「JR只見線 復旧工事状況」 2020年 初冬

来週の寒波到来の予報で、本格的な積雪のシーズンとなるJR只見線が走る奥会津地方。今年の復旧工事の進捗を見たいと、運休区間(只見~会津川口間、27.6km)を自転車で巡った。

  

既報の通り、只見線は全線復旧が来(2021)年度から2022年度中に1年延長された。*参考:拙著「「全線再開通」一年延期、「第六只見川橋梁」工法変更」(2020年8月27日)

 

工期延長の理由は再架橋される「第六只見川橋梁」の工法変更だが、同じく再架橋されている「第七只見川橋梁」は順調に工事が進められているようで、先月、代行バスの中から現場を眺めた時は、ケーブルエレクション工の鉄塔が解体され、工期は終盤を迎えているようだった。つまり、「第六」以外の現場は、当初予定の2021年度竣工予定に沿い、工事が進められているようだ。 

  

今日の旅程は以下の通り。

・前泊した会津若松から只見線の始発列車に乗って会津川口に向かう。

・会津川口から代行バスに乗り換え、只見に向かう。

・只見から輪行した自転車で、復旧工事現場を見ながら会津川口に戻る。

・会津川口から只見線の列車に乗り、会津若松に戻り、その後、富岡に帰る。

 

自転車で走行する、只見町と金山町の天気予報は曇り時々雨。強い雨が降らない事を願い、現地に向かった。 

*参考: 

・福島県 :只見線ポータルサイト/「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」 *  生活環境部 只見線再開準備室

・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」 

・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日) 

・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ ー只見線の冬ー / ー只見線復旧工事関連

  

 


  

 

会津若松市内で前泊し、今朝、只見線の始発列車に乗るために未明の会津若松駅に向かう。雨は降っていなかったが、路面は少し濡れていた。

 

駅舎に入り、今週の木曜日から使用が可能となった「青春18きっぷ」を券売機で購入し、有人改札で日付印を押してもらい只見線のホームに向かった。

 

しばらくすると、引き込み線から本線に入り、折り返したキハE120形2両編成が入線してきた。


輪行バッグを抱え後部車両に乗り込む。乗客は私の他1人で、結局、列車発車まで増える事なく、先頭車両も2人だった。

土曜日の始発列車でコロナ第3波の渦中とはいえ、税金で一部区間を支える事になる只見線の利活用推進の前途多難さを、改めて思った。

 

6:03、会津川口行きの列車が会津若松を定刻に出発。

  

  

列車は暗闇の中を走る。七日町西若松会津本郷会津美里町に入り、会津高田根岸新鶴会津坂下町に入り、若宮、そして会津坂下に停車。

 

未だ薄暗い会津坂下では、上り列車(会津若松行き)とのすれ違いを行った。ホームには、高校生を中心に30名ほどの客が居た。

 

 

会津坂下を出ると、霧の中の七折峠に向かって登坂。車輪は空転することなく、ディーゼルエンジンを滑らかに蒸かしながら進んだ。

 

 

列車は、塔寺から会津坂下を経て、柳津町に入り会津柳津を出ると“Myビューポイント”を通過。日曜日に登った「飯谷山」(783m)の稜線は、曇り空にも関わらず、良く見えていた。

 

 

 

郷戸を経て滝谷を出発すると滝谷川橋梁の渡り、三島町に入った。 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

  

 

会津桧原を出て、檜の原トンネルを抜けると「第一只見川橋梁」を渡る。

 

  

名入トンネルを抜け、会津西方を出発直後「第二只見川橋梁」を渡る。

   

列車は減速しながら“アーチ3(兄)弟橋”の長男・大谷川橋梁を渡る。眼下には次男・宮下橋。 *参考:埼玉県「福島県の土木建造物」【橋りょう】新宮下橋・JR只見線大谷川橋梁・宮下橋〔三島町〕

  

会津宮下に停車し、上り列車とすれ違いを行う。

   

 

会津宮下を出ると、東北電力㈱宮下発電所・ダム、ダム湖(只見川)の脇を通り抜ける。短い時間、只見川と離れ、「第三只見川橋梁」で渡河。

 

