金山町「ソロキャンプ@沼沢湖畔キャンプ場」 2018年 秋

「沼沢湖畔キャンプ場」でソロキャンプを行おうと、JR只見線の列車に乗り金山町に向かった。

2008年4月10日に初めて乗車し、只見線の乗車が今回で50回目となった。

区切りの50回の目的地をどうするか悩んだが、只見線の自然を体感できるキャンプを美しい湖畔で行おうと思い、金山町の「沼沢湖畔キャンプ場」を訪れることにした。

  

沼沢湖は大沼郡金山町の東端にある。

最寄りは早戸駅(三島町)で、移動距離は約4km、標高差216m。県道の急な坂道を上り、たどり着くことができる。

沼沢とは山の名前で、紀元前3400年頃(今から約5400年前)に噴火した活火山だが、常時観測火山ではない。

*参考:気象庁 「沼沢」

 

富山大学によると沼沢は『日本で最も新しいカルデラ火山』であるという。

*出処:富山大学理学部 石崎研究室「調査フィールド 2015年度の調査地」

この噴火でできた湖が沼沢湖で、前ノ沢の他に流入河川が無い事もあり、透明な水質を持つ美しい湖となっている。

 

観光鉄道“山の只見線”を目指す只見線にとって、自然に囲まれて行うキャンプは利活用促進の必要なピースだと私は考えている。沿線の中でも「沼沢湖畔キャンプ場」は、透明度抜群の沼沢湖を目の前に見られる素晴らしいロケーションにある。

私は『只見線乗車→徒歩移動→キャンプ』を実際に試そうと、最寄駅から沼沢湖畔に移動し、一人旅好きな私のような人間ならばどうなるかと、ソロキャンプを行った。

今回は早戸駅-沼沢湖畔の往復を徒歩で移動。帰りには早戸温泉「つるの湯」に立ち寄り、湯に浸かり、早戸駅に戻り帰宅の途に就く予定を立てた。

 

*参考:東日本旅客鉄道株式会社「只見線について」 (2013年5月22日) 

 


 

仕事を終え、天気予報を確認。台風25号が福島県に最接近するのが明後日(7日)頃ということで、出発は今日が良いと思い、「沼沢湖畔キャンプ場」管理センターに連絡を入れた。キャンプが可能であること、クマの出没は今まで無いことを確認し、出発を決定した。

急ぎ、肉の下ごしらえをして、リュックに必要なものを詰め込み、自宅を出る。

 


郡山駅に到着。朝方は晴れていたが、上空には雲が広がっていた。

急ぎ構内に入り、切符を購入し、出発を知らせる音楽が流れるホームに飛び込み、出発間近の列車に駆け込んだ。

10:44、会津若松行きの快速列車が出発。

 

切符は「Wきっぷ」を利用。

会津若松から改めて切符を買う事になるが、郡山~早戸間の正規料金は2,270円で、370円の節約になる。

しかし、これでも往復で3,800円となる。復旧区間を所有し、運行経費の赤字の大部分を補てんする福島県が本気で只見線の利用促進に取り組むのであれば、二日有効の“県民パス2Day”なるものを、中通りの駅出発で3,000円程度で用意して欲しいと思う。

 

列車は郡山富田、喜久田、安子ヶ島、磐梯熱海、中山宿と郡山市内の駅で停発車を繰り返し、沼上トンネルを抜け、会津に入る。

私は車内で、うたたねをしながら過ごした。昨夜は出動が無く、長い仮眠が取れたが、やはり呼び出しの電話のベルを気にしながらの眠りは浅く、列車に揺られると眠気が襲ってきた。

 

 

11:50、会津若松に到着。私は改札を抜け、駅頭に行き、駅舎を見る。

  

駅前にある路線バス案内所の前では、2人のスタッフが「会津若松市戊辰150周年記念事業」の法被を着て観光客を案内していた。外国人の姿も、見られた。

 

駅南に隣接するスーパーに移動し、買い物をする。ビールと地酒、鶏肉と豆腐、そして調味料などを購入した。荷物になるので、下ごしらえが必要な牛肉以外はここで買おうと思っていた。

 

 

 

買い物を済ませ、駅舎に入り切符を購入し、改札を通り只見線のホーム向かう。

 

連絡橋から見ると、右奥に磐梯山の稜線が見えた。

階段を下り、4番線に停車中の列車に乗車。

 

