橋だ。

 

復旧工事の終わる三年後に、「第五」から「第八」、そして「叶津川」とこれら橋梁を列車が走る事になる。

乗客が橋上からの車窓の風景を中心に感激し、『四季それぞれの風景を見てみたい』とリピーターになってもらえるよう、福島県を中心とした「只見線利活用事業」に期待したい。

 

 

11:15、只見に到着。会津バスの車両が駅前の駐車場に付けられていた。

只見駅には路線バスは走っていなかったが、先月11日に「奥会津ぶらり旅」号が運行され、駅頭には会津バスの停留場も設けられていた。

ここも一日一便。福島県が約2,000万円を補助して11月25日まで運行させる「奥会津ぶらり旅」号・只見ー田島線。

 *参考:河北新報 「奥会津バスでぶらり旅 豪雨で区間運休の只見線活性化」(2018年8月10日)

停留所は只見町の他南会津町にも設けられていた。米焼酎「(同)ねっか 奥会津蒸留所」や御蔵入三十三観音(日本遺産)一番札所であり国重文のある「成法寺」の最寄りに停留所が設置されなかった事に唖然とし、非常に残念に思った。

・「只見中学校入口

・「季の郷 湯ら里前」:深沢温泉「季の郷 湯ら里」「むら湯

・「明和振興センター前

・「さかい温泉入口」:「花泉酒造」、「さかい温泉さゆり荘

・「山口営業所


「奥会津ぶらり旅」号のフロントガラスの上部にはシートが掲げられてはいるが、路線バスそのもの。 只見線を走っているキハ40系仙台支社色と同じようにラッピングされたバスは「会津若松ー会津川口線(只見川線)」だけだ。

 

駅頭では、ここでもレンタルサイクルに貸し出しを行っていた。会津川口駅での貸出同様、電車アシスト機能付きだった。

会津宮下駅近くの観光施設でも電動アシスト付きレンタルサイクルの貸出を行っている。

二次交通が脆弱な只見線沿線にはレンタルサイクルの需要が確実にあり、今後は電動アシスト機能が必須として求められていると感じた。

 

私は駅構内に入り、これから向かう「恵みの森」関連の資料を探し、頂戴してから「ぶらり号」に乗り込む。

「登山&トレッキング Book」には写真が掲載されて、行先の様子を事前にする事ができ、よかった。

 

11:25、只見ー会津田島線の「奥会津ぶらり旅」号が出発。

 

バスは伊南川沿いを走る国道289号線を進む。

車両が古くサスペンションが固いようで、車体は道の凹凸で激しく揺れた。観光の需要創出を意図しているのならば、車両の選定にも気を配って欲しいと思った。

 

11:48、明和振興センター前に到着。料金は600円。

料金について。この前の「季の郷 湯ら里」にもバス停があり同じく600円だったが、戦略的にワンコイン(500円)にする考えはなかったのだろうか。

「奥会津ぶらり旅」号の運行は土日を中心に11月25日まで。事業委託している福島県はPDCAサイクルを遵守し問題を解決し、観光客が不満を感じずリピーターやインフルエンサーとなるよう会津乗合自動車と話し合って欲しい。

 

バスを下車後に、輪行バッグから折畳み自転車を取り出し組み立て、「恵みの森」に向けて出発する。

少しだけ国道289号線を引き返し、明和橋の手前を県道153号線に入る。観光案内板を見上げると「恵みの森」までは10.8kmとあった。

 

外出橋を右折し布沢川沿いを上り、時折アップダウンしながら自転車を漕いでゆく。

 

坂田地区原の集落に入ると畑の斜面に「滝原村(坂田)の戦い」の観光案内標柱があった。小さく、QRコードのシールも貼ってあった。

昨年、只見町が戊辰戦争史跡など町内約20ヶ所に設置した「戊辰戦争 史跡めぐり」のものだ。

 *記事出処:福島民報 2017年3月16日付け

「滝原(村)の戦い」は1868(慶応四年)9月25日、野尻(現・昭和村)の本陣に退却しようとした西軍(加賀、富山藩)と追走してきた東軍(会津軍)が戦った戦闘。3日前の9月22日に鶴ヶ城と城下へ猛攻を受け、会津藩が西軍に降伏した後に行われたものだった。

 *参考:

 ・只見町「14.滝原の戦い跡

 ・Facebook 只見町河井記念館 2017年10月17日

 ・拙著「新幹線の中の只見線 2017年11月

 

 

