会津美里町・会津坂下町「さくら」 2018年 春

晴れの予報の休日、例年より開花の早いといわれている桜を見ようと、JR只見線に乗車し会津坂下町に向かった。

今日は会津坂下町と会津美里町、二つの町を巡り、長い距離を移動するため輪行することにした。

予定では、会津坂下町の最西端にある会津坂本駅から東南方面に自転車を走らせ七折峠を旧道で超え、会津美里町に入ってからは町の桜の名所を観て回る。

その後、只見線と磐越西線を乗り継いで、見頃を迎えている「日中線記念自転車歩行者道のしだれ桜」を観に行く。

 

 


磐越西線の始発列車に乗るために郡山駅に向かう。上空は薄曇りだったが、気温は高く、予報通り晴れそうだ。

自転車を折り畳み、輪行バッグに入れて駅舎に入る。券売機で切符を購入し1番線に向かう。

切符は、平日ということで「W切符」を利用した。

5:55、列車は定時に出発。

郡山富田、喜久田、安子ヶ島と各駅に停車し、磐梯熱海の手前では上空に青空が現れてきた。

駅に隣接する「郡山市熱海フットボールセンター」は全ての工事を終えて、来月1日のオープンを待つばかりとなっていた。

中山宿を過ぎ、沼上トンネルを抜け会津に入る。

雲はあったが晴れ間が広がっていて、わずかに雪を残す磐梯山も全体が見えた。

 

7:09、列車は定刻に会津若松に到着。

一旦改札を抜けて、駅舎を見る、上空には青空が広がっていた。

再び駅舎に入り会津坂本まで切符を購入し、只見線の4番ホームに向かう。会津川口行きと並んで磐越西線の喜多方行きの二両のキハ40系が入線していた。

右奥には磐梯山の稜線が微かに見えた。

 


7:37、会津川口行きの列車は4割程度の客を乗せ定刻に出発。

会津坂本までは580円、約1時間で到着する。

住宅地にある七日町西若松を過ぎ、列車は大川(阿賀川)を渡り会津平野の田園に入って行く。

 

会津本郷を過ぎ会津美里町に入り、会津高田を出発すると列車が右に大きくカーブし北進。右手に広大な田が現れる。田起しを終えた畝も多く、入水している区画もあった。

 

根岸新鶴を過ぎで若宮から会津坂下町に入り、まもなく会津坂下に到着。県立坂下、会津農林高校の生徒が多数下車してゆく。

車内は一転閑散とし、三両編成の真ん中にあるロングシート車には一人の乗客も見られなかった。

 

列車は、会津若松行きの上り列車とすれ違いを行ってから出発し、まもなく静かな車内にディーゼルエンジンの重い音が響き渡り七折峠に入ってゆく。

前方、船形地区の集落の中には満開の桜が見られた。

登坂の途中、木々の切れ間から会津盆地を見渡す。薄い雲が広がり、磐梯山を見る事はできなかった。

 

塔寺地区も満開の桜で華やかだった。

 

列車は、塔寺を過ぎても登坂を続け、第一花笠から、第二花笠、元屋敷、大沢と四連のトンネルを抜けると右側(北)が開け大沢地区を見下ろす。

ここは車窓から飯豊連峰が見え、大パノラマも堪能できるが、こちらも雲と霞が掛かっていた。残念。

8:40、会津坂本に到着。ホームのソメイヨシノ(?)は散ってしまっていたが、満開の桜が残っていた。

タオヤメだろうか。中心が白く、淡紅白色の花弁が綺麗だった。

カメラを向けるとミツバチがやってきて、私を気にすることなく仕事をしていた。

駅舎は旧国鉄時代の貨車を代用した待合室だけ。側面の水色は只見川、緑は沿線の自然を表しているのだろうか。

ここで輪行バックから自転車を取り出し、組み立てる。

さっそく国道252号線に出て東に進む。

しばらくペダルを漕ぐと、列車からも見えた大沢地区の桜が現れた。

“双子桜”と呼んでもよさそうで、車窓からは一つの巨大桜と見紛うばかりの同調性がある。

この根元、二本の間には地蔵様が立ち、いっそう味わいある桜となっている。

 