 

13:07、会津川口行きの列車が出発。

 

先頭がロングシートの車両で、私は二両目のBOXシートに座った。この車両には20名を超える乗客の姿が見られた。金曜日だが、三連休前だろうか、意外に乗客が多く、嬉しくなった。

 

切符は、割引は無いが往復で購入した。会津若松~早戸間は970円。

 

 

列車は住宅街にある七日町西若松を経て、大川(阿賀川)を渡る。

水は濁っていて、上流域では雨が降ったのだろうと思う。

 

 

 

会津本郷を過ぎ会津美里町に入ると、会津高田手前では仮設住宅の解体工事が行われていた。

2011年3月11日から7年半を経ての光景に、改めてあの天災と人災の大きさを痛感した。

 

 

 

列車は北に進路を変え、根岸が近づくと、右手(東)に稲刈りが進む田が見えた。

 

 

新鶴を経て、会津坂下町に入り、若宮を過ぎると刈田の向こうに見える磐梯山には雲が掛かっていた。

 

 

会津坂下で上り列車とすれ違いを行い、出発後に七折峠に向かって登坂を始める。

 

登坂の途上、左手(東)の車窓からは草木の間から、会津平野にある会津坂下町を中心に点在する住宅地と田園が見える。

草木の効果的な除去・伐採で景観創出をしてもらいたい場所だ。

 

 

 

峠の中にある塔寺を経て、登坂を終え第一花笠から、第二花笠 - 元屋敷 - 大沢と四連のトンネルを抜け、列車は緩やかな坂を静かに下る。

 

会津坂本の手前、木々の切れ間から飯豊連峰を遠くに見る“坂本の眺め”(自称)を通過。かすかに山の稜線が見えた。

 

列車は柳津町入り、会津柳津で10名程の観光客と思われる男性グループを降して出発。

 

 

郷戸手前の“Myビューポイント”で沼沢湖のある奥会津地域の天気を予報する。

雲は薄く、青空も微かに見えたので、雨は降らず、まずまずの天候だと思う。

 

 

 

滝谷を出発して間もなく、滝谷川橋梁を渡り、三島町に入る。

滝谷川の渓谷はこれから色づく気配だった。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館歴史的鋼橋集覧

 

 

 

 

 

会津桧原を出て、桧の原トンネルを抜けると三島町の町花である桐の花の薄紫に塗られた「第一只見川橋梁」を渡る。

今日の只見川は“泥の河”だった。珍しい。上流域で激しい雨が降ったのだろうか。

ただ、只見川はこれから、宮下ダム、上田ダムの各流域で川面の色合いが変わる場合がある。

 

 

 

名入トンネルを抜け、会津西方を経て、「第二只見川橋梁」を渡る。

水深が浅いせいか、濁り具合が強いような感じがした。

 

 

列車は減速し、“アーチ3橋(兄)弟”の長男・大谷川橋梁を、次男・宮下橋を見下ろしながら渡る。

 

会津宮下でも数人の下車があり、そしてツアーと思われる多くの観光客を乗せて出発。

  

 

東北電力㈱宮下発電所の間を通り抜け、その調整池である宮下ダムの直側を駆け抜ける。


 

 

只見川が一旦視界から消えた時、驚いた事に列車が減速した。野生動物との衝突回避と思ったが違った。

再び現れた只見川を渡る「第三只見川橋梁」上をゆっくりと走る観光客へのサービスだったのだ。

私が遭遇する初めての出来事だったが、観光鉄道に生まれ変わろうとしている只見線にとっては必要な事だと思った。

ツアーを企画した会社からJR東日本㈱に依頼があったのか、ツアーを知ったJR側が自主的に行ったかは定かではないが、ツアーが無い時も、土日休日の日中帯は全ての列車で行って欲しいものだ。同時に、録音でも良いので車内アナウンスも行って欲しい。

 

この「第三橋梁」は“撮る人”の為の景観創出が行われた場所でもある。

只見川下流方面(北)の河岸中腹を見ると国道252号線のスノーシェッドがあるが、その一部区間がむき出しになっている。

今年8月の地元紙の報道で知ったのだが、福島県宮下土木事務所が樹木の伐採をしたという。

 *記事出処:福島民報 2018年8月24日付紙面

切られる前は、スノーシェッドは木々に覆われ、その人工物の存在が目立たない程、緑の山肌(河岸)となっていた。

私は“乗る人”である事が大半だが、“乗る人”目線だとこの事業は評価できない。自然美を乗客に提供できる観光鉄道“山の只見線”として国内外にアピールしようとしている中、乗客に人工物を見せてしまうような事業は理解できない。現場をよく見ると木が切り倒されて、回収されていないように見える。

