金山町「大塩温泉 共同浴場」 2017年 冬

1月10日、青春18きっぷの利用期間の最終日。

仕事の休みが重なったため、残り1日分を使い、今年初めてJR只見線に乗車し金山町に向かった。

目的地は「大塩温泉 共同浴場」。

金山町の中心駅・会津川口から只見線代行バスで会津大塩駅(休止中)に向かい、「大塩炭酸場」で炭酸水をいただき、只見線の「第七只見川橋梁」を見てから現地に向かう。

帰りは隣駅の会津横田駅(休止中)を利用し、代行バスで再び会津川口に戻るという予定だ。

今回は積雪を考慮し、また会津大塩~会津横田の駅間が運休区間最小の2.2kmということもあり、移動は自転車ではなく歩くことにした。

 

 


郡山から只見線沿線旅を満喫するためには磐越西線の始発に乗るのが一番。

5:55、郡山駅1番ホームに停車中の“赤べぇ”列車に駆け足で乗り込む。

磐梯熱海駅、中山宿駅を過ぎ、沼上トンネルと抜けると積雪のため視界が明るくなった。

会津地方の気候は中通りとは違う事を実感。

川桁駅を過ぎ、猪苗代駅手前で磐梯山の全容が見えた。

多くのゲレンデがあるが、山の稜線にそっているため、景観を害しているとは思えない。

手前に区画された田や猪苗代の街並みがある事も影響しているか。

 

今日は県内公立小中高校の始業式。

猪苗代駅や磐梯駅などで多くの高校生が乗り込み、乗車率は100%を超えた。

7:09、定時に会津若松駅に到着。少し雲が掛かっているが、天気はよさそうだ。

駅構内のKIOSKで買い物をして再び改札に入り、只見線の列車が待つホームへ連絡橋を渡り向かう。

橋上からは磐梯山が朝日を浴びていた。

山とは、当たり前だが、見る方向によって表情が違う。だた頂上付近の様相だけは近似性があるように思う。

間違いなく、磐梯山だ。

 

7:37、乗客の大半を高校生が占め、キハ40系は3両編成で定刻通り出発した。

 

会津高田を過ぎ、ほぼ直角に右にカーブし北上すると会津平野の田園と非冠雪の山並み、冠雪した山並みが車窓から飛び込んできた。

会津の冬はこれからが本番か。

右手(東側)に目を向けると若松市内の街並み越しに磐梯山が見えた。

車内は、県立坂下高校、県立会津農林高校の生徒で賑わっていたが、彼らは最寄り駅の会津坂下で降り、以後私が乗った2号車の車内は他一組の乗客を残しただけになった。

 

ただ、この“一組”の乗客。中華系の男女で、男性は頻繁に一眼レフを構え、車内と車窓からの風景を撮影していた。

留学生か旅行者か定かではないが、平日に外国人が只見線を利用し旅している現実を目にして、喜ぶとともに関係町村や「奥会津五町村活性化協議会」、「只見川電源流域振興協議会」などの努力が実を結びつつあると感じた。

 

列車は、塔寺会津坂本を過ぎ、柳津町に入る。

只見線は今日1月10日から3月31日まで「雪崩・落雪対策運行」となり会津柳津から速度を落として走る、と車内放送が告げていた。

その通り、会津柳津からのノソノソと牛歩で進んだ。

沿線の積雪は少なく、日陰の残雪も見られない状況での徐行運転に苦笑してしまったが、ダイヤを無視して適宜運行できるわけもなく『これも只見線』とこの特異性に納得し車窓に目を向け続けた。

 

郷戸滝谷を過ぎると滝谷川を滝谷川橋梁で渡る。

渓谷に朝日を受けた列車とトラス橋の影が落ちていた。

木々の色づき、積雪の無垢さは無いが、自然と人工物の融合がまた素晴らしい景観だ。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

 