集落の桜を観ながら、自転車を進める。

国道252号線と合流した国道49号線に出て、分岐に到着。前方には七折峠があり、直進するバイパスは七折峠トンネル(1,045m)で山腹を突き抜け越えてゆく。私は右折し旧道を進んだ。

この道は先代の旧道で、“七折”の由来となった七つのカーブを持った先々代から二つに減らし昭和40年代初めに開通したという。

道幅は広く、自転車でも苦にならない勾配を大きく左にカーブしながら進んでゆく。

まもなく、木ノ根坂沢に架かる七折橋(1967年12月15日竣功)を渡る。

橋上から見ると、意外と上ってきた事がわかった。眼下には磐越自動車道を跨ぐ国道49号バイパスが見えた。

第二カーブの手前の開けた場所から、旧道の分岐点付近の満開の桜を見下ろす。

 

峠を上りきり、直線道を下る途中で右折し緑資源幹線林道・飯豊檜枝岐線に入り、気多宮跨線橋から只見線を見下ろす。

列車が登坂する姿が見られる場所で、下りのSL(臨時)が黒煙を吐き出しながら峠を登坂する様を捉えた写真がネット上などで見る事ができる。

今年5月、SL只見新緑号の運転は無いようで、秋に紅葉号の運行があれば見てみたいと思う。

 

 

旧道を下り終え国道49号線に再び合流し、緩やかに下ってゆく。

塔寺駅の前を通り過ぎ、ため池を左に見ながら自転車を進める。

下り坂が終わった付近で県道43号線に入り、少し引き返す形となり左折し県道365号線を南進する。

 

1kmほど進んだ所で、醫王山 薬王寺(真言宗豊山派)に到着。境内に「会津五桜」の「杉の糸桜」がある。

事前の情報では“見頃”とあったが、石段を上り見るとほとんど散ってしまっていた。

残念。

案内板を見ると「杉の糸桜」はエドヒガンサクラ(枝垂れ桜)の一種で、天正年間(1573~1590)に植えられたという。

次回は“華麗さはつとに有名”という満開の状態を見たいと思う。

 *参考:NHK  新日本風土記アーカイブス「会津の五桜

 

境内には他の桜が咲き、情緒が感じられた。

 

境内をしばらく散策した後、まもなく七折峠を下ってくる只見線の列車の写真を撮ろうと、場所を探しに線路付近に移動する。


 

線路に付き当たる民家の間の路地を進むと、番犬がやおら立ち上がり吠え始めた。優秀な犬だ。

少しぽっちゃりした容姿に、笑顔がこぼれた。

 

撮影場所は桜と列車が一緒に収まる所と思い、杉第二踏切のそばに決めた。


9:50、レールに軽い金属音が響き、七折峠を下ってきた会津若松行きの列車が姿を現した。

私は、薬王寺の桜と先頭車両が重なる直前にシャッターを切った。
桜とキハ40系仙台支社色はよく合うと、改めて思った。

 

列車を目で追うと、二両目は新しいラッピング車両だった。初めて見る事になった。

4月30日から運行を開始と地元紙(福島民報)が伝えていて、気になっていた。

『只見川をイメージした青緑色を基調に、只見川や流域の自然と一体化するよう』にデザインされ、2020年度末まで只見線の他、磐越西線でも運行されるという。

できれば、一両ではなく、全編成をラッピングして欲しいと思うが、それは専用の観光列車ができるまで待たなければならないか。

 

列車の撮影を終え、県道を南進する。
 
沿道には満開の桜が点在し、春の雰囲気を堪能しながらペダルを漕いだ。

慶雲山 勝方寺の桜。電柱が無ければ...と思うが見上げる桜は見応え充分。美しい。

 

自転車を走らせているこの県道365号(赤留塔寺)線は「会津まほろば街道」の一部になっている。

西部山麓沿いに南北を貫き、高台から会津盆地を見下ろし、雲が無ければ磐梯山も見通せるこの道は県内屈指のサイクリングロードになる能力があると思う。

会津坂下駅から会津本郷駅間でどの駅でも乗捨て可能なレンタルサイクルを設置すれば、只見線の集客に大きく寄与するはずだ。自転車はロードバイクかお洒落な小型車が望ましい。