県道153号線は只見町小林地区と三島町宮下停車場(駅)を結ぶために作られたが、吉尾峠や美女(帰)峠で分断されている“未成線”だ。

 

12:12、「森林の分校 ふざわ」前を通過。「恵みの森」の観光拠点にもなっている民間委託の体験宿泊施設だ。

ここには、只見町防災情報手拱システムのライブカメラが設置されていて、現地の天候などがリアルタイムで確認することができる。

 

松坂峠と「癒しの森」に向かう県道353号線の分岐を過ぎ、布沢川を浮島橋で渡り浮島集落の中を抜ける。

最後の住宅地である夕沢集落の中を走り抜ける。

 

人家がなくなり、県道は傾斜がきつくなる。

相互通行ができないほど狭隘な県道を、時折眼下に布沢川を見下ろしながら進む。

 

12:32、道行川との合流地点に設けられた砂防ダムが現れる。“ダム湖”というほどのものではなかったが、ダムの貯水部には湿原と見紛う風景が広がっていた。これは良い風景だと見入った。

緑に囲まれた枯れ木が一本。絵になる光景に、また、見入る。

  

 

傾斜がきつくなり、息を切らしながら自転車を進めると、ようやく前方に看板の群れが見えてきた。

12:36、「恵みの森」の入り口に到着。明和地区センターから45分掛かった。

 

県道脇には駐車スペースが確保され、乗用車ならば20台は停められるかと思える広さがあった。マイクロバスは斜めで停車せざるを得ないか。

今日は日曜日だが、車は一台も無く、人の気配も感じなかった。

私一人がこの広大な森の中にいる孤独感より、この観光地に客が居ない寂しさが勝った。

 

この駐車スペースの先は“未成線”で、舗装が途絶え自動車の轍が続いていた。

「吉尾(ヨシュウ)峠」の前後が車道未整備で、昭和村まで車で通り抜ける事はできないが、整備途上ではあるが遊歩道で歩いて行く事はできるという。

県道153号(小林宮下停車場)線は、会津若松城下と沼田街道を結んでいた主要街道「(会津)銀山街道」の一部だったこともあり、福島県会津若松建設事務所が「吉尾峠」や「美女峠」前後の未成区間を道普請し「歩く県道」として整備している。

 *参考:福島県 会津若松建設事務所

 ・facebook「【歩く県道】吉尾峠で道普請を行いました」(2014年9月25日)

 ・会津銀山街道地図 MAP3(美女峠~只見町小林) (PDF)

 ・「歩く県道・銀山街道」地域づくりニュース H27 Vol.3(PDF) H28 Vol.1(PDF)

 

 

入口の目の前には簡易トイレがあった。

中を開けると、掃除が行き届いた、綺麗な空間になっていて、男性用便器と個室の洋式便座に分かれていた。

おそらく、定期的にここを訪れ掃除をしているのだろう。関係者の仕事に頭が下がった。

 


入山届けを記入し投函、熊鈴を身に着け、iPhoneで“クマ除け”の音楽を流し、出発の準備をする。

 

12:50、入口脇に積まれていた天然枝の杖を、“クマ撃退用”に拝借した後に出発した。

前方に林野庁関東森林管理局会津森林管理署南会津支署が設置した「ここは“会津山地緑の回廊”」の看板(平成19年4月度設置)を見ながら、緩やかに下ってゆく。

 

この看板の柱には通過数カウンター「Pass Counter TRAIL MASTER」なるものが設置されていた。

取り扱い企業(フジプランニング(株))のホームページを見ると、赤外線で通過人数を記録し、後日内部メモリを回収しデータ解析する機器のようだ。

 

広々とし、足場の整備された坂を下ってゆく。

下りきると、前方に木製の板橋が見えた。

この布沢川に架かる橋を渡り、斜面に設けられた階段を上ると、「林野庁指定 恵みの森」の看板が立てられた広場になった。

ここはトレッキングコース後半の尾根道の合流地点になっている。

 

広場の直後には、急な崖となった。足場の土が階段状に削ってあり、大きな不安は無かった。雨の日など、地面が濡れた日は細心の注意が必要だ。

崖の下に降り立つと、大滝沢が現れた。約2.1km先の「中ノ滝」まで付き合う事になる清流だ。

只見駅で入手した「登山&トレッキングBOOK」に載っていた「順路」杭標があり安心したが、クマの“攻撃”を受けたその一部を見て、気を引き締めた。

  