三島町に入り、会津桧原を過ぎ桧の原トンネルを抜けて、まもなく視界が開け「第一只見川橋梁」を渡る。

右手(北側)は順光で“湖面鏡”に映り込む車窓の景色を見る事ができた。

 

次駅・会津西方を過ぎると、まもなく「第二只見川橋梁」を渡る。

こちらは左手(東側)の車窓の風景を見た。

この構図も悪くないと、最近では思うようになった。

 

橋梁を渡って、しばらくすると会津宮下に到着。

前述の中華系の男女はここで降りた。「第一只見川橋梁」のビューポイントに行くのだろうか。

 

通常ならばここでしばらく停車するが、徐行運転で時間が経過しているため直ぐに出発した。

 

列車は東北電力㈱宮下発電所と宮下ダムを右手眼下に見ながら進む。

中腹を走る国道252号線のスノーシェッドが見え、その上部の山の稜線は白く彩られていた。


複数のスノーシェッドとトンネル抜けると列車の通過音が変わり「第三只見川橋梁」を渡る。

ここでは右手(北側)を見る。宮下ダムの“湖面鏡”に映った青空が車窓の風景にインパクトを与えていた。

 

滝原・早戸、二つの長いトンネルを抜け早戸に到着。

わずかな停車時間の後に出発すると間もなく“謎の二組のベンチ”が見えた。 

目の前に船着場が整備されているようで、その付属のような印象だが、このベンチに座る人はいるのだろうかと思わずにはいられない。

 

金山町に入り会津水沼を過ぎると、トンネルを経ることなく直ぐに「第四只見川橋梁」を渡る。

“雪崩・落雪徐行運転”の低速走行ため、下路式トラス橋ながらデジタルカメラのシャッターを切っても鉄骨の間から景色をとらえる事ができた。

 

列車は東北電力㈱上田発電所、上田ダムを右手(北側)の離れた場所に見ながら進み、会津中川を過ぎ、大志集落の脇を通り、只見川の縁を走る。

上井草橋が現れ、前後して終点を告げる車内放送が流れた。

 

9:49、現在の終点である会津川口に到着。

通常期より10分遅れとなるが、10分程度でゆったりと車窓からの風景を楽しめるのであれば、“観光鉄道”只見線の運用も一考ではないかと思った。

 

改札を出て「金山町観光情報センター」が併設された売店に立ち寄る。

金山町が発行した「平成23年7月福島豪雨災害の記録」を購入。只見線運休の原因となった水害の様子が豊富な写真でまとめられていた。

それから、金山町のゆるキャラ「かぼまる」を撮影させていただく。

今回も“生”の姿だった。衣装を作成するスタッフも忙しいのだろう。

私見としては、ダッフルコートなどを着れば可愛さが増すと思うのだが...。

 

構内の入口付近には“雪崩・落雪徐行運転”の案内が掲示されていた。

これから向かう会津大塩駅周辺には売店が無く、昼食時間帯を過ごすため、近所の売店に出向き食料を調達するなどして代行バスの出発時間を待った。

 

只見駅から走ってきた折り返しの代行バスに乗る。乗客は地元のご婦人二人と旅人と思われる男性一人、私を含め四人。


10:25、定刻に只見行きの代行バスは出発。

運転手は男性。いつもの女性ドライバーはではなかった。

 

本名駅近くに置かれたバス停を過ぎ、東北電力㈱本名発電所・本名ダムの天端を走ると下流(東側)に流出した「第六只見川橋梁」が見える。

現在、国道252号線は「本名バイパス(2,680m)」の工事が進められ2018(平成30)年度に供用開始予定となっている。

只見線の復旧が決定しても工期は5年程。この本名ダム天端から「第六橋梁」を走る只見線の列車を見る事はできない事になる。

 

代行バスは国道を進み、“会津越川駅”、“会津横田駅”の近くに設置されたバス停で停発車を繰り返す。乗降客は居なかった。

 

