只見町「浅草岳 山開き登山」 2017年 初夏

2013年3月16日に廃止になったJR只見線・田子倉駅。旧田子倉駅の復活を考えるために、この駅の直近にある登山口から、今日山開きを迎えた浅草岳(1,585.5m)に登った。

「只見四名山」の山開きは、只見駅裏手の「要害山」(5/14)を皮切りに、会津蒲生駅直上の「蒲生岳」(6/4)、只見駅から遠く離れた「会津朝日岳」(6/11)と続き、今日6月25日に旧田子倉駅直近に登山口がある「浅草岳」が最期を飾る事になった。

 

 


朝5:30に只見駅前集合だったため、前日に只見町に入り、宿泊した。 

宿は国道252号線沿いにある「ゆの宿 松屋」。

只見町観光まちづくり協会のHPを見て、先月中旬に予約をいれておいた。

 

駅から少し遠いが、素晴らしい宿だった。

電力関係の作業員が多く宿泊するせいか、この規模では珍しく、しっかりとした一人部屋が用意されていた。

宿の内部全体が改装間もないようで、とても綺麗で、女性でも好感がもてるだろうと思った。

事実、女性の登山客も複数利用していた。

 

夕食も全てが旨かった。只見ならではの山菜のお浸しや川魚の焼物があり、味噌汁の出汁や白飯の炊き方まで、全てが満足ゆくものだった。

地酒・岩泉も用意されていて、また利用したいと思える素晴らしい宿だった。 

 

今朝、4:50に起床し出発の準備をする。

5:15、会計を済ませ、朝食となる握り飯を受け取り宿を後にする。

女将さんの“いってらっしゃい”が心地よかった。

 

自転車で5分程で、只見駅に到着。 

雨は降っていないが、周囲は霧に包まれ、空は厚い雲に覆われていた。

天気が心配だ。

  

 駅前にはびっしりと車が停められていた。

 登山客のものだが、県外ナンバーも多かった。

  

自転車を停め、集合場所に向かうと、5台のバスに向かって大行列が作られていた。 

列の最後尾に並び、ノロノロと進む。

 

10分ほどで4台目のバスに乗り込む事ができた。

バスが発車し、並んでいる時にスタッフから渡されていた「入山カード」に必要事項を記入する。

右上の“182”は通し番号だろうか。

バス1台に50名弱が乗車するとすれば計算が合う、と考える。

 

バスは国道252号線を進む。

只見ダムを過ぎると、かつて会津川口駅から田子倉ダム建設資材を運んだ電源開発㈱田子倉発電所専用鉄道の終点だった宮渕に入り、大きく右にカーブし急な坂を登る。

途中3カ所のヘアピンカーブをドライバーは軽やかに通り抜けてゆく。

 

車窓からは田子倉ダムが見えた。 堤高は145m、30~40階のビルに相当する巨大な重力式コンクリートダムだ。

 

バスは20分ほどで、登山口に近い国道沿いに停車。

登山客が前から順に下車する。

 

下りると、道端に幟が立ち並び、山開きの雰囲気づくりに一役買っていた。

周囲ではスタッフが行き交い、声を出し誘導したりするなど賑やかだった。

田子倉無料休憩所には駐車場もあり、そこから開山式(山開き安全祈願祭)の会場に向かう登山客も見られた。

 

このバス停車位置から後方(只見駅方面)、珍しい切妻造のスノーシェッドの向こうに台形型の構造物が見えた。

「旧 田子倉駅」のスノーシェッド付きホームだ。よく見るとホームの端が確認できる。

「旧 田子倉駅」の位置はGoogleの衛星写真を見ると分かりやすい。

「旧 田子倉駅」は、只見線の残された区間“六十里越”(只見~大白川)の開業=只見線の全通開業時(1971(昭和46)年8月29日)に開設された駅で、当時から無人だった。

周囲に民家は無く、紅葉シーズンの観光客と浅草岳登山者のための駅と言われていた。

しかし、年間250人の利用者しかなく、“駅設備の維持管理費の問題”がありJR東日本は2012(平成24)年9月に廃止を検討。当時、地元紙・福島民報が社会面で大きく伝えていた。

これを受けて、地元・只見町の町長や商工会などが存続の要望をJR東日本に示したが、翌年3月16日に田子倉駅は廃止となった。

 