 

滝原・早戸の2つのトンネルを抜け、早戸を経て金山町に入り、細越拱橋(めがね橋、8連コンクリートアーチ橋)を渡る。

  

 

会津水沼を出発してまもなく、「第四只見川橋梁」を渡る。「第一只見川橋梁」から「第三只見川橋梁」までが上路式だが、この鉄橋は下路式で、車窓から外を見ると鋼材が視界に入る。

復旧工事では「第六只見川橋梁」と「第七只見川橋梁」が、豪雨時、只見川の増水の影響を避けるため、上路式から下路式に変更されている。この車窓からの景色の変化は、復旧工事が進む両鉄橋の参考になる。


 

先週「国土山」登山で利用した会津中川を出ると、次が終点。前方に林道の上井草橋が見える頃に列車は減速。

 

後方を振り返り、大志集落を眺めた。


 

 

8:06、会津川口に到着。県立川口高校の生徒を中心に、10名ほどの客が降りた。上空の鼠色の雲は変わらず、地面は濡れていたが、雨は降っていなかった。

  

ここから先、只見までの27.6kmが「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で運休となっている。

  

輪行バッグを抱え、ホームから駅舎に入る。待合室には大きなクリスマスツリーが飾られていた。このような季節を感じさせる装飾を見ると、嬉しくなる。

 

 

駅頭には代行バスが付けられていた。金山町「かぼまる」と只見町「ブナりん」、それぞれのゆるキャラと特産品・見どころがラッピングされた車両。乗り込むと2組3人の方がいらした。

8:15、只見行きの代行バスが会津川口を出発し、只見線と只見川に沿って走る国道252号線を進んだ。

 

 

 

9:05、只見に到着。弱い雨が降っていた。

 

  

しばらくすると、小出から只見止まりのキハ110形が入線した。この列車は折返し、小出行きの始発列車になる。

全線復旧すると、私が会津若松から乗った列車が(運休前のダイヤのままならば)小出行きとなる。

 

会津川口方面に目を向けると、路盤は整備され、このまま列車が走っていても違和感のない状態だった。

 

 

 

 

 

9:25、駅頭で自転車を組み立て出発。国道252号線に入り、会津川口を目指した。

 

「只見②ヤード」に到着。鉄板が敷かれ、立入禁止の柵は置かれていたが、重機はなかった。降雪期の工事は行われないような雰囲気だった。


只見線の路盤をよく見ると、復旧工事は、ほとんど終わっているようだった。法面がゴッソリ崩れた場所も盛土が戻され、レールも敷設されているように見えた。


沢に掛かるコンクリート橋は、そのまま利用され、きれいなバラスが敷かれていた。

 

 

先に進む。

「只見①ヤード」は鉄板やゲートが撤去され、工事は終わったようだった。

  

熊野神社の参道入口に自転車を停め、石段を上る。撤去されていたレールが、前後の区間に敷設されていた。

 

全てコンクリート製枕木か使われ、復旧工事というより新設路線という雰囲気だった。 

 

“新造”線はカーブを描きながら、叶津川橋梁に向かっていた。“新生只見線”と思えるような、出来具合だった。

 

 

国道に戻り進むと、路盤の法面補強のフトン籠工が目立っていた。コンクリート製の擁壁より、自然との親和性が高い、と改めて思った。

   

国道の堅盤橋から叶津川橋梁(372m)を眺める。只見線内最長の橋梁で、全区間上路式ということで車内では開放感を味わえる。

   

この先、左手を見上げると、路盤に重機(バックフォー)が置かれていた。路地に入り「八木沢橋梁ヤード」を訪れた。作業員の姿は見えず、法面の復旧や排水設備の新設など、この工区の工事は終了しているようだった。バックフォーは自走できるため、どこか近くにヤードがあるのだろうと思った。

  

 

先に進む。

「八木沢SSヤード」は、導入路が埋め戻され、閉じられていた。只見線の路盤を見上げると、敷き詰められたバラスも見え、山側の擁壁も完成していた。

 

SSを潜り抜け坂を上ると、前方に雲に覆われた「蒲生岳」が見えた。三座(四座とも)ある“会津のマッターホルン”のひとつで、「うくしま百名山(福島百名山)」「会津百名山」「只見四名山」に名を連ねている美峰だ。

 

 

9:49、会津蒲生に到着。


ホームは一部舗装され、綺麗な白線が引かれていた。

 

 

国道に戻り、先に進む。

「蒲生ヤード」には未だ鉄板が敷かれ、根固めに使われるボトルユニットが20個ほど残っていた。重機もあったことから、年内も工事を継続するのだろうか、と思った。

 

 

10:02、先に進み、国道から田んぼ道に入り「第八只見川橋梁」を横から眺めた。全長1,100mにわたって復旧工事最大の約25億円が投じられる現場。前回、代行バスの中からここを見た時には、滝ダム湖の水位が下げられ、橋脚の根固めなどが行われていたが、今日は水に覆われていた。

 

会津川口方面に目を向けると、法面補強工事の途中のようで、ブルーシートが掛けられていた。

  

国道に戻り、先に進み、寄岩橋から「第八只見川橋梁」を眺めた。只見川が東にカーブする曲面に沿って橋梁があるため、増水時には水流の影響を受け易い。そのため、法面補強工事以外は表に出ない工事が行われているようだった。

 

10:08、「第八只見川橋梁」から近い会津塩沢に到着。

 

ここもホームには綺麗な白線が敷かれていたが、駅前後の路盤は掘り下げられ、レールは撤去されたままだった。

  

 

国道に戻り、先に進み、中の橋から只見川(滝ダム湖)を眺めた。


周辺には水鳥の姿が多く見られ、白鳥もいた。

 

国道の待避スペースには、町所有の除雪ドーザが置かれていた。来週には本格的に雪が降る、ということで、この重機が活躍する季節になった。

   

国道をさらに進む。

塩沢スノーシェッドを潜り抜け、町境界を流れる只子沢の河口に広がる滝ダム湖(只見川)を眺めた。只見線は滝トンネルを利用するため、車窓からこの風景は見られない。「只見線利活用」事業でカヌーやカヤックなどのアクティビティーを導入し、この景色を活かせないものかと、私は思っている。

   

 

 

10:21、只子橋を渡り、只見町から金山町に入り、滝バイパス(滝トンネル)を進んだ。

  

滝沢架道橋を潜り、“青屋根”の滝沢集落を抜ける。

 

 

10:33、会津大塩に到着。雨は止んでいた。

 

この駅も、ホームには白線が敷かれ、レールの枕木は、所々コンクリート製に交換されていた。


駅の会津川口側では、レールを並べ作業する職人の姿があった。

  

 

10:39、駅からほど近い、「第七只見川橋梁」工事ヤードに到着。ケーブルエレクション工の鉄塔は姿を消し、整地や片付けが進められていた。


大塩第二踏切から「第七只見川橋梁」を眺める。真新しい橋が、9年間列車が走っていないレールの先に出現していた。

  

町道を進み、「第七只見川橋梁」に近づいた。仮設は未だ残り、レールも敷設前だった。多くの作業員がそれぞれ作業を進めていた。


鉄塔のアンカーがあった場所を見る。埋め戻され、レールを敷設する路盤が整備されていた。

   

町道を進み、四季彩橋上から「第七只見川橋梁」を側面が眺めた。美しい橋に仕上がっていた。

 

流出した旧橋があった空間を眺めた時は、『どんな橋が架かるのだろう』と思っていたが、上路式から下路式へと大きく形状は変わったが、旧橋と同じ色の新「第七只見川橋梁」は周囲の景色と調和している、と私は思った。

  

橋梁の上弦に取り付けられた仮設上では、安全帯を付けた作業員が仕事をしていた。最後まで事故が無いように、竣工させて欲しいと思った。

   

四季彩橋を渡り、只見川右岸から「第七只見川橋梁」を眺めた。

  

下弦材には、未だ多くの仮設があり、レールも敷かれていないようだった。路床に穴があり通常の路盤と違うため、雪の影響は少ないと思われるが、これから降雪期を迎える中、どこまで工事を進めるのか気になった。

  

更に町道を進み、「第七只見川橋梁」と四季彩橋を同時に見てみる。上弦式の鉄橋が、斜めに並ぶため、色合いや形状による違和感を心配していたが、落ち着いた大人な構図になっていて、悪くはないと思った。

  

 

10:55、町道をさらに進み、会津横田に到着。

 

会津大塩駅同様、ホームの白線とコンクリート製枕木の一部交換が済んでいた。


 

 

国道に戻り先に進むと、前方に東北電力㈱伊南川発電所が見えてきた。

 

発電タービンを回し終えた大量の水が、只見川に落ち込んでいた。

  

 

11:09、発電所から近い会津越川に到着。

 

ここも、白線と枕木、そしてホームを取り囲む柵の一部が補強され、元色に塗装されていた。

  

 

国道に戻り先に進む。

只見線路盤の法面に芝生が敷かれ、下部にフトン籠工の土留めが置かれていた。

 

ここは、去年8月の大雨の影響で盛土が流れ落ち、今年の夏から本格的に工事が行われていた場所だ。運休区間内ということで、他復旧工事の進捗に合わせて行われたのだろうと思った。

 

 

さらに国道を進み、移転した民宿橋立に近づくと、工事が進む本名バイパスと只見線の間に真新しい電柱が立ち並んでいた。現在の国道に立ち並んでいた電柱が、道路が線路側に移動することに伴って、その場所を変えたようだった。

これでは、列車の中からコンクリート製の電柱が間近に迫って見える事になり、短い区間ではあるが、車窓からの風景を売りの只見線にとってはマイナスだ。本名バイパスは県による工事であるため、県が進める「只見線利活用事業」との調整をし、景観に配慮したものにして欲しかった。

 

 

11:31、本名バイパス建設のきっかけとなった、狭隘な本名スノーシェッドを通り抜け、東北電力㈱本名発電所・ダムの天端(本名橋)から「第六只見川橋梁」を見下ろす。作業員の姿は無く、今日は休工のようだった。

 

両岸にケーブルエレクション工の巨大な鉄塔が建ち、全ての受梁が吊るされ、桁材の設置・組み立てを待つだけになっていた。来週から本格的な雪となる事を考えると、再架橋の本工事は来春になるのだろうかと思った。

  

本名トンネルの上部斜面には、右岸のアンカーが設置され、鋼材吊り上げに必要であろう無数のワイヤーがつながれていた。

 

県道を進み坂を下り、右岸のアンカーを見る。復旧工事が1年延長となった原因だ。完成した“新”本名架道橋の橋脚の奥に築かれた、アンカーを抑え込むための巨大なコンクリートの台座は存在感があった。工期延長となったが、安全に、強固で美しい「第六只見川橋梁」を架けて欲しい、と願った。

 

 

11:46、「第六只見川橋梁」に近い、本名に到着。

 

この駅は、白線は見られたが、コンクリート製枕木の交換数はわずかだった。

 

そばの本名第1踏切の遮断機は新設され、そのケーブルを覆っていると思われるコンクリート製の小さな蓋が並び、目立っていた。

   

本名集落からは、「第六只見川橋梁」工事の鉄塔(左岸)の上部が見えた。完成するまで見られる、貴重な光景だと思った。

   

国道に戻り、「第六只見川橋梁」工事の拠点なる「本名ヤード」の脇を通った。人影はなく事務所の電気も点いていなったので、やはり休工のようだった。


 

11:52、西谷の急坂の途中で「第五只見川橋梁」を眺めた。


敷設されたレールが見え、橋脚付近の法面補強工されたようで、復旧工事は終わったものと思った。

  

国道を少し進み、「第5ヤード」を見ると、作業員のものと思われる車両が多くあった。復旧工事で取り払われた会津川口側のレールの敷設作業をしているのだろう、と思った。

 

 

更に国道を進み、眼下の路盤を見た。コンクリート製枕木が不規則に交換された路盤に、新しいバラスが敷かれていた。

   

坂を下り川口地区に入り、旧道から只見線の路盤を見る。以前は雑草に覆われていたが、レールが露わになっていた。

  

旧道を進み、野尻川越しに会津川口駅のホームを見ると、会津若松行きの列車が待機していた。


 

  

12:02、会津川口に到着。運休区間27.6kmを2時間37分で駆けた。自転車を折り畳み、輪行バッグに入れ、駅舎に入った。

 

「食堂」で昼食を摂るまでの時間はなく、構内の金山町観光情報センター内の売店と、表に出て駅前の加藤商店で買い物をした。その後、輪行バッグを抱え、駅舎を出てホームに向かう。待機中のキハE120形の後部車両に乗り込むと、先客は高校生一人だった。

12:31、列車が会津川口を出発。結局、私が乗る車両は2人で、先頭車もわずかな客の姿だった。

 

出発直後に大志集落を見る。只見川(上田ダム湖)の水鏡は冴え、低山の中腹に掛かる雲が映り込み、良い絵を見せてくれていた。

  

昼食は、おにぎり2個とスープ。名物「姫ます寿司」は、原料となるヒメマスの在庫が切れ、現在は製造していないという。販売再開は春以降になるのではないか、ということだった。

 

駅構内で販売される手作りおにぎりは、旨い。地元米がほどよく握られている。おすすめはネギ味噌だが、今回は無かった。

 

 

会津中川で2人の客を乗せ、東北電力㈱上田発電所・ダムを左に見ながら列車は進み「第四只見川橋梁」を渡る。

 

 

会津水沼を出て渡る、細越拱橋から見る只見川も濃緑で、川面(湖面)の水鏡も見られた。

  

 

早戸を出て「第三只見川橋梁」を渡る。空が明るいせいか、川面の緑はやや白みかがり、水鏡も冴えていなかった。



 

会津宮下を出て「第二只見川橋梁」を渡る。小さな雨粒が降ってきたようで、川面は小さく乱れていた。

 

  

会津西方を出発後に「第一只見川橋梁」を渡る。上流側は駒啼瀬の狭隘地で、川面に影を作っていたものの、落ち続ける雨粒で、水面は水鏡にはなっていなかった。

 

列車はこの後快調に進み、七折峠から会津平野に下りてからは、各駅で乗客を増やしていった。

 

  

  

14:21、会津若松に到着。

 

ここから磐越西線、磐越東線、常磐線と乗り継いで富岡に向かった。いわき行きの列車内では、加藤商店で買っておいたワンカップをいただいた。旨かった。

   

 

 

20:03、富岡に到着。地面を見ると雨は終日降らなかったようで、気温も会津地方に比べればだいぶ高かった。

 

 

今回の旅で、只見線の全線再開通は1年程度延長されたものの、復旧工事は順調に進んでいる事が確認できた。「第六只見川橋梁」以外は、来年にでも列車が走ってもおかしくないような進捗だった。

全ての工事が、安全に行われ、2022年度中の運転再開が迎えられるよう祈りたい。 

同時に、11年ぶりの復旧で注目が集まる好機を生かし、只見線の乗客を増加させ、沿線である奥会津地域に観光客の足を向かわせるような“観光鉄道「山の只見線」”の利活用事業が、関係者の一層の熱と努力によって行われることを期待したい。

 

私も、福島県民の一人として、只見線の列車に乗って、情報発信を続けたいと思う。 

 

 

(了) 

 

 

・  ・  ・  ・  ・ 

*参考: 

・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF) (2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)/「只見線(会津川口~只見間)復旧工事の完了時期について」(PDF)(2020年8月26日)

 

【只見線への寄付案内】 

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。  

①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/

 

②福島県:企業版ふるさと納税

URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html

[寄付金の使途]

(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。

  

以上、よろしくお願い申し上げます。


次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっていたJR只見線は、会津川口~只見間を上下分離(官有民営)とし、2022年10月1日(土)に、約11年2か月振りに復旧(全線運転再開)しました。 このブログでは、“観光鉄道「山の只見線」”を目指す、只見線の車窓からの風景や沿線の見どころを中心に、乗車記や「会津百名山」山行記、利活事業に対する私見等を掲載します。

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