10:48過ぎ、現在“会津大塩駅”となっている大塩体育館前に到着。

奥に、休止中の会津大塩駅が見える。 

会津大塩駅に向かい、路線内に入らさせていただく。

鉄路の中心に立ち、只見方面に見る。只見線で一番開放的な駅だ。

電線を地中化するなどすれば、映画のロケにも使える情緒ある景観となると私は思う。

 

会津大塩駅を後にして、国道252号線に戻り東に向かって歩く。

住宅地の路地を左折し「大塩炭酸場」に向かう。

駅から約10分で現地に到着。ここに来るのは二度目になる。 

積雪はなく、井戸までは難なくゆく事ができた。

中を覗くと、底からコポコポと泡が噴き出て、炭酸水は井戸の縁からあふれ出していた。

私はペットボトルを取り出し、備え付けの“ひしゃく”で汲み取り注ぎ入れた。

一口飲んで独特の感覚を味わい、ボトルを満たしてこの場を後にした。

 

再び国道252号線に入り、間もなく道を渡る。

用水路の水量に感心する。 

この水勢を利用し小水力発電をすればこの大塩集落の必要電力は賄えるのではないかと考えた。

試す価値はあると思う。

 

しばらく田んぼの間の道を進み只見線のレールを超え「第七只見川橋梁」に向かう。

ほぼ平行している町道の四季彩橋から全体を見る。

「第七橋梁」は上路式トラス橋であったため増水した只見川の水勢に負け流出、四季彩橋はアーチ橋(中路式)であったためそれを免れた。

会津川口駅で購入した「平成23年新潟・福島豪雨災害の記録」にはこの「第七橋梁」の災害前後の写真が掲載されていた。

「第七橋梁」に向かう鉄路。右奥が町道に架かる四季彩橋。

レールには枯草がからみついていた。

雪の上には動物の足跡。大きさから察するにキツネやタヌキではなさそうだが、イノシシだろうか。

途切れた「第七橋梁」の会津大塩駅側の様子。

これだけ草に覆われていると、分断されているという実感が湧かない。

しかし対岸の橋桁や路盤、保守用通路を見ると、人為的・強制的に切断された事がはっきりと分かる。

再び会津大塩駅側に目を遣ると、レールが切断された箇所が見えた。

只見線の復旧が現実を帯び始めた今、この錆びついたレールの切断面は復旧までの関係者の苦労の一端を表すものに転化するかもしれない。 

 

四季彩橋を渡り、対岸に行く。

川岸から流出した「第七橋梁」を仰ぎ見る。

流された「第七橋梁」と残った四季彩橋の対比が鮮明だ。

 

路線に登り、望遠で流出箇所を撮る。

車窓から顔を出せば見える風景になるが、この光景を見る事ができるのはいつになるのか。

 

「第七橋梁」の足元、只見川の川岸に枯草に覆われた石碑があった。

障害物を払いのけ碑文を読むと、ここ上横田地区から対岸の大塩地区へ只見川を渡る船場があったという

碑文の全文は以下の通り。

「只見川の船渡し」
只見川は川幅が広く、江戸時代までは、橋を架ける技
術や資金が乏しく他村との交通を船渡しして行っていま
した。ここは上横田から大塩に超える、上横田の船場跡
です。そして、江戸時代の越後街道である気多宮から只
見に通じる伊北街道の沿線でした。江戸時代末期の天保
10年(1839年)6月21日、大塩村の船渡し場で
溺死者20人を出す大惨事が発生しました。 
これを機に村人達の運動で天保12年(1842年)
2月5日に着工し同年7月26日、長さ46.2m、幅
3.3mの二本木橋が完成しました。
 水沼橋は、明治41年(1908年)、本名橋は、大正
10年(1921年)、田沢橋は昭和7年(1932年)
に架橋されたことからみても、二本木橋は只見川で最も
早い時期に架けられた橋です。
 只見川には、本名から橋立、越川から西部、横田から
土倉、上横田から大塩、滝沢から田沢に越える船渡し場
がありました。