会津坂下町と会津美里町は行政の枠を超えて協業し、道路舗装や標識・エイドステーション設置などを経て、自然と文化財を会津の風を感じながら堪能出来るサイクリングロードを作って欲しい。

 *参考:会津まほろば街道推進協議会

 

 

10:14、会津坂下町から会津美里町に入る。

途中、左折し町道に入り県道59号(会津若松三島)線に入る。合流点で南西に目を遣ると古峯神社の境内から張り出した桜越しに、明神ヶ岳(1074m)から高尾嶺(869m)に至る残雪の山並みが見えた。“残雪と桜”の組み合わせは絵になる。

 

10:33、県道を離れ町道を進み、中田観音で知られる普門山 弘安寺に到着。国重文・十一面観音像などを収める観音堂の改修工事は先月28日までに終わり今月1日から拝観を再開。見事な銅屋根の本堂が姿を現していた。

弘安寺は野口英世ゆかりの寺。母・シカが氏の活躍を願い月参りを欠かさず続けたと言われ、黄熱病で斃れる前の帰国では二人揃って詣でたという。この寺は野口母子の願いを叶えた場所でもある。

弘安寺は只見線・根岸駅から西に500mの場所にあり、徒歩圏内だ。

  

再び県道365線に合流するとブドウ畑が現れた。

会津美里町新鶴地区(旧新鶴村)はワイン用のぶどうの産地で、この裏、北西の緩やかな斜面にはブドウ畑が広がっている。国内の大手蒸留所からは名を冠したシャルドネも販売されている。

 *参考:シャトー・メルシャン「新鶴シャルドネ

今、この地でワインを作ろうという動きがある。地元紙(福島民報、2018年4月18日付け記事)で合同会社会津コシェルの活動の様子が伝えられていた。

ワイナリーを設置し、ブドウ栽培の担い手確保(耕作放棄地の回避)、農閑期の雇用創出、観光による交流人口増加、地域活性化などを目指すという。

ブドウの十分な収穫が得られるまでは、町内産リンゴを原料としたシードルを中心に製造するという。

「会津コシェル」はクラウドファンディングを企画する(目標金額到達)など行動的で、作業に従事する町の地域おこし協力隊はSNSで情報発信もしている。

 *参考

 ・Ready for「会津盆地が一望できる、ブドウ畑が広がる丘を守りたい!!

 ・facebook「地域おこし協力隊が会津美里町にワイナリーをこしぇる

 

只見線沿線の地場ワインが飲める日は必ずやってくるようだ。

質・量ともに国内屈指の日本酒を核に、地産の焼酎とワインが楽しめる路線は国内になかなかないだろう。

私は、この会津美里町のブドウ畑は只見線の集客・復興にも好影響をもたらすと思っている。「会津コシェル」の今後の動きに注目したい。

  

 

さらに自転車を進め、目当ての名が書かれた看板を右に曲がると、前方、畑の中に桃一点の盛り上がりが見えた。

米沢の千歳桜」(県指定天然記念物)だ。

満開。広がった枝に美しく咲き誇る花に見惚れる。

この桜は樹齢約700年のベニヒガンザクラで、開花を見て作物の播種時を決めていた事から別名「種蒔桜」とも呼ばれている。

“千歳”とは当時(1273年)の地頭・富塚伊賀守に関わった女性で、氏が彼女の死を悲しみ、供養のために植えたのがこの桜だという。

 

「千歳桜」を後にして、県道に戻り次の目的地に向かう。

 