只見線に景観創出事業は絶対必要だが、その対象は第一に“乗る人”でなければならない。“乗る人”の満足を高め、列車の乗る観光客を増やす事がその事業の本分であると思う。

福島県は“撮る人”の為に事業を行い只見線の利活用につなげるという前例の無い取り組みを行おうとしている。ならば、“撮る人”が只見線自体や沿線にもたらす経済効果の数字を示し、納税者の理解を得る必要があるのではないだろうか。

 

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14:40、定刻をわずかに遅れ早戸に到着。

 

下車してホームから目の前の流れる只見川や周辺の景色を眺めていると、川上からエンジン音が聞こえ、モーターボートが川下に向けて進んでいった。

よく見ると5名の作業員が乗り、柄の長い器具とコンピューターが積まれていた。川底の堆積土砂に関する調査であろうか。

 

 

14:54、下した荷物を再び身に着け、早戸駅を出発。

 

満載の中型リュックを背負い、両手にはテント・椅子・テーブル・ポールを一つに括ったものと、ビール2.4Lなどを入れたクーラーバッグを持った。

重量は計っていないが、感覚としては半俵の米袋を三分割しているようだった。特に両手が辛く、距離4km、標高差216mの道のりはどうなるか心配になった。

国道252号線に入り、歩道を50~70mおきに休みながらトボトボと進む。

 

 

早戸温泉「竹のや旅館」の前を過ぎ、右に曲がり沼沢湖に向かう町道を下る。

 

只見川に架かる早三橋を渡り、金山町に入る。渡橋した後は、また上り坂となり、大きなヘアピンカーブが続く。

 

坂を上りきり、平坦な場所に出ると、右手(西)の巨大な遺構を見上げた。

当時、東洋一の揚水式水力発電施設だった東北電力㈱沼沢沼水力発電所の水圧鉄管跡だ。

 

沼沢沼発電所は日本初の純揚水式水力発電所で、当時東洋一の発電能力を持ち1952(昭和27)年11月14日に運転を開始、2002(平成14)年9月12日に廃止された。取水口が沼沢湖(沼)、放流口が只見川(宮下ダム湖)にあった。

 *上掲写真出処:J-STAGE(科学技術情報発信・流通総合システム)「ターボ機械 22巻(1994)5号」東北電力 沼沢沼発電所(亀ケ森恵司著)


現在、この役目は第二沼沢発電所に引き継がれている。

 *参考

  ・水力ドットコム「東北電力株式会社 沼沢沼発電所 跡

  ・会津地域産業観光ガイド「東北電力株式会社 第二沼沢発電所(揚水式発電)


 

 

町道を進むと県道237号(小栗山宮下)線にぶつかり、右に曲がる。ここから道の傾斜はきつくなり、6ヶ所のヘアピンカーブが設けられている。

 

カーブを抜けると右手(北)に開かれた場所が現れる。


 

見晴らしが良く、私が歩いてきた道や水圧鉄管跡が見える。

 

ここから先は道路の脇を流れる沼沢川の急流の音を聞きながら進む。

 

 

気温が上がり、汗が全身から噴き出て、両手全体が荷物の重みで痺れていた。一昨年の11月に会津川口駅~昭和村「喰丸小学校跡」~新鳥居峠~只見駅の67.6kmを約6時間かけて小径自転車で走破した時も辛かったが、今回は目的地に向かう最中に苦痛を感じてしまった。

この時、二つの後悔をした。一つは『これは登山だったのだ』という後悔。思えば沼沢湖は活火山である沼沢が噴火してできたカルデラ湖。『“沼沢登山”をして、頂上でキャンプをするのだ』と考えていれば準備や心構えも違っていただろうと思った。

そしてもう一つが、『折り畳み式のカートを持ってこれば良かった』という後悔。長い上り坂を重い荷物を手に持ちながら歩く事を安易に考え、カートを持ってくる事を考えなかった。おそらくカートがあれば、だいぶ楽だったと悔やんだ。