しばらく、ブナ林の中や大滝沢を横切るコースを進んで行く。

大滝沢の水量は少なく、私が履くトレッキングシューズでも濡れずに渡れた。

 

12:58、大きなブナの木が現れた。

林野庁が取り付けた説明標があった。この後、同様の物は見かけなかった。

スラブ岩を渡る。昨日まで雨が降っていたようだが、水は澄んでいた。

 

雲の切れ間から陽が差すと、ブナ林は鮮やかな緑の空間となる。ブナの表面に着生した苔や葉が手つかずの自然を十分に感じさせてくれた。

大滝沢を渡る際も、太陽光があると見ごたえがあり、立ち止まって見入ってしまった。

ブナ林の“歩道”は枯葉になっていて迷う事は無いが、時折、「順路」杭標が現れるので安心できた。

  

歩みを進めて行くと、ハッとする景色に何度も遭遇した。

苔が着生し朽ちようとしているブナの倒木。

 

川床を歩く場所では、河岸に足場が削られ、靴をどっぷり川に入れる事無く歩く事ができた。

スラブ一枚岩の川床が続く場所は、まだ先で、丸石主体の一般的な川原もまだ見られた。

 

13:15、「下ノ滝」に到着。

「下ノ滝」の全容。四段とも三段とも、そして二段とも観光案内に記述があるが、一枚スラブ岩の連続滝である事は間違いない。

ガイドブックに掲載されているアングル。滝つぼは1m程で、安心して動き回り、見る事ができた。

長靴ならば沢遊びが楽しい場所だと思った。次の機会の楽しみができた。

 

滝の上段に上がると、舗装面の様なスラブ一枚岩の川床になっていて、ここから「中ノ滝」まで続いていた。

しばらく川床を歩き続けると、滝が現れた。名は無いようだ。

一部川床には“おう穴”も見られた。雪融け時期などは岩を回転させるような激流となるのだろう。

 

陽が差すたびに立ち止まり、上流方向に目を遣る。良い景色だ。

河岸に上がると「滝上ノ森」という案内杭標が現れた。ガイドブックに記載が無く、何か特別な“森”なのかは分からなかった。

苔が着生した倒木は、何度目にしても味がある。

岩にも苔が着生し、太陽に照らされた葉の若緑との対比が絵になっていた。

 

森の中の道を進むと、朽ちようとしている倒木があった。この養分を元に、新たな草木が育ってゆくのだろう。人間界にも通ずる、命のバトン、サイクル。

 

また、川床に入り進む。水平かと思ってしまう見事なスラブ一枚岩。奥深い自然の形状美だ。

太陽の光を浴びた木々を前方に見ながら、この川床を進む。

水位は靴のソール程度で、内部まで浸透せずに進めた。

 

再び森に入る。緑が眩しい。森→川→森→川...と進むコースは心地よい。

 

この先の大滝沢は両側から木々が張り出すようになり、川床の端を歩く事が困難になった。ただ、水量が少ないため、私はそのまま進んだ。

 

深くなった場所で岸に上がり、コースを進むと「でこ岩」とかかれた案内標が現れたが、周囲には無く、おやっと思った。

と、大滝沢の対岸を見上げると、それがあった。

垂直に切り立った崖がせり出す奇岩「でこ岩」だ。

“おでこ”のような形状から「でこ岩」と言われているようだが、でこぼこに波打つ様が「でこ岩」の名にふさわしいと思った。

 

沢を歩くと、左側の川岸に水が噴き出しているような場所があった。

川の水位より少し高い場所で透明な水が勢いよく湧き出し、川に流れ落ちていた。

周囲に案内標を見つける事ができず、これが「奥ノ清水」か定かではなかったが、ガイドブックを見ると、位置は合っていそうだった。

水たまりを囲む苔の清廉さに、この湧き水の力を見たような気がした。

 

大滝沢の幅は狭いが、浅瀬が続き、歩き進む事ができた。

まもなく、前方が明るくなり、開けた場所になっていることが分かった。

 

13:56「中ノ滝」に到着。倒木が横たわり、ガイドブックの写真とは見え方が違っていた。

スタート地点から2.1km、1時間7分を要した。

倒木の下をくぐり、滝に近づく。手前が大滝沢本流で滝の高さは2mほど。ここを越えてゆくと「魚止め滝」があるという。

 *参考:只見町「恵みの森」(滝)

奥が大滝沢の左俣で滝の高さは5mほど。この滝を越えて登ってゆくと昭和村との境にある鎌倉山(956.3m)に行く事ができるという。

 