雀林地区に入り県道を右折、やや勾配のある坂を登り始めると、前方に桜の一角が見えた。
 
11:00、雷電山 法用寺に到着。咲き誇る一本桜。これまた見事だった。

門前に立つ。お目当ての「虎の尾桜」(会津五桜)の幟がはためく。

自転車を止め、境内に入る。

本堂の大きさに驚き、どれが「虎の尾」かと思ったが、鐘楼との間にあった。

散り始め、かと思いその様子に落胆したが、顔を近づけ花弁を見ると感動に変わった。

何と花の中から花弁が突き出ている。驚き、しばらく見入った。

虎の尾桜」はオオシマザクラの一種で、“珍種”と言われている。

この花を見て、一通りでは無い桜の種の多様性を知る事になり、唸った。

“ソメイヨシノ=桜”と思ってきた思考が一変した。桜の見方が変わる。

 

境内を見て回る。

奥に進むと三重塔があった。意外とは失礼だが、その趣きと重厚感に『会津にここまでのものがあったのか...』と感心してしまった。

遠方から見ても雰囲気が良く、「仏都・会津」の名を象徴する景観かもしれないと独りごちた。

法用寺三重塔は会津に現存する唯一のもので1780(安永9)年の建立という。三つの屋根の大きさの差が少なく、相輪までが20mを超すなど、一見の価値がある県重要文化財だ。

 *参考

 ・日本遺産「会津の三十三観音めぐり ~巡礼を通して観た往時の会津の文化~

 ・会津若松市企業立地ガイド「初夏の会津 ~仏都会津をめぐる~


 

 

法用寺を後にして、旧高田町の市街地に向かう。

 

水が引き込まれた田越しに、明神ヶ岳(1074m)と博士山(左奥、1482m)を見る。農家の方々はこの融雪具合を見て田植えの時期を決めているのだろうかと思った。

 

11:42、目的地である伊佐須美神社に到着。初めて訪れる。

門前にあるアヤメ園の桜も満開だった。

伊佐須美神社は陸奥国二之宮、岩城国一之宮、会津総鎮守で社格が高いが、ここは“会津”の名の発祥に関わっている神社でもある。

10代天皇・崇神天皇10年の時、北陸道を進んだ大毘古命(オオヒコノミコト)と東海道を進んだ建沼河別命(タケヌカワワケノミコト)親子が諸国を平定しこの地で行きあう。その為、相津(アイヅ)と呼ばれ、転じて会津となったという。

伊佐須美神社はこの父子が現在の御神楽岳(新潟県、金山町の本名御神楽岳の北西)で伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)を国家鎮護の神として祀った事に由来している。

神社はその後、博士山、明神ヶ岳などを経て第29代欽明天皇21(560)年に現在の地に遷座したといわれている。

 


この社内に御神木となっている「薄墨桜」(会津五桜)はある。

この桜は『花が薄墨色から赤に変化し、淡紅色の中心に薄墨を含んだ色合い』になることから命名されたといい、香気も強いという。

また『植物学上からも貴重な銘木』ということで以下のような特徴がある。

・花と葉が同時に成長

・一枝に一重と八重が混じる

・早咲きと遅咲きが混合


鮮やかな緑と白い花の塊が印象的だ。

根元には幕末戊辰役で“朝敵”に引き立てられてしまった松平容保の歌碑があった。

〽 世の中の 心や深く染めぬらん うすすみ桜あかぬ色香に

  

 

本殿に参拝し、伊佐須美神社を後にする。

 

神社の脇、東側には南北に流れる宮川がある。

この河岸の両脇に並ぶのが「宮川の千本桜」だ。


残念ながら、陽が当たるせいかすでに葉桜となってしまい、華やかな時期は過ぎ去ってしまっていた。うまくはゆかない。

 

実は伊佐須美神社の社内にはもう一つ名のある桜があった。「神代(カミヨ)桜」。事前の調査が不十分で今回は見逃してしまった。来年以降、「宮川千本桜」と一緒に愛でたいと思う。

 

伊佐須美神社を後にして、途中、県立大沼高校のグラウンド内にあり葉桜となってしまった「古御田(フルオタ)神社の種蒔桜」を横目に見ながら、駅に向かった。

 

12:21、会津高田駅に到着。自転車を折り畳み、輪行バッグに入れてホームに入る。

風に散らされた桜の花びらが埋め尽くしたホームを見ながら、昼食を摂る。

 

途中、会津川口行きの下り列車がやってきた。

中心の花びらに合わせるはずのピントがずれてしまった。可動式のディスプレイを持つカメラが欲しいと思う瞬間だ。

 

駅の待合室には台湾からの女子七人組が楽しそうに話しをしていた。ここ数年、只見線を利用する度にインバウンドを見かける頻度とその数は増えている。嬉しい事だ。

  

14:04、会津若松行きの上り列車が到着。

先ほどの女子グループや多くの高校生に混じり列車に乗り込む。

 

今日の只見線の旅程はここで終わり。

初めて春に二つの町を訪れたが、桜満開の時期に訪れる事ができたのは、幸運だった。

次の機会があれば、会津坂下町の他の桜の名所と、今回は見逃した会津美里町の「宮川の千本桜」などを見たいと思う。



ここから只見線を利用した旅の周遊エリアに入るであろう喜多方に向かう。

 

車内で車掌から切符を購入。

言わずと知れたラーメン、日本酒、蔵の街並みと喜多方にも豊富で分厚い観光資源があるが、今日は春の国内一級の名所、「しだれ桜散歩道」に向かう。

 

14:49、喜多方に到着。多くの観光客が降り立つ。

駅頭で再び自転車を組み立て、線路沿いを新潟方面に向かう。

 

5分とかからず、目的地に到着。

ここが全長3kmにおよぶ「日中線記念自転車歩行者道」しだれ桜並木(しだれ桜散歩道)だ。


見頃という事で、平日にも関わらず遊歩道には多くの観光客が居た。

 

並木は一部片側だけの場所がある。

大半は両側に枝垂れ桜が並び、圧巻の光景が続く。

色合いも多様で、歩き続けても飽きない。

カメラを持つ方々は、何度も何度も足を止め、シャッターを切っていた。

レンズを向ける角度をわずかに変えただけでも一変する写真が撮れるので、飽きない。

 

途中、結婚の記念写真を撮影していた。

新郎新婦は咲き誇る桜を前に、明るく自然なの笑みをレンズに向けていた。一生に一度の機会、素晴らしい一枚が撮れた事だろう。

 

私は、自転車を押しながら、ゆっくりと3kmを歩いた。疲れはなく、感動が残った。

この道は1984(昭和54)年3月まで喜多方と熱塩を結んでいた旧国鉄日中線の跡地に約1kmで整備(1993(昭和63)年)され、その後3kmまで延長された歴史を持つ。

現在、“日本一のしだれ桜散歩道”を目指し、NPO「日中線しだれ桜プロジェクト」が日中線の終点(熱塩駅)までの8.5kmの延長を計画し、寄付(協力金)も募っている。

 *参考:NPO法人 日中線しだれ桜プロジェクト

協力金の振込先
<郵便振替>
加入者名:NPO法人日中線しだれ桜プロジェクト
口座番号:02250-1-119953


全長11.5kmにもなる「しだれ桜散歩道」は楽しみでもあるが、その長大さを考えると、どのように観光客を誘い見せるのか、集客には工夫が要ると思う。

地元では考えられているだろうが、桜の回廊が“全通”した後にどのような観光資源になっているか楽しみだ。


 

ここでUターンして喜多方駅に戻る。復路は並木の脇の車道を取り、自転車に乗った。流れる桜並木も素晴らしかった。

オープンのクラシックカーが前方を走っていたが、これも絵になった。

16:07、無事に喜多方駅に到着する。

しかし、次の列車が約1時間30分後で辟易した。

 

さらに、折り返しの列車が到着する頃には駅舎から溢れた客が駅頭まで列を作っていた。高校生が最も多かったが、中華圏の観光客も目立った。

 

明日は土曜日で天気も良い。多くの観光客で駅は賑わうだろう。その中で、一人でも多くの方が只見線まで足を伸ばすことを期待したい

 

 

今日は会津若松に泊まり、明日は奥会津の三島町と柳津町の桜を観に行く予定だ。(了)



・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!」(2017年1月26日)

 

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・(引用)『お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。』(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR東日本間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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