全ては後の祭り。私は下を向き、必死に足を前に出し、目的地である沼沢湖の風景を思い浮かべながら少しずつ進んでいった。

 

 

 

16:13、沼沢地区の住宅が見え、「沼沢湖0.2km」を示す案内板が現れた。

最後の力を振り絞り、緩やかな坂を上ると、前方に湖畔の砂浜を囲んだ松林が見えた。

 

 

 

16:18、沼沢湖に到着。

1時間24分かかった。

2016(平成28)年2月に初めてここを訪れた時、徒歩で掛かった時間は約40分だった。荷物の有り無しで倍以上の時間が違う結果となった。

 

 

 

さっそく湖水浴場である砂浜に向かい沼沢湖を見る。陽は落ちてはおらず、誰も居ない湖畔は静けさに包まれていた。良い景色で、良い雰囲気だと思った。

沼沢湖は、只見柳津県立自然公園の中にある二重式カルデラ湖。面積3.0㎡、周囲7.55km、水面標高475mで最大水深は福島県内最深の96m。内輪山である「惣山」と「前山」は湖のぞれぞれ西北と西南に位置し、登山道は「沼沢湖一周遊歩道」として約10.5kmの一部に組み込まれている。

沼沢湖畔キャンプ場」の一般キャンプ場はこの湖水浴場を取り囲むようにある。

 

 

私は荷物を下ろし、一息ついてから、受付をするため管理センターに向かった。

管理センター内には売店もあり、薪の他、ビールを含めた飲料やスナック菓子などが売られている。外には自動販売機と公衆電話もある。

入口脇の看板を見ると、受付時間は8時~8時半と16時~17時と限定されているようだった。

今朝電話した際も『係員が居なかったら、先にテントを張っていても構いません』と言われていた事を思い出す。常駐というわけにもゆかず、仕事を兼務しているのだろう。

 

管理センターの中に入り、「使用許可書」に住所や名前などを記入し、使用料1,000円と管理料300円を支払い、「許可書」を受け取った。

第三セクターである「㈱会津かねやま」の代表印が押されていたが、先日の町長選の結果は反映されておらず、前町長の名前となっていた。

 

 

 

キャンプスペースに戻り、場所決めをする。

 

利用者は私一人のようで、どこでも構わなかったが、トイレ(サニタリーハウス)と炊事場が近く、湖越しに「前山」(835.4m)が見える場所にした。

 

トイレ(サニタリーハウス)は男女別になっており、車いす利用者が使える多目的トイレが中央にある。

 

中は木目が目立つ板張りの壁と打ちっぱなしのコンクリ床で清潔感がある。水洗で便座は洋式になっていた。

 

シャワールームもあるが、こちらは水だけが出る夏用のものだ。この正面にはしっかり区切られた更衣スペースもあった。

 

隣りに建つ炊事場も、立派な天然石調の基礎を持つ清潔感のある外観だ。

 

蛇口は5つで水勢は申し分なく、洗い場も広い。

 

カマドは3つあったが、調理台が少し狭い感じがした。

 

 

 

周囲の設備を確認し、缶ビールを飲みながら、テント設営に取り掛かる。テントはColeman社製の「ツーリングドームST」だ。購入後、初めて張る。

 

グラウンドシートを置き、その上にインナーテントを広げる。

 

メインポールを伸ばし交差させ、立ち上げてからインナーテントについているフックを掛ける。あっと言う間にテントができてしまった。

今夜から明日にかけては、風がほとんどない予報だったので、ここではペグは打たなかった。

 

次に、フロントポールを伸ばしメインポールに固定した後、フライシートを被せ、5ヶ所にペグを打ち込んだ。

 

最後に、フロントキャノピーを開けて、キャノピーポールを立て自在ロープとペグで固定して完成。

本来、フライシートのストームガード(4ヶ所)を自在ロープとペグで固定しなければならないが、風が無い事と湿度が低く結露はさほど心配ないということで行わなかった。

  

 

ポールが長く(1650mm)、フロントキャノピーが少し持ち上がり気味になったが、十分な広さの前室ができ嬉しくなった。

グラウンドシートのはみ出しや、フライシートのたわみが少し気になったが、天候が良いのでヨシとした。

 

 