トレッキングコースはここまで。

最深部到達の余韻を感じる事無く、まもなく「中ノ滝」を後にして、大滝沢を下る。「癒しのブナ平」を経て尾根道を登るためだ。

 

約15分ほど歩くと、右岸にピンクのリボンが見えた。

倒れた案内標に“遊歩道入口”とあり、岸に上がり、森の中を進む。

 

平地の幅広い道を進むと、まもなく「癒しのブナ平」の案内標が現れ、道しるべとなるピンクのリボンが現れた。

「癒しのブナ平」を抜けると、尾根道に向かう上り坂となる。

足場は確かで、不安は無かったが、ここまでの急斜面とは思ってなく、はぁはぁと息を切らしながら登っていった。

途中、枯葉の間に奇妙なキノコを見つける。

帰宅後に調べてみると、シロオニタケの幼菌だという。

 

約5分間、必死に、かつ急ぎ足で登り、“最初”の頂に着く。

この後、尾根道を歩く事になるが、アップダウンがあり、時間を掛けずに歩く身には応えた。

 

枯葉が敷き詰められた尾根道を進む。迷う事はなかった。

 

食べかけのキノコがあった。クマの仕業か。

足元にはいたるところにキノコが見られた。双子キノコ。ベニイグチだろうか。

トレッキングコースには大滝沢沿いにあった「順路」杭標は無かったが、赤頭の杭は打たれていて安心だった。これならば、枯葉道が同化する紅葉の時期も問題ないだろう。

 

14:28、尾根道のトレッキングコースが、北北東から北北西にほぼ90度に進路を変えるポイントに到着。木の表面に『左へ』と刻み文字が見られた。

 

14:29、「目あての姫松」の前を通過。

 

尾根道はアップダウンを繰り返す。

ブナの間に続く、痩せ尾根のトレッキングコース。

見上げると、緑のグラディエーションが見られ、美しかった。

 

14:53、尾根道が見通せなくなり、丸太階段が設けられた急斜面となった。

朽ちた丸太が交換され、手入れされていた。丸太階段を使わなくても、下る事はできそうだが、あると安心できる。

真新しい丸太が埋め込まれた場所もあり、まだ補修途上のようだった。

これから秋の紅葉シーズンに向けて完了させるのだろうか。

 

丸太階段エリアを過ぎると、斜面を横切った。ロープも張られ、不安なく通る事ができた。

丸太階段を下りるあたりから沢の水音がこだましていたが、この斜面から見下ろすと木々の間から大滝沢の一部が確認できた。ゴールは近い。

先を進むと、往路で渡った板橋が前方に見えたが、足場も険しくなった。

これが「登山&トレッキングBOOK」に記述されていた『...、最後が崩れているので注意が必要です。...』の場所のようだった。

鋭角で急傾斜の“極”痩せ尾根に道がある。高度が無いため、さほど恐怖は感じなかったが、安易なトレッキングロードで無い事は確かだった。

最終盤には木々の間を通りぬける場所もあり、この区間は気が抜けなかった。

 

15:02、分岐点の広場に到着。2.3kmの尾根道を46分で歩いた。

往路に歩いた道を戻る。一度歩いた道は安心だ。

 

まもなくゴール。

 

15:04、スタート地点に戻る。約4.4kmの「恵みの森」周回トレッキングコースを、写真を撮りながら、急ぎ足で2時間15分で歩き抜いた。

“クマ除け”に聞いた音楽は福山雅治「THE BEST BANG!!」。

長崎の自然の中で生まれ育った彼の音楽は「恵みの森」に調和していた、と私には感じられた。

 

「恵みの森」は想像以上に素晴らしい空間だった。

大滝沢の川床の一枚スラブ岩を、水音を立て、ブナの鮮やかな緑を眺めながら歩くと、自然との一体感を味わう事ができた。

また、ブナの森や川に横たわっていた倒木に見られた、苔の着生具合や芽吹いた新緑の植生、そして朽ちて森の養土と化す様は“命”というものを見せ考えさせてくれた。

このコースは、標準所要時間は3時間30分ということで、それくらいあれば、もっと森の恵みを十分に見て感じることができるのではないかと思う。

 