駅舎は4年経った今でも残されている。

ホームのスノーシェッドが有効であることと、周囲に民家が無く保安上の心配もないことなどから、撤去されていないのだろうか。

 

「旧 田子倉駅」の周辺には、民家が無い。

只見町方面に7km、新潟県魚沼市方面に至っては20kmで人里が現れるという究極の“秘境駅”だ。

営業当時から、紅葉客と登山客の他、秘境駅を一目見ようと訪れる観光客もいたという。

 

私は、田子倉駅が只見線の核となり得る駅だと考え、復活を望んでいる。

詳しい理由は後述するが、1,500m級の浅草岳と国内3位のダム総貯水量をもつ田子倉(ダム)湖を中心に周囲の自然が四季の変化をはっきりと見せてくれ、「ユネスコエコパーク」緩衝地域内にある当駅は国内無二の駅でインバウンドへの訴求力をも持つからだ。

 *参考:只見ブナセンター「只見ユネスコエコパーク

田子倉駅が復活するためには、ベースとなる利用客が必要だ。

直近に登山口がある浅草岳から見える風景が良く、衆人が最低限の注意で楽しめる登山道であるのならば、誘客につなげられ、田子倉駅復活への足掛かりとなる利用者を見込めると思う。

このように仮定し、実態を確認しようと今日の登山に臨んだ。

   


「旧 田子倉駅」を遠くから眺めた後、只見線の脇を歩き、開山式の会場に向かった。

前方に見えるのが、只見線を一本につなげた「六十里トンネル」(6,359m)。

国内に、これほど野趣味を持ったトンネルの出入口は無いと思う。

 

「六十里越トンネル」は1965(昭和40)年に着工し、1968(昭和43)年に国鉄諮問委員会からの会津線・只見線廃止勧告を乗り越え、1970(昭和45)年 9月28日に貫通し、翌年8月29日に営業された歴史を持つ。

 

このトンネルの開通=只見線の全通には、出口となる新潟県魚沼市を選挙区に持った田中角栄元首相が大きな役割を果たした。

日本の政治史とも重なる「六十里越トンネル」だ。

 

開山式(山開き安全祈願祭)の会場に到着。

私は山開きに初めて参加したが、これほど人が集まるとは驚いた。

登山客は只見町観光まちづくり協議会の青いテントに列を作り、入山カードを提出し、記念バッチを受け取っていた。私もいただいた。 

6:20、開山式が始まり、安全祈願が行われた。

その後、只見町長の祝辞、一緒に登る町観光商工課長からの注意事項などを聞き、お神酒が振る舞われた後に登山開始となった。

 

6:40、登山口(只見沢登山口)に向かい、大半の登山客が過ぎ去った頃を見計らい私も出発した。

 

直後、木道が現れ平坦な場所を快適に進んだ。

準備運動には良い。

只見沢に合流し、心地よい沢の音を聞きながら足を進める。

空は明るくなり、しばらくは雨の心配が無いと思う。

 

6:50、ブナ林の中を進む。新緑が美しい。

幽ノ倉沢を仮設の橋で、一人ずつ渡る。

今日は水量が少なく、岩場を渡れそうだが、増水することがあり橋が架けられているという。

 

幽ノ倉沢を超えると、傾斜が厳しくなるが、またブナの中を進んでゆく。薄緑の傘を持ち、すぅーっと伸びたブナの立林。独特の世界観だ。

足元に白い物体を発見し、よく見る。

ギンリョウソウ(銀竜草)だ。

昨日、「癒しの森」で見ていたが、まだ“出始め”のようで、分からなかった。

やはりこの透明感にゾクゾクしてしまうが、自然美と呼ぶにふさわしい、色、形に見入ってしまう。

一見の価値あり。

 

7:19、「大久保沢」に到着。

最後の水場で、水筒片手に水を汲む登山客の姿が見られた。

 

倒木を越える。

この木も、遮っていた陽の光を地面に降り注がせ、朽ちて新たな芽の栄養分となるのだろう。

 

7:32、ブナの巨木の根元に「熊の爪跡」札を見る。

風化して、クマの爪跡を判別できなかった。

 

まだ緩やかな山道が続く。

 

徐々に、道は厳しい傾斜となり、本格的な登山となる。

 