テントの側面には管理センターで発行された「使用許可書」を指示通り取り付けた。

作業中、何匹かの蚊が寄ってきたが、動きは緩慢で容易に退治できた。蚊取り線香があれば、気にすることなく作業ができたかもしれない。

 

 

 


17:18、太陽は間もなく前山の北裾に落ちようとしていた。

 

ここから、食事の準備をする。

テーブルを広げ、BBQコンロを組み立て焚火台に厚手のアルミホイルを巻き、取り急ぎ固形燃料に火をつけて炭火床に置いた。ここで、『あわよくば...』と思い、炭を固形燃料の周りに置いて炭をおこそうとした。

私は空腹が耐えられず、網に食材を載せた。そして、コップにビールを注ぎ、焼けるのを待った。

しかし、炭は黒いままで、火力は弱く、やむを得ずLPガスの小型ストーブを取り出し、フライパンで肉を焼いた。

 

お腹が満たさせ落ち着いたところで、小型ストーブで炭をおこし、BBQコンロで焼肉を再開した。

 

やはり、炭で網焼きは違う。音、煙、香りに刺激され、食欲が復活し、肉と野菜を次々に口に運んだ。

 

 

周囲の様子。

目の前には暗闇中に点々と街灯がある暗闇が広がっていた。

誰もおらず、管理センターの職員も帰り、フクロウなど野鳥の鳴き声が響いていた。

 

 

そして18時20分頃、只見川の河段段丘でこだました只見線の列車の汽笛が、ここまで聞こえてきた。列車は見えないが、時を刻むこの汽笛が只見線沿線の人々の生活に根付いているであろうと想像した。以後19時30分頃、21時頃、23時頃の計4度、山間にキハ40系の咆哮が響いた。

 

 

 

夜も更け、静けさは深まり、孤独感も増す。一人最低限の照明で静寂を楽しむ事が理想だとは思ったが、(出没したことが無い)クマの存在も完全に忘れる事はできず、背後にあるトイレと炊事棟の照明を付けさせてもらった。音楽も流し続け、“万が一”が無いようにした。『出ることは無い』と言われていても、キャンプ場に一人しか居ない事を考えると、備えは必要だと思った。

テントのフロントキャノピーポールに固定したLEDランタンなどの照明に蛾などの虫は、ほとんど寄ってこず、気にする事無く食事をすることができた。寒くもなく、虫が少ないこの時期のキャンプは良いと思った。

  

 

その後、20時を回った頃、満腹となり、ビールの酔いが回り、夜勤と“沼沢登山”の疲れで眠気が襲ってきた。

炭がほとんど灰になったことを確認し、食品の臭いが出るゴミを二重に袋詰めし、少しテントに入り横になった。

気温は下がらず、ジャンパーを羽織らずとも寒くはなかった。寝床は、地面-グラウンドシート-テント-アルミロールマット-寝袋、という構成で、快適だった。

 

 

 

22時を過ぎて、テントから出て、空を見る。

雲は無く、満天の星空が広がっていたが、街灯の明かりが強いようで、よく見えなかった。

この街灯は午前2時に自動消灯となるようで、それまではキャンプ場に適度の明るさをもたらす分、星空を堪能することはできない。

せっかく自然豊かな高地で、キャンパーは星空を期待するのだから、照明に傘を付けるとか、20時~24時までを自動消灯にするなど対策をして欲しいと思った。

 

 

テントに戻り、若松の豆腐店の絹ごしを肴に若松の地酒をいただこうと思ったが、寒気を感じたため諦め、再びテントの中に入った。

 

その後24時前に寝ることにした。(出没したことが無い)クマ対策でLEDライトを点け、音楽を流し続け、『後は天に運を任せるだけ』と思い、眠った。

 

 

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6:01、物音がして目を覚ます。十分明るくなっていた。

 

テントを出て周囲を、見ると霧が立ち込めていた。

 

『クマは出没したことが無い』事をやっと実感し安心するが、物音の正体が気になった。管理棟の方から聞こえてきたが、最後まで分からなかった。鳥が何かをつつくような音だった。

 

 

昨夜、呑もうとした地酒「会津中将 純米生貯蔵酒」。郡山では見かけない二合瓶だ。帰宅後に呑む事にした。

 

 

 

トイレに行った後、トイレと炊事場の照明を切り、テントに戻り朝食の準備をする。

まずはコーヒーを湯煎。コップを忘れたため、この方法と取ることにした。

 