ただ、私も当初は検討したのだが、やはり地元ガイドに案内してもらい自然各々の説明を受けながら歩く事が勧められる。

今回「木の化石」や「滝上ノ森」、「目当ての姫松」などの案内標を見たが、意味が分からなかった。

また、「熊の遊び場」や「手前ノ清水」、「四つ子のブナ」などは見過ごすか見つけられず残念な思いをした。

さらに尾根道で足元にヒョコヒョコと顔を出していたキノコの種類など、植生する自然物の名を知られなかったのも惜しかった。

私も、次回は地元ガイドを依頼して再び訪れたいと思う。その際は、長靴を用意して、沢歩きを存分に楽しみたい。

 *参考:只見町「恵みの森」(ガイド)

 

今回は、沢に入るためにトレッキングシューズにかぶせるビニールを用意したが、沢に踏み込み川床をしっかりと蹴りながら進むとなると、役立たずだった。

「恵みの森」トレッキングコース外には「大滝」と「魚止め滝」があり、4つの滝を見て回る歩き方もできる。その点からも、このようなカバーではなく、長靴が良いだろう。

 

今回、私は単独で「恵みの森」に入り、一人でもトレッキングが可能である事が確認できたが、案内杭標などへのクマの攻撃を見ると、終始、クマの存在を忘れる事はできなかった。岩場などに腰を下ろし、遅い昼食を、とも思ったが背後が気になり止めた。私は定期的に熊鈴を意図的に鳴らし、音を立てて歩くように努めた。だから、ゴールした時は、達成感と同じくらい、恐怖心からの解放を安堵した。

そういう意味でも、「恵みの森」はグループで訪れ、地元ガイドに案内してもらうという楽しみ方が良いと思った。

 


15:08、ゴールの余韻を味わうことなく、出発。目指すは深沢温泉。

 

アップダウンはあるものの、下り傾向の県道153号線を布沢川沿いに快調に駆け抜ける。

 

外出橋のたもとで、直進し県道360号線を進み布沢川が合流する伊南川沿いに入り、東北電力㈱伊南川発電所取水堰の脇を通り抜ける。

伊南川を見ながら走る区間は、気持ちが良い。

 

15:45、目的地の深沢温泉に到着。町営の「むら湯」に向かう。

何度かここを訪れたが、初めて入る。

玄関を潜り、靴を脱いで入湯料(600円)を支払う。男湯には多くの客の姿があった。

館内は明るく清潔感があり、脱衣所にはキー付きの中型ロッカーもあった。

湯の泉質は「ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉」で、赤茶色の源泉が掛け流されている。

湯温はやや高めで、私は自転車とトレッキングで酷使した足を長めに浸け、体を温めた。

 

16:38、20分ほどゆっくりと湯に浸かり、外で汗を引かせた後に「むら湯」を後にする。

17時45分発の代行バスに乗るために、只見駅に向かう。距離は約13.5km。

 

沼田街道(国道289号線)は進まず、再び県道360号線に入り、伊南川沿いを西北に進む。眺めが良く、自転車は交通安全の面からもこの道が良い。

途中、小川地区の滝ノ曽根清水で給水。

小川地区には、ここから約1kmほど只見駅寄りに宮ノ下清水もあり、サイクリストには助かる。

 

17:12、伊南川にかかる黒沢橋を渡り、国道289号線に合流。

国道289号線を少し進むと、只見川に架かる常盤橋を渡る。

国内第三位の貯水量を誇る電源開発㈱田子倉発電所・ダムの下流域で住宅街ということもあり、川岸の整地と護岸整備がなされ、人工的な景観となっている。

 

常盤橋から先は「第13回只見駅前通りウキウキわいわいフェスタ」が開催されていて、自動車通行止めになっていた。

自転車を押して、先に進むと神輿の周りに多くの町民が集まっていた。祭りの雰囲気は良い。

私はこの祭り会場で、只見名物「マトンケバブ」や米焼酎「ねっか」を頂こうかと考えていたが、この人込みをかき分けてゆく体力と気力が無く断念した。

 

17:29、国道沿いのコンビニで買い物を済ませ、只見駅に到着。

私は自転車を折り畳み輪行バッグに入れ、駅頭につけられた代行バスに乗った。

乗車は私を含め4名。

 

17:45、代行バスは定刻に出発。

闇に包まれてゆく国道252号線を“各駅”に停車しながら、快調に進んだ。

 

18:35、会津川口駅に到着。すっかり陽が落ちていた。

列車が入線した後、輪行バッグを抱え、ホームに向かう。

暗闇の中、ラッピング車両を後部にした二両編成のキハ40系が静かにディーゼルエンジンを蒸かし待っていた。

列車には私を含め5名ほどが乗り込む。代行バスからの乗り継ぎは、私ともう一人だけだった。

 

18:35、会津若松行きの列車が出発。

私は、さっそく、只見町で手に入れておいたワンカップを呑む事にした。どちらも南会津町に酒蔵がある「花泉」と「開當 男山」だ。

肴は焼き鳥缶と蟹風味の蒲鉾。漆黒の闇を車内灯で周囲をぼんやりと照らしながら、カタコトと駆け抜ける車内で、列車旅の至福の酒宴を満喫した。

 

20:58、列車は無事に会津若松に到着。私はその後、磐越西線の列車に乗換え、郡山の自宅を目指した。

 

今回の旅は天気が心配されたが、秋雨前線の停滞と台風21号の接近にも関わらず、雨が降らず陽まで差すなど比較的恵まれた天候の下で楽しむ事ができた。

「恵みの森」は期待に違わぬ場所で、奥会津の自然を手軽に楽しめる観光地であることを確信した。

入山解禁時期の5月下旬には雪融けの豊富な水量が大滝沢に一層の野趣味を与え、踏み入れた足に水勢を感じながら行う沢登りは、程よい恐怖感が得られて良いのではないだろうか。

また、紅葉の最盛期では一面に色づいた森を見ながら沢を歩き、良い写真を撮る事が可能だろう。地元ガイドからキノコの説明を受け、山の恵みを実感できるだろう。

この「恵みの森」へ多くの只見線利用者を誘うためには、やはり二次交通の整備が不可欠だ。ツアーならばマイクロバスに分乗すれば良いが、個人客をどのようにするかが課題だ。

今日利用した「奥会津ぶらり旅」号は今年11月25日までの運行であり、「恵みの森」から10.8kmも離れた明和地区センターが最寄りのバス停だ。

案として“ガイド付き送迎”が考えられる。只見町観光まちづくり協会のホームページには『ガイド料金はガイド1人につき8000円。1人のガイドが引率できる目安は大人であれば8人まで』と記載されているが、この8000円の妥当性はともかく、只見駅からの送迎とガイドを含んだ「恵みの森への二次交通プラン」を設定するのはどうだろうか。

また、「軽量・多段変速のロードバイク」か「電動アシスト付きマウンテンバイク」のレンタルサイクルも考えられる。片道約23kmなので、健脚方以外は「恵みの森」入口まで客と自転車を運ぶサービスが加われば、快適にサイクリングとトレッキングを楽しめるだろう。

「恵みの森」に限らず、只見線沿線の観光地は二次交通整備により客数が左右される。広域自治体である福島県が主導し、乗客に継続的に受け入れられる二次交通を整備して欲しい。

 


【「恵みの森」を歩いての私見】

「恵みの森」は手つかずの自然が広がっていた。

ただ、観光地として考えた場合、景観を損ねない、ルールに抵触しない手入れは必要ではないかと感じた。

 

例えば、この場所。右手前の細木や枝が無ければ、一層良い景色になると思った。

 

下の河原には枝が散乱していた。これも自然だが、自然石が転がる美しい河原であっても良いのではないだろうか。

 

 苔が着生し、若芽が生えた巨石が印象的な風景だが、左に細木が横たわって惜しいと思った。

 

極めつけは「中ノ滝」の左俣にある滝の周辺。滝の全容がわからないばかりか、落水よりも枝木に目がいってしまった。

「恵みの森」は国有林内にあるため、“景観創出”のための細木倒木や枝の移動(もしくは回収)が可能か、また可能であるのならば、どのような手続きが必要か定かではないが、関係者には「恵みの森」内の景観創出にチャレンジして欲しいと思う。

実施検討につき意見集約が必要ならば、モニターツアーなどを企画し、参加者から意見を聞く、または地元と行政関係者と参加者の鼎談を設けるなどして行えばよいだろう。窓口は地元・只見町がベストで、広域自治体であり、只見線を観光鉄道として復興させる司令塔である福島県が事務手続きなどのサポートを行えば、町の負担も軽減されるだろう。

「恵みの森」は“観光鉄道「山の只見線」”の骨格を成す、魅力にあふれた観光地であり、ネイチャーアクティビティを体験できる場所である。福島県は、その価値や魅力を一層高めるために、只見町と協業し「恵みの森」の景観創出に取り組んで欲しい。

(了) 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!」(2017年1月26日)

 

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

よろしくお願い申し上げます。


次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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