7:48、「田子倉の眺め」に到着。

振り返ると、田子倉湖が見えた。

これから風景が、登るつれて見え方が変わる。

登山の醍醐味。

 

浅草岳山頂も初めて姿を現した。

天候にホッとする。

 

足元には様々な花が見られる。

ウラジロヨウラク(裏白瓔珞)。

 

8:10、鬼ヶ面山(1,465m)が見えてきた。

平坦な尾根と絶壁、雪食地形に残る雪渓と新緑。

素晴らしい眺めだ。

 

浅草岳の頂上も、少し近づいた感じがする。

 

8:20、剣ヶ峰(1,131m)に到着。

振り返ると狭隘な尾根越しに田子倉湖が見えた。

空が青かったら、桧枝岐方面の山々までが見通せて、一層美しいだろうと思う。

 

「ミヤマイワニガナ」(深山岩苦菜)が咲く。

 

8:23、「鬼ヶ面眺め」に到着。

一人で登ったため、ペースが速いようで前を行くハイカーの顔ぶれが変わってゆく。

 

この先を進むとブナの大木に「熊合せ」という札があった。

『昔マタギ達が熊狩りをした』と書いてあるが、なぜ“合わせ”なのかが分からない。

もっと詳しい看板を置くか、QRコードを記載し登山者が携帯でこの“なぜ”を知れるようにしてもらいたい。

 

この先には急な登山道が続く。

岩が階段状に配置され、ロープが垂らされているなど歩きやすく、大きな負担はなかった。

 

振り返ると剣ヶ峰から続く、今登ってきた尾根路(登山道)が見えた。

 

8:48、ヒメサユリに出会う。初めて見る。

透明感のあるピンクの花。 綺麗だ。

この只見沢登山道には無いが、新潟県魚沼市側の六十里越登山道にはヒメサユリの群生が見られるという。

 

コイワカガミ(小岩鏡)は道中よく見かけた。

アカモノ(赤物)。小さいが洒落た色合い。

 

8:52、振り返る。

標高も上がり、岩壁や直角にな岩場にロープが張れた危険な場所も続くが、このような歩きやすい道もあり、一息つきながら進めるのはありがたい。

 

岩場の中、緑に囲まれた道もある。

見晴らしは良くないが、緑に包まれ歩くのも悪くはない。

 

 

低木と岩場の登山道。向こうには鬼ヶ面山~北岳~前岳の稜線。

ひときわ尖っているのが、貉沢カッチ(1,452m)。

1,500m級とは思えない眺めを持つ登山道だと思う。

 

 

9:12、高度が増し、田子倉湖を見下ろすようになった。

 

大きな雪渓が近くに現れ、蒸気が立ち昇っていた。

雪渓越しに出発した登山口を見下ろしてみる。

ぼんやりと駐車場が見え、只見線のレールも確認できた。

 

 

頭上から歓声が聞こえ、先を急ぐ。

「入叶津登山道」との三叉路を左に折れ、見上げると解放的な空間が広がっていた。

 

9:30、浅草岳山頂に到着。

只見沢登山口から2時間50分かかった。

3時間30分を予定していたので、ペースがかなり速かったようだ。

 

山頂には、標高1,585.5mを示す山頂杭と一等三角点を示す柱石があった。

山頂から田子倉湖を見る。

天気予報が“曇りのち雨”だったことを考えると、ここまで見えて幸運だっと言える。

...が、晴れたらさぞ素晴らしい風景が広がっていただろうにと、少々悔しい思いがした。

 

9:50、頂上に20分ほど滞在し、「入叶津登山道口」を目指して下山を開始する。

すぐに「天狗の庭」が見えてきた。

ここは公益社団法人 福島県森林・林業・緑化協会が制定した「ふくしま緑の百景」に選ばれている。

 

ここで、宿で作ってもらった握り飯を食べる。

シンプルな梅干し入りの、大きな手作りおむすび。

格別だった。

 

10:08、10分ほど休憩を取り、「天狗の庭」を歩き後にする。

間もなく、長い木道が続き、途中下り坂となる。

 

頂上を振り返る。上空の雲は濃くなってきていた。

 

10:17、大きな雪渓を渡る。

6月、初夏に雪を踏みしめる。人生初の体験に感動する。

 

この先4つの雪渓を横断し、そのあとは緑のトンネルを延々と下ってゆく。

 

10:57、右下方に入叶津の集落が見えてきた。

 

登山道はブナ林の中に続いてゆく。

 

登山道を示す標識。傾き、割れていた。

これでは初めて浅草岳を登るハイカーが不安になってしまう。

今日目にした標識や杭札のほどんどが不鮮明だったことを思い出し、残念な思いがした。

只見線の復旧を気に福島県は“沿線観光事業補助金”を創出し、このような案内板の最低限の整備をして欲しい。

 

黙々と登山道を歩く。

 

途中「沼ノ平」への分岐がある「山神の杉」付近で多くのハイカーとすれ違う。

*参考:奥多摩観光協会「沼ノ平ー浅草岳 2007.06

 

 

また、黙々と下る。慣れていないせいか、つま先に鈍痛を感じるようになる。

『山は下山の方が難しい』とよく聞くが、この痛みにその言葉を思い出す。

 

12:12、アスファルトの道路が見え、テントの鮮やかな緑屋根が目に飛び込んできた。 

 

12:16、「入叶津登山口」に到着。

只見町観光まちづくり協会スタッフや地元の方々の出迎えを受ける。

テントでは冷たい麦茶と冷たい甘酒の振舞いがあった。ありがたく頂戴する。

 

6:40に只見沢(田子倉)登山口を出発してから5時間32分で無事に浅草岳登山を終える事ができ、ほっとした。

「要害山」「蒲生岳」と3時間前後の登山とは違い、達成感もある。

雨は降らなかったものの、遠くの山々を見通せるほどの天候でなく残念ではあったが、充実した山登りだった。

また「浅草岳」に登りたいと思う。

*参考:只見町役場観光商工課「自然首都・只見 浅草岳」(You Tube)

 

 

ここから只見駅までは、乗り合いタクシーが手配されいた。

8人が揃うまで待って、出発。

 

15分程で只見駅に到着。

 

次の代行バス出発まで2時間ほどあるため、町営の温泉施設「ひとっぷろ まち湯」に駅前に停めておいた自転車で向かう。

登山の後に、時間をおかずに湯に入れるのはありがたい。

実は「入叶津登山口」前では只見町観光まちづくり協会のスタッフが、深沢温泉「季の郷 湯ら里」の割引券を配っていたが、自転車でそこに向かう体力は残されていなかったため、自転車で5分とかからぬ「まち湯」にやってきた。

 

1時間ほどして、再び只見駅に戻る。

構内に入ってすぐ、只見町観光まちづくり協会兼売店の目の前に“只見線全線復旧基本合意”に関する手書きのメッセージが貼りだされていた。

地元の熱意を感じる。

このスタッフの思いが全線復旧事業に反映され、集客へとつながり、沿線の賑わいと訪れた方々の感動を創出するよう願う。

 

窓口で会津若松までの切符を購入。

1,660円。観光路線としては破格だが、移動という点からいうと高額だ。二日間有効の往復切符の設定が必要だ。

 

駅の出入口の目の前から代行バスに乗り込む。

14:32、小出方面からの列車から降りた乗り継ぎ客を乗せ、8割ほどの乗車率でバスは出発。

 

15:23、定刻をわずかに遅れ会津川口駅に到着。

急ぎ足で駅構内を抜け、停車中のキハ40系に乗り込む。

車内には団体客がいるようで、大半のBOX席は占められていた。

 

15:27、ディーゼル音を響かせ、列車は定刻に出発

 

只見駅を出発する前から雨が降り出し、車窓からの景色は期待できそうにないと思ったが、思わぬ光景が乗客の目を奪った。

“川霧”だ。

「第四只見川橋梁」を渡ったころから車内で歓声が上がり、早戸駅の手前ではほとんどの乗客が右(西南)の方を見てた。

私は左側の座席にいた為見えなかったが、「第三」橋梁から見る事ができた。 

川の表面だけに霧が漂う光景がベストだが、これも幻想的で良かった。

 

続いて「第二」橋梁からの川霧の眺め。

最後に「第一」橋梁から。

只見線の川霧は夏場によくみられるという。

今回は図らずも見る事ができたが、天気の良い日に改めてみたいと思う

 *参考:Hisayoshi Yamauchi氏「やまのいえ

 

会津川口から乗っていたツアー客は、会津柳津で降りていった。

只見線は、「第一」から「第三」の橋梁だけを渡るというツアーがこれからますます増えると思う。

ただ、これでは全線復旧後に会津若松~只見を乗車して車窓の風景を楽しむという観光客には不評だと思う。 シーズンや土日などの休日にツアー客用の車両を、例えば会津川口~会津柳津間に走らせるなどの検討をして欲しい。

 

 

17:19、列車は会津若松に到着。

無事に、「伊南川発電所」「癒しの森」「浅草岳」と只見線沿線を巡る二日間の旅が終わった。

 

 

 


浅草岳と只見線・田子倉駅の復活について

浅草岳の「只見沢コース」は集客力は高く、田子倉駅を復活させれば利用者の安定確保ができ、田子倉駅復活の根拠となり得ると私は考えた。

 

「只見沢コース」には急な岩場や斜面を歩く箇所、ロープが垂らされた箇所などはあるが、背筋も凍るほどの危険を感じる場所は無く、常識的な注意を払えば安心して登る事ができると分かった。

眼下に広がる田子倉(ダム)湖と奥会津の山々の景色が高度が上がる度に表情を変える景観、鬼ヶ面の迫力、そして様々な花木。登るだけではない豊富な楽しみが「只見沢コース」にあった。

私は2時間50分で登ったが、ゆっくり歩いても3時間30分で登頂できそうだ。途中休憩を入れても4時間程度で登れる。8時に出発しても、昼食時には山頂に着き、17時までには下山できる。

 

そこで、只見線のダイヤを考える。

現在、会津若松駅発の始発は6:00で、只見駅着は9:05。これでは浅草岳登山には遅い。始発を5:00にしてノンストップで走り、7時台に只見駅に到着する“登山列車”の創設が望ましい。

帰りは、現在のダイヤで郡山駅への最終列車は17:45。現状のままで下山者を乗せる事ができる。郡山から北は福島、南は白河まで乗り継ぎも可能だ。

東京方面には、現在只見駅発18:35の小出行きに乗れば、浦佐経由で上越新幹線を利用し22:28に東京駅に到着できる。

 

そして、田子倉駅の復活。 これには隣接する新潟県魚沼市の協力が欠かせない。

登山は「只見沢コース」が良いが、下山は今回利用した「入叶津コース」では物足りないと私は感じた。森の中をひたすら下り、景観の変化を楽しめなかったからだ。

だから下山は魚沼市の六十里越登山口を目指す「六十里越コース」にした方が良いと思う。

こちらは、前岳~貉沢カッチ~北岳~鬼ヶ面山~南岳の野趣味ある開かれた稜線に登山道があり、この時期は“ヒメサユリ”の群生の中を歩く事ができるという。 

*参考:ヤマレコ 山行記録「浅草岳・鬼ヶ面山 周回「飾らぬ美」を求めて

 

「六十里越登山口」を降りたら、前日にデポ(depot、置く)しておいた自転車にまたがり田子倉駅に向かう。国道252号線六十里越トンネルを抜けると下り坂が続くので負担にはならず、田子倉(ダム)湖や奥会津の山並み、スノーシェッド越しの滝などを見ながら風を切って走る。

 

自転車の利用を促し、田子倉駅の利用者を増やすために、

①前日に「六十里越登山口」駐車場にデポするサービスをつくる。専用トラックや農家の軽トラ隊など。

②デポしやすいように駐輪場を設ける。

③六十里越トンネル内からの国道252号線の路側帯を蛍光色にカラーリングし利用者の安全を図る

などが必要だ。

 

この“下山後自転車”という仕組みを作れば、列車で浅草岳登山が容易になり、只見線の利用者が増えると思う。

 

この取り組みは田子倉駅復活前でも実施できる。只見駅までもずっと下り坂が続くからだ。

田子倉ダムから先は3つのヘアピンカーブが続き注意が必要だが、宮渕から只見ダム湖の湖畔を走る爽快感も味わえる。

只見線ー浅草岳ー自転車で駅に帰るという「トレイントレッキングサイクリング」で田子倉駅の利用者は増え、駅の年間維持費を賄える沿線の経済効果があると私は考える。

 

 

 

田子倉駅の復活には、他の策も必要だ。

廃止前からの紅葉客は一定見込めるとして、“湖“と“雪”を活かす取り組みが必要だ。

 

まずは“湖”。

これには費用が掛かり、「ユネスコエコパーク」の緩衝地であることから開発の制限もあるかもしれないが、見返りも大きいと思う。

田子倉(ダム)湖上を自分のペースで楽しめるカヌーやカヤックの船着場を整備することだ。

田子倉ダムの「田子倉レイクビュー」からは遊覧船やモーターボートカヌー体験のサービスがあるが、田子倉駅前から“出航”できれば、列車から降りてすぐに手つかずの自然の中を進む事ができ、カヌーやカヤックにはもってこいの環境だと私は思う。

また、夜はモーターボートなどで湖上に進み、星空を鑑賞するのも良い。

周囲に民家など電灯が無いので、輝く夜空を見る事ができるのではないか。

 

そして“雪”。

只見線と平行する国道252号線は積雪のある冬季に六十里越峠が閉鎖となる。田子倉駅前も閉鎖区間で冬は陸の孤島となる。この国道冬季閉鎖があるから只見線は廃止されずに現在に至っているという事情もある。

私の記憶では国内にこのような、冬期とは言え“未踏の地”となる駅は無い。

2~3mになる、除雪されていない雪を駅から楽しめるのは国内で田子倉駅だけとなる。

スノーシュー(かんじき)を履いてのトレッキングだけでも、多くの人が『行ってみたい』と思うのではないか。特に雪の降らない東南アジアのインバウンドにとっては魅力的だ。

雪を観光に利用するには、雪崩や滑落対策に重厚な安全対策が必要だがチャレンジする価値は大いにあると思う。

この“雪”を楽しむ案は、田子倉駅の復活無くしては実現できない。

安全性を十分に確認して、全線開業までの3~4季で試用し、田子倉駅復活を後押しする一つのサービスとして実現の目途を立てて欲しい。

 

 

浅草岳登山、紅葉、そして“湖”でのカヌーやカヤック、“雪”上でのスノーシュー、田子倉駅の周辺には四季を通して大自然を楽しむ事ができる。

田子倉駅はネイチャーアクティビティのの中核施設として機能できる能力を秘めている。

さらに「ユネスコエコパーク」緩衝地域内という国内唯一の立地で、インバウントを意識した海外への訴求力も高い。

 

ただ田子倉駅の復活には費用が掛かる。

駅として廃止以前の状態に戻す費用もだが、只見線の利用者を増やすためにネイチャーアクティビティの拠点とするための新たな費用だ。

女性の一人旅までにも充分対応できるよう、更衣スペース、シャワー室、休憩所、広く清潔なトイレなどアニメティの充実は必須になる。

トレッキングやカヌーなどのアクティビティの安全を確保するためにガイドやインストラクターの常設も必要だ。

さらにカフェや宿泊施設、温泉、アウトドア商品のショップなどもあれば一層充実する。

新たな開発が制限されるのであれば、田子倉駅構内の路線を分岐し待機線にこれら設備をもった列車(改造or新造)を停車させておくという方法もある。

 

 

田子倉駅は福島県の最西端で、復活により新潟県民の来県も見込め、上越新幹線の利用した首都圏からの集客も促せる。

そして、ここから歴史文化都市・会津若松を経て県内全域への交流人口も波及効果も期待できる。

もちろん、東北新幹線の郡山駅から会津若松を経て只見・田子倉という逆の流れも生まれ得る。

 

 

田子倉駅周辺には潜在的で、国内無二の観光コンテンツがある。

この可能性を精査し、あらゆる補助金の適用を探り、寄付やCF(クラウドファンディング)を駆使し資金を集め、新生・田子倉駅として復活して欲しい。

 

 

只見線の全線復旧まで4年を切っている。

多大な予算を只見線復旧と維持に注ぐ福島県が中心となり、10年ぶりに再開通する事で注目されるこの時期に材料をそろえ、気運を高め、田子倉駅の復活を成し遂げて欲しい。

そうすれば、投下した予算は沿線や県内の経済効果となって返ってくるだけではなく、根付く風評に風穴を開けるような交流人口を生み出すと私は考えている。(了)

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

 

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR東日本間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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