そしてホットドッグを作る。コッペパンの中央に切れ目を入れてウィンナーを挟み、アルミホイルで包み込む。

それを牛乳パックの中に入れて...、

焚火台に置き、火をつける。あとは、牛乳パックが燃え尽きるまで待つ。

 

10分ほどで完成。両端が焦げたが、これはアルミホイルを二重にするなどすれば防げるという。

ケチャップをかけて食べる。ウィンナーにはしっかり火が通り、パンは香ばしい。もう一本焼き、腹が満たされた。旨かった。

 *参考:国立青少年教育振興機構 「体験・遊びナビゲーター」牛乳パックでホットドッグ

 

 

 

7:33、太陽の光は強くなり、草木の緑が鮮やかに見えるようになってきた。霧は晴れはじめ、青空が見え出した。

 

湖水浴場の松林に目を向けると、ハッとする光景が目に飛び込んできた。

これを見て、『キャンプの楽しみは、朝が明ける瞬間と移ろいが見られることでもある』と思った。

 

 

約20分後の松林。

 

そして、さらに10分後の松林の様子。同じ風景が自然環境によって見方が大きく変わる。静寂の中、これを見るだけでもキャンプをする価値があると感じた。

 

 

沼沢湖の霧もほとんど晴れてきたが、湖上に帯状の霧が残っていた。

 

不思議なことに霧の下の湖面の色合いが違っていた。初めて見る光景。

 

 

 

8:51、沼沢湖の霧がほとんど消え、湖上に浮かぶ「前山」(835.4m)と「惣山」(816.3m)の稜線が見えるようになった。

湖の透明度と空の青さ。素晴らしい風景だと、改めて思った。

 

 

 

ここで、散歩に出かける。

左に南会津町田島出身の細井良雄氏(元広島市立大学芸術学部教授)の彫刻「とびたいガルダーのように」を見る。

“ガルダー(ガルダァ)”とはサンスクリット語で、インド神話に登場する、炎のように光り輝き熱を発する神鳥を意味するという。湖畔には細井氏の作品「沼沢湖の乙女」もある。

 *参考:奥会津書房 新聞掲載コラム「奥会津に棲む神々 乙女の像

 

沼沢湖を見下ろすと、昨夕より透明度の高さが感じられた。綺麗だなぁと思い、しばらく見入った。

 

しばらく湖岸に敷設されたサイクリングロードを進む。

 

湖との間にはフェンスが張り巡らされている。

東北電力㈱第二沼沢発電所の取水口(揚水放出口)を取り囲むものだ。

 

湖水浴場のそばにある東北電力㈱第二沼沢発電所取水口ゲート室の柵に工事を終えた当時の取水口の写真が掲げれていた。

この水面下にこのような構造物があるとは思えない。

湖面の境界はキャンプ場から見えるフロートの先にある鉄製柵から、その先に浮かぶフロートまでの約300mの区間のようだ。沼沢湖の水深は約96mだが、発電取水は30mの位置で行わているという。

 

 

先に進むと、宿泊施設である『Dom’Up 沼沢湖』のツリードーム3基が見えた。

㈱ネイチャーマインド(京都府)が「福島県金山町地域活性化プロジェクト」で設営したものだが、稼働率はどうであろうかと気になった。

 

 

さらに進むと「東京金山会の森」の石碑が見えた。このあたりの町有地に杉を植えたという。

下の「覚書」には以下の記述があった。

金山町民及び東京金山会に加入する会員の健康増進・自然保護思想の向上及び愛郷心の啓発と交流を図る事を目的として金山町大沢沼沢字長窪地町有地面積二万八千八十四平方米に杉苗を植樹し「東京金山会の森」を設置した事を伝承する
平成5年6月13日建立
東京金山会

 

 

この先には「東北電力㈱沼沢沼発電所」の取水口跡がある。

素晴らしいロケーションにある産業遺構だ。

 

 

そして、藤ヶ崎を通り過ぎ、散歩の目的地である場所についた。

昨年11月、紅葉の最盛期に訪れた際に、その光景に息をのんだ場所だ。色づく前の姿を見たいと思っていたが、緑でも見応えがあった。

湖の質の良さが、この景色を生んでいるのだろうか。

 

 

 

ここから引き返す。

 