 

ここから今日の最終目的地「大塩温泉 共同浴場」は下流(北側)の対岸300mの場所にある。

「第七橋梁」のたもとを離れ、再び四季彩橋を渡り「大塩共同浴場」に向かう。 付近で工事をしているようで大型ダンプが往来していた。只見線の大塩第一踏切には養生用の鉄板が敷かれていた。

よく見ると、レールの上には緩衝材が敷かれていて、このレールが再び使われるものとして関係者が扱っている事を嬉しく思った。

しばらく歩き、国道252号線に出て間もなく、金山町の7か所の温泉などが載った観光案内板があった。

そして、ここから数10mほど歩くと、右手に小さな案内板が見えた。

「大塩温泉→」と記載されているが、地元以外のドライバーがこの看板を視認するのは困難だろう。 只見線を利用し徒歩で移動するならば、さほど問題ではない。

国道252号線から右の路地に入り、緩やかな坂を下ると間もなく「大塩温泉 共同浴場」が現れた。

只見線を部分運休に追い込んだ「平成23年7月新潟・福島豪雨」で被害を受け、建替えし2015(平成27)年8月8日に再オープン。

外観は周囲の自然に調和した色合いで、只見川の河岸に建っているため屋根が傾斜している。

 

玄関の上に掲げられた「大塩温泉」の看板を仰ぎ見ながら引き戸を開け中に入る。

少々の窮屈な玄関で靴を脱ぎ、扉空けると一気に視界が開ける。

館内は明るく、幅広い階段が現れた。

正面に“フロント”があるが、無人のようでカウンターには「入浴協力金」300円を入れるアルミケースが置いてあった。

千円札用の両替機も設置されている。

 

カウンター脇には施設案内のポスターが貼ってあり、「かぼまる」も載っている。

「かぼまる」は温泉印の桶をはいていて、温泉郷「金山町」をPRしている。

“フロント”につながっているフロアの先には休憩スペース。

フローリングと8畳敷の清潔感のある空間だ。

窓には積雪対策の透明なポリカ波板が設置されて只見川の様子も見えないが、明るさは失われていない。

 

自販機も設置されており、ホットコーヒーもあった。

トイレは男性用と洋式便座が独立していて、掃除も行き届いていた。

館内の印象も含め、しっかり管理されていると感じた。

 

脱衣所には南京錠の貴重品BOXも設置されていて、ドライヤーもある。

浴室にはシャワー付きの洗体スペースが4ヶ所あり、浴槽は内湯と露天(冬季閉鎖)の2つ。

湯はぬるめで、やや茶色に白濁していてなめらかだ。

 

休憩スペースには「温泉分析書」と「温泉分析別表」が掲示されていた。

泉質は「ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉」だという。


源泉かけ流しだが、泉温が38℃と低いため、10月から翌年5月までは加温しているという。

 

下記に一部抜粋。

[泉質] ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉
[泉温] 38.3℃(pH値6.46)
[泉質別適応症] 切り傷、やけど、慢性皮膚病、慢性婦人病など
[一般適応症] 神経痛、筋肉痛、間接痛、くじき、痔疾、冷え性など

 

捨て湯は只見川に流れ落ちている。

析出物が河岸を変色させていた。

代行バスの発車時刻に合わせ、約2時間ほど滞在し共同浴場を後にする。

私がいる間、男女合わせて10名弱の利用があった。ここを初めて訪れたという立ち寄り客の姿もあった

 

施設の周辺を見て回り、国道252号線に戻り東に向かい歩く。

「平成23年豪雨」後に付け替えられて“新”二本木橋の上から、まだ分断されたままの「第七橋梁」を見る。

会津横田駅(休止中)に向かう。住宅密集地をわずかに離れた所にある。

代行バスは国道沿いに止まるため、現在の乗客はこの駅舎を見る事はできない。

代行バスのバス停の後ろから只見川を見る。

こちら側は「平成23年豪雨」後に作られたコンクリート製の護岸があり、対岸は天然の岩盤だ。

只見川の治水を考えさせられる場所だ。

15:07、出発予定時間に代行バスの姿が見えた。

大型のバスで、10名の乗客があった。

このバスは東京方面からの“普通列車日帰り旅”を可能にする唯一の便で、今日が「青春18きっぷ」の利用最終日であることから大型バスでの運用となったのだろう。

 

途中“駅”での乗降はなく、国道252号線を快適に進んだ。

乗客の何人かはカメラを車窓に向けシャッターを切っていた。

 

間もなく終点・会津川口というところで「第五只見川橋梁」を撮ることができた。

上田ダムが創る“湖面鏡”もなく、積雪や青空といったアクセントもなく、風景としては冴えなかったのが残念。

 

15:28、定刻をわずかに過ぎ、会津川口に到着。

構内に入り、まっすぐ改札を抜けホームに向かい、キハ40系二両編成の車両に乗り込む。

 

15:34、定刻に出発。

間もなく天気予報通り、空一面を雲が覆い、みぞれが降ってきた。

金山町を含む奥会津地方は、夜に雪になる事は間違いなさそうだ。

列車はほぼ定刻に会津若松に到着。

私は磐越西線の列車に乗換え、無事に郡山に戻った。

 

 


沿線の積雪で銀世界の車窓を期待した旅だったが、一日の大半を澄んだ青空の下で過ごせたため良い旅となった。

以前(今年の9月2日)、大塩の炭酸場2箇所を回った時もだが、会津大塩駅から「大塩炭酸場」「第七橋梁」「共同浴場」は徒歩圏で、次駅の会津横田駅までも含め歩いて楽しめると改めて思った。

しかし、只見線の全線復旧後に年中一定の観光客を得るには弱いとも思った。

 

只見線・会津大塩駅周辺に人を呼び込む策は他に無いか、と今日歩きながら考えた。

カギはこの開けた空間の活用だと思う。

只見線でこれほど駅周辺が開かれた場所はない。

この景観と静けさを活かした集客策。

 

前述した、会津大塩駅の電柱も地中化し映画のなどのロケに活用するのもよいが、駅舎だけでは制作側も利用に二の足を踏むだろう。何か工夫が必要だ。

 

また、金山町は平成30年度にグラウンドゴルフコースを作るという。

場所は「第七橋梁」側の町営野球場跡地。

県内で最も高齢化率が高い金山町であるが、これを逆手に取り、グラウンドゴルフ(GG)を核に高齢者交流の場とするらしい。

会津大塩駅から徒歩圏でありながらGG場の利用者は限られるだろうが、面白いと思う。

記事中、町長も言っているが『温泉など水辺を巡る人の流れを作』るための策をつなぎ合わせれば、集客を見込めるのではないだろうか。

 

そして「第七橋梁」。

  

 この橋梁は開放的な上路式から、車窓に鉄骨が見えてしまう「下路式トラス橋」に変更になる。

 

 

復旧は、隣りにある町道の四季彩橋(中路式アーチ橋、水色)との関係性を考慮して架橋するべきだと思う。

せっかく11億円(予定)をかけて復旧するのだから、「平成23年豪雨」の増水レベルを考慮するだけでなく、設置後の景観、観光面(乗客、撮り鉄など)へ配慮して欲しい。

 

多額の費用を掛け、上下分離方式で施設の維持費を自治体が支払ってゆくという案が採用されることを前提とすれば、「観光面」での集客を十分に意識し復旧計画・復興(振興)計画を策定することが必要だと思う。

 

只見線・会津大塩駅周辺には観光需要を喚起する資源が大いにあると、今回の旅で私は考えた。(了)

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!


【只見線への寄付案内】 

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

0コメント

  • 1000 / 1000