昭和村「矢ノ原湿原」 2017年 紅葉

奥会津五町村活性化協議会が企画した「只見線体験乗車」に参加しJR只見線に乗車。会津川口駅からマイクロバスを利用し、昭和村にある「矢ノ原湿原」を初めて訪れた。

この企画を知ったのは「只見川電源流域振興協議会」のホームぺージ「歳時記の郷 奥会津」。

JR只見線に30回以上乗車している自分が『今さら体験乗車』と思ったが、福島県の補助も出ているこのツアーの様子を見てみたいと思い、まだ行ったことのなかった「矢ノ原湿原」に行くこの日に参加することにした。

 

先着順(25名)の募集に、先月19日にFaxで申し込んだところ折り返しの電話があり『大丈夫です』と言われ、先週10日付けの消印で案内が郵送されてきた。

当日のスケジュールとバスの座席、そして「矢ノ原湿原」の案内図のカラーコピーが同封されていた。

 

昭和村は只見線沿線ではないが、奥会津地域にあり「只見川電源流域振興協議会」の構成自治体でもある。そして、只見線の“上下分離”経営では年間維持管理費を毎年負担するため、村と只見線は無縁ではない。

 

「矢ノ原湿原」は只見線の会津川口駅から約23kmの位置にあり、村役場からは約4km離れている。

 

今回のツアーは『矢ノ原湿原と昭和温泉のんびり入浴』と銘打たれ、以下の行程が組まれた。

[10月21日 行程]

会津若松駅7:37発⇒(JR只見線)⇒会津川口駅9:39着
ー(バス)ー矢ノ原湿原散策写真撮影(約90分)
ー(バス)ー道の駅からむし織の里しょうわ 昼食(約45分)
ー(バス)ー昭和温泉しらかば荘 入浴(約60分)ー(バス)ー
会津川口駅15:27発⇒(JR只見線)⇒会津若松駅17:19着
 ※会津若松駅で集合・乗車

 

只見線に乗車し昭和村を訪れるのは今回で三度目。

天気と紅葉の色づきを気にかけながら、ツアーに臨んだ。

 

  

 


今日も磐越西線の一番列車に乗るために、わずかに雨粒が落ちる中を駅に向かった。

郡山駅前は天候の影響からか、静かで閑散としいつもの土曜日の朝ではなかった。

切符を購入し、自動改札を通り、ガラス戸を隔てた1番ホームに向かい、列車に乗り込む。

5:55、会津若松行きは定刻に出発。

 

中山峠を沼上トンネルで抜けても曇り空は変わらなかった。

 

長瀬川を渡り、右奥に磐梯山を見るも、八合目より上は雲に覆われていた。

山肌の色づきは感じられたが、見頃はもう少し先だろうか。

磐梯町を過ぎて空を見上げると雲の切れ間からうっすらと青空が見えた。

現地でも青空が見える事を期待した。

 

 

7:09、会津若松駅に到着。「Wきっぷ」を取り出し、自動改札を抜ける。

駅舎を抜け、上空を見上げる。ここでもうっすらと青空が見えたが、全体的に雲が広がっていた。

駅舎に戻り、ツアーの集合場所になっている改札脇行き、名前を告げ、昼食代の¥800を支払い受付を行う。同時に封筒と数種の冊子が入ったビニール袋を受け取った。

封筒の中には会津若松~会津川口間の行きと帰りの切符が二枚入っていた。往復¥2,280は奥会津五町村活性化協議会が負担してくれる。

車内は私たちのツアーの他にも大勢の生徒以外の乗客がおり、七日町と西若松でも乗車し、二両編成のキハ40系は、平日の列車を埋める高校生の喧騒に負けないぐらい賑やかだった。

土曜日の観光路線はこうでなければ、と嬉しくなった。

 

車内で受け取ったものを確認する。ウサギのイラストが描かれたものは旅行会社(奥会津観光)のバッジで、ツアー参加者は全員身に着ける事になる。

列車内で新たに配られた冊子は数が多く、これから行く昭和村の観光案内を中心に7種に及んだ。

ほとんどがホームページでも確認できるものであるが、印刷物ならではの利点もある。

しかし...数が多い。費用対効果はいかほどだろうと考えてしまう。

 

7:37、列車は定刻に出発。

 

七日町西若松を過ぎて大川(阿賀川)を渡る。

間もなく会津本郷に到着。ここから会津平野の田園に入る。

 

会津高田を過ぎると右端に雲の切れ目から磐梯山の9合目付近だけが顔を出していた。

田園を直線に走る区間にある根岸新鶴若宮で停発車を繰り返し、会津坂下に到着。

高校生を中心に下車したが、社内の賑わいは続いていた。

 

会津坂下を出発して間もなく、ディーゼルエンジンが蒸かされ、列車は七折峠に入ってゆく。峠の上にも厚い雲が掛かっていて、この山中では細かな雨粒が車窓をたたいた。

塔寺で“珍しく”一人の乗客が下車し、会津坂本会津柳津と過ぎ、郷戸手前の新田踏切付近の“Myビューポイント”を通過する。上空を見て『何とか雨は降らないだろう』と思う。

滝谷を過ぎ、滝谷川橋梁を渡る。色付き始めた渓谷。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

 

 

会津桧原を過ぎると本格的な橋梁区間になる。

 

桧の原トンネルを抜け「第一只見川橋梁」を渡る。

会津西方を過ぎ、間もなく「第二只見川橋梁」で只見川を渡河する。

 

続いて、“アーチ3兄(橋)弟”の長男である大谷川橋梁を渡りながら、“次男”宮下橋を見下ろす。

会津宮下を過ぎ、東北電力㈱宮下発電所と水路で結ばれる宮下ダム湖の脇を通り過ぎる。

一瞬、只見川と離れた後「第三只見川橋梁」で渡る。

只見川両脇の木々も、列車が奥地に進むにつれ色づきが濃くなってゆく。

この橋梁区間に入ると、ほとんどの乗客が車窓に釘付けになる。

 

早戸に到着すると二人の乗客が降りた。送迎車に乗り込んだため、早戸温泉の利用客だろうか。

 

早戸を出発し、まもなく金山町に入り、会津水沼を過ぎると「第四只見川橋梁」で只見川を渡る。

東北電力㈱上田発電所の貯水池である上田ダムにほど近い下流にあるため、橋上からは水鏡は見る事ができない。この“変化”と“多様性”も只見線車窓の風景の魅力だ。

 

会津中川に到着すると、多くの乗客が降りた。聞けば、駅直近の町民体育館で「奥会津ごっつおまつり」が今日と明日開催されているという。

 

会津中川の次は終点。

大志集落を右手に見ながら列車が進むと、只見川に架かる町道の上井草橋のアーチが迫ってくる。

7:39、列車は定刻に会津川口に到着。上田ダムが創る巨大な水鏡が出迎えてくれる。

乗客の大半を占めていたツアー客が降り、添乗員の後ろをついて駅舎に向かう。

駅頭にはマイクロバスが待っていた。座席を確認して、私も乗り込む。

 

9:55、バスは出発し、国道252号線から国道400号線に入り、野尻川沿いを南東に向かって進んで行く。

車内では改めて添乗している奥会津観光のスタッフが挨拶をして、今日のスケジュールを読み上げる。

途中の「玉梨とうふ茶屋」と玉梨温泉地にある「天然炭酸温泉 せせらぎ荘」を通過の際はアナウンスがあったが、野尻川の見どころである小綱木橋から見える「乞食岩」や「綱木渓谷」については触れられなかった。紅葉もそこそこ色づいていただけに残念だった。

 

昭和村役場前を過ぎ、町道へ右折し、登坂する。4つのヘアピンカーブを抜け、「矢ノ原湿原」の駐車場に到着。会津川口駅から約30分掛かった。

2015年10月7日に供用の開始した新しい施設で、「バイオトイレ」なる自然環境に配慮した立派なトイレもあった。

案内板を読むとオガクズを利用した自己完結型のトイレで、外部排水が無く、太陽光発電を用いた分解処理層で処理してしまうという。使用済みのオガクズは有機肥料として再利用できるということで、只見線沿線の観光施設には必要不可欠なトイレだと思った。

 *参考

 ・日経BPnet 「21世紀のトイレに水はいらない!(前編)環境に優しく、災害時にも活用可能なバイオトイレ

 ・環境省 環境技術実証事業「自然地域トイレ し尿処理技術分野

 

 

バスを降りたツアー客は看板の前に集合し、「矢ノ原湿原」散策で主に写真撮影のアドバイスをしてくれる地元の写真家・星賢孝さんの紹介を受け、12時までに戻ってくるようにとの説明に耳を傾ける。

看板も新しく、大きな見やすい文字で記載されていた。

案内板の内容は以下の通り。

矢ノ原湿原は昭和48年12月に村が天然記念物に指定、昭和51年6月に福島県が自然環境保全地域に指定している。標高は660m前後で高層・低層の2つで形成されている。およそ8万年前に形成されたといわれ、日本で2番目に古い湿原で、周辺部は2次林のコナラミヅナラ群落域によって形成されている。
保全地区は、41.26haと比較的狭いが、280種の多彩な植物と野鳥や昆虫の宝庫で、地下水の湧出が豊富であることが特徴である。主な植生は、ハンノキ、イヌツゲなどの低木、、ミズバショウ、ヌマガヤ、ミズゴケ、モウセンゴケ、トキソウ、アダビラン、ミミカキグサ、オオイヌノハナヒゲなどの高層植物である。
また、矢ノ原沼には、ヒツジグサ、ミツガシワ、ヒルムシロなどが水面を被い、水中には食中植物のタヌキモが浮遊して生育している、野生動物としては、カルガモ、カイツブリ、ヒクイナ、シギ、コサギなどの鳥類、ハッチョウトンボなどの昆虫類が生育している。

 

ちなみに日本最古の湿原は約10万年前に形成されたと言われる長野県の「逆谷地湿原(さかやち) 」だといわれる。

 

駐車場の出発は11:40過ぎ。一周約40分の散策道の観光には余裕がある。

 

まず目にするのは北湿原だが、こちらは手つかずで、遊歩道などは整備されていない。

木々は色づき、雰囲気も良い。

村の「村議会だより第147号(平成28年11月16日発行)」の12ページを見ると、土地所有者の意向で手を入れず環境保全を行っているようで、簡単には観光地としての利活用はできないようだ。

 

アスファルトの道を進むと、まもなく南湿原が現れた。

紅葉の色づきは8~9割程度で、美しい空間が広がっていた。

水辺の紅葉。期待が膨らむ。

もちろん“クマに注意!”だが、今回はツアーで大人数で移動するため、彼と出会う事はないだろう。

ツアー客の列の後方から遊歩道に入る。

入口から紅葉、緑、水辺の“三重奏”に包まれ、皆感嘆の声を上げ、次々とシャッターを切っていた。

曇り空だが、『この方が光の邪魔をされず、(紅葉が)キレイに見られるかも』という声が方々から上がった。

確かに、青空に映える紅葉も良いが、木々の生の色付きを楽しむにはこれぐらいの薄曇りが良かったのかもしれないと、私も思った。

昨日まで雨が降り続き、明日も以降も台風21号の影響で雨が続く予報。

今秋の「矢ノ原湿原」一番良い時に訪れたのかもしれない。

沼の水鏡が映え、風景全体に隙を感じられなかった。

手前のカエデに、対岸の“逆さ”カエデ。見事な光景に見惚れる。


遊歩道を振り返る。緑から始まった色づきの過程が見られ、思わず唸ってしまった。

対岸を見渡す。絶景。

しばらく遊歩道を進みアスファルトの道に上がると、前方に飲用可能な二つの湧水のうちの一つ「代官清水」が見えてくる。

名前の由来は、江戸時代・12代家慶の治世、江戸からやってきた巡見使がこの清水に“感嘆し”同行した田島代官に“保護し長く領民の憩の水にするよう申し入れた”事だと案内板に記述されていた。

 

塩ビ管を通ってくる水には勢いがあり、味は軽やかで、気温のせいか少し温もりを感じた。

 

しばらく、アスファルトの道を進む。

すると今度は幕末の戊辰役の古戦場跡と会津藩士の墓が現れた。

藩士の名は野村新平。会津軍の奇襲を受けた後に立て直し逆襲に転じた加賀藩を中心とする官軍との戦いで命を落としたという。弱冠25歳。合掌。

 

二つ目の湧水である源兵衛清水を右の下に見ながら、アスファルトの道をさらに進む。

坂の途中を右手に折れ、再び遊歩道に入ってゆく。真っ赤なモミジが出迎えた。

こちらの木々も見ごろを迎えていた。

緑が残っていると、一層モミジが映える。

しばらく土道を歩くと、比較的長い木道に出る。

南湿原の南端は葦が生える湿原らしい場所になっていた。

道中、同行している写真家の星さん(ベージュのサファリハットを被った方)が自身のカメラで撮影し、撮影スポットや構図などの“撮り方”をツアー客に教えていた。

南湿原の西岸からは山裾の緑を背景に、また違った光景を目にする事ができた。

沼の水鏡に映った紅葉。見事に投影されていた。

今日の薄曇りだったからこその映え具合なのかもしれない

 

まだ続く絶景...とおもいきや、中心に自動車があった。

歩いて5分とかからぬ場所に駐車場があるのにも関わらず、路駐してしまう観光客。残念に思うとともに、観光シーズンは定期的にパトロールし注意喚起するなどの対応が必要ではないかとも思った。ドローンを利用し、迷惑駐車を発見したら即警告するシステムの検討できるであろう。

いずれにせよ、自然環境を観光資源とする只見線沿線の自治体には“景観美”を人工物が邪魔しないように努めてもらいたい。

 

木々の間から湿原を見通す。

南湿原を一周する遊歩道の散策はあっという間だった。

水辺の紅葉を、初めて本格的に見たが、心から感動した。そしてこの光景を只見線に乗る事で見られた事で、只見線の集客復興に更なる希望を見出した。

 

出口付近では燃えるような木々に包まれ、遊歩道を後にした。

 

ここから駐車場に向かい、バスに乗り込み、最後の乗客の帰りを待ち「矢ノ原湿原」を後にした。

「矢ノ原湿原」がこれほどまでに色づいているとは思わず、良い意味で裏切られたという事もあるのだろうか、ツアー客のほとんどが車内で喜びの感想を興奮気味に言い合っていた。

 

バスは「矢ノ原湿原」の余韻が強く残っているうちに、10分程度で昼食の会場である「道の駅からむし織の里 しょうわ」に到着。

私たちは織姫交流館にある和室に向かい、用意してあった弁当をいただいた。

 

13:00頃、再びバスに乗車し最後の目的地である「昭和温泉しらかば荘」に向かう。

国道400号線沿いにある現地に10分ほどで到着。2014(平成26)年7月にリニューアルオープンした施設だ。

目的は温泉入浴。「矢ノ原湿原」散策での汗を流すため、温泉入浴するという。

受付で入湯料¥500を受付に支払い、脱衣所に向かう。

浴室は内湯と露天があり、内湯は熱めとぬるめの2槽あった。

泉質はナトリウム-塩化物泉で、源泉は61.1℃というが冷却塔で冷まされてから浴槽に掛け流し続けられているという。

私は小一時間ほどゆっくり浸かり、汗を流し体を温めた。

 

ここは宿泊施設もあるので、「只見線乗車+サイクリング」で「矢ノ原湿原」や「駒止湿原」中継点(宿泊地)として利用できる。

インバウンドの宿泊施設としても、和風の外観から訴求力が高いと思われる。

会津川口駅から約16kmあるが、途中には「玉梨とうふ茶屋」や「綱木渓谷」など立ち寄り場所や観光地もあるので、ロードバイクならば国道400号線のアップダウンもさほど苦にはならない。電動アシスト式のマウンテンバイクならば快適な移動が可能となるだろう。

機会があれば来春にでも「駒止湿原」に行くために、「しらかば荘」を宿泊で利用したいと思う。

 

14:30頃、今ツアーのアンケートが回収され、「昭和温泉 しらかば荘」を出発。マイクロバスは往路と同じ道を進み、会津川口駅に戻る。

 

25分ほどで到着し、バスを降りる際に“うさぎのバッジ”を返却し、以後は自由解散となった。

私は駅構内の待合スペースの椅子に座り、列車が入って来ると、ホームに移動しBOX席のある最後車両に乗り込んだ。

15:27、折り返しの会津若松行きキハ40系は定刻に出発。

次駅・会津中川で「奥会津ごっつおまつり」の参加者を乗せると車内は一層賑やかになった。

 

列車は快調に進み、私は会津若松で郡山行きの列車に乗換え、19:40前に無事に小雨の降る郡山駅に降り立ち、帰宅した。

 

 


今回の「只見線体験乗車 矢ノ原湿原と昭和温泉のんびり入浴」ツアーは紅葉の見頃と重なり、充実し思い出深いものになった。添乗していただいた二人のスタッフや関係者には感謝申し上げたい。

 

しかし、“只見線”という視点で考えると、大きな課題と「矢ノ原湿原」の絢爛さの落差に頭を悩ませてしまった。

 

大きな課題は二つ。

まずは二次交通の問題。

今回下車した会津川口駅から「矢ノ原湿原」へ向かうには、一日3本しかない会津バスに乗り、公民館前バス停で下車してから約4km歩かなければならない。

約1時間、標高差200mを登坂するのはやっかいだ。途中に何かがあれば良いが、今日ツアーバスの中から見た所では“山の中のくねった道”という以外に表現方法が見当たらない。

個人旅行では只見線乗車と「矢ノ原湿原」は現在のところ結びつかない。

 

次は、博士トンネルの開通。

今回のツアー客25人の大半が会津若松市民だという。普通に考えれば、列車を利用せずに自家用車で生活している方々だ。

今ツアーで只見線に興味を持ち、今後個人的に乗車するようになれば良いが、「矢ノ原湿原」の良さを認め『次は車で行こう』となったら只見線にとっては目も当たられない。

そして、2023年の開通を目指して現在工事が進められている国道401号線「博士トンネル」は会津若松市から昭和村へのアクセスの時間を短縮させ、移動の質を格段に向上させるため、車で昭和村に観光で訪れる若松市民が増える事が予想される。

博士トンネルの開通は昭和村にとっては悲願であり、私も必要性を感じるが、アクセスの向上は現地での滞在時間を短くする可能性も秘めているため、観光するだけで昭和村での滞在時間が短くなり、経済効果も見込めなくなってしまう事もあり得る。

 

 

今回の「只見線体験乗車 矢ノ原湿原と昭和温泉のんびり入浴」は、

①只見線を降りた後、どうやって「矢ノ原湿原」に行くかという二次交通
②「矢ノ原湿原」という観光資源だけが認識され、自家用車で訪れる契機を与え、博士峠トンネル開通後にさらにマイカー来訪者が増加する(只見線の乗車機会が失われる)

という二つの課題を私に教えてくれた。

 

この課題は、10月14日に実施された前回のツアー(柳津町久保田三十三観音巡り)でも同様だ。

 

私は、この二つの課題を解決する一つの方法として、やはり自転車を挙げる。レンタルサイクルとサイクルトレインの整備だ。

レンタルサイクルは、どこでも見られるような“ママチャリ”ではなくロードバイクが必須で、電動アシスト付きのMTBであればベストだと考える。

サイクルトレインは、ロードバイクが掛けて置けるスペースがあれば良いので、現在のキハ40系(ロングシート車)を改修で足りる。JR東日本㈱千葉支社が来年1月に導入予定の専用車「B.B.BASE」(電車)ような車両が新造されれば最高だ。

これらの自転車に関するサービスが整備されれば、二次交通の問題は解消され、自転車に乗る事が観光の一部となり“只見線乗車-会津川口駅下車-昭和村・矢ノ原湿原訪問”という流れが定まるのではないだろうか。滞在時間も自動車よりは格段に延びる。

もちろんサービスを整備した後は、キャンペーンなどの告知を戦略的効果的に行い、サービスの定着と持続を図らなければならない。

 

また将来、法律が改正されUberやLyftといったライドシェアサービスが使えれば、移動が自転車と自動車とを選択でき、より多くの観光客を只見線乗車に導く事ができるだろう。

 

 

最後に、このツアーだが、申込客を中通りの住民に限定して実施してみてはどうだろうか。郡山駅5:55発の磐越西線の列車に乗れない福島市や白河市の住民は宿泊が必要だが、その費用も負担する覚悟で、県人口の6割以上が居住する中通り住民の一人でも多くが只見線に乗車し、存在と価値を認識する機会を持って欲しい。この取り組みは、上下分離で只見線の経営に関わる福島県にとって重要ではないだろうか。

 

 

奥会津五町村活性化協議会が主催している「只見線乗車体験」ツアーは県の補助金が投入されている公的なイベントでもあるが、3~4年後に控えた只見線の不通区間復旧、全線再開通に向けての集客復興策を模索する機会でもある。

言うまでもないが、関係者はここで得られた情報を精査し、有効性のある集客復興策を立案して欲しい。

また、このツアー参加者は、全員が只見線を再利用し、できればリピーターとなり、そのうちの何人かが“広告塔”やインフルエンサーとなることを強く願っている。(了)

 

 

・ ・ ・ ・ ・ 

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

よろしくお願い申し上げます。

 


次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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