「惣山」(816.3m)の全容を見る。

「前山」(835.4m)の全容を見る。

「惣山」と「前山」、沼沢湖を取り囲むこの二つの内輪山には、湖岸の東側とをつなぐ「沼沢湖一周遊歩道(トレッキングコース)」があり、整備は行き届いていないものの、良い眺めが多いコースとなっている。特に「前山」の東端にある開けた岩場からの“沼沢俯瞰”(自称)は素晴らしい。是非、多くのハイカーに歩いてもらいたい。同時に、「只見線利活用事業」の一環としてコースの整備をすることを検討して欲しい。

 *参考:拙著「金山町「惣山・前山 トレッキング」 2017年 深秋

 

 

 

キャンプ場に戻り、湖水浴場を歩き、水中にヒメマスの姿を追った。

時折跳ねる音や、湖面に広がる波紋を追うと、素早く動く黒い影をようやく見つけた。

多くのヒメマスが、すばしっこく水中を動きまわっていた。

沼沢湖は県内唯一のヒメマス生息地で、放流も行われている。場所は離れているが釣りも可能で、シーズンになると多くの太公望が訪れるという。

 

 

 

これで、沼沢湖畔の散歩を終え、キャンプ用品の片づけに取り掛かった。

晴れて、日向の芝生も乾き、フライシートなどについた結露や水滴をしっかり乾かしながら畳むことができた。

キャンプは撤収日の天気が良いと、すっきりした気持ちになる。

 

 

 

10:39、全ての片づけを終える。ゴミは持ち帰る事にした。

ゴミは、ここでも処分できるが、その際は管理センターで専用のごみ袋を購入し、センター脇の投棄場所に置く必要がある。 

 

荷物を持つと、ビールや食材が減り、往路よりも軽くなっていた。

 

 

周囲を見渡すと、人が増えていて、テントも4張り見られた。

もちろん、皆さん車かバイクで来ているようで、私のような“早戸駅から徒歩”の方は居なかった。

 

10:50、「沼沢湖畔キャンプ場」を後にして、歩き出す。

 

 

 

早戸駅から只見線の列車に乗る前に、「早戸温泉 つるの湯」に立ち寄る事にした。

 

県道237号線に入ると、往路登坂の苦しみを思い出したが、下り坂で足がどんどんと前に進み、気持ちよかった。

 

三坂山を前方に見ながら下る。

 

“見晴らし区間”から只見川上流を見る。台風接近とは思えない、綺麗な秋晴れの空が広がっていた。

 

 

県道を左に曲がり町道に入る。平坦部に差し掛かろうとする場所で沼沢川と交差する。

流れが急で、カルデラ湖からの定量流出であることを考えると小水力発電の適所ではないかと思う。この自然の恵みを生かし特徴を出すことも只見線の利活用につながると思う。

 

 

11:25、只見川に掛かる早三橋(昭和52年12月15日竣功)を渡り、上流を見る。

右側上部に見えるのが「早戸温泉 竹のや旅館」で早戸地区にある。左側に見えるのは雨沼集落だが、その奥には1964(昭和39)年に裏山崩落で集団移転を余儀なくされた三更集落があった。“早三”橋とはこの早戸地区と三更地区を結ぶ事に由来しているようだ。

 

下流を見ると、眼下に沼沢沼発電所の放水口跡が見える。

 

 

町道の坂を上り、国道252号線にぶつかり左に曲がる。

 

「竹のや旅館」の前を過ぎると、歩道が無い路側帯区間が50mほど続く。歩く際は注意が必要だ。

 

湯の上橋を渡り、歩道をしばらく進み草木が途切れると、目的地を見下ろすことができた。

 

11:39、「早戸温泉 つるの湯」に到着。多くの車が駐車していた。

 

エレベーターを使い、受付のある1階に向かう。この入口は3階となる。

入湯料は500円。多くの方が休憩所に居た。

 

体をゆっくりと洗い、露天風呂に移動。誰も居ない湯舟にゆっくりと浸かった。眼下には只見川が流れ、目の前は雨沼集落越しに屹立する沼沢の山肌が見られ、視覚も癒された。

活動の締めに温泉を利用できるのは素晴らしい。

 

「つるの湯」には50分ほど滞在し、後にした。

 

 

坂を上り、国道を進み早戸温泉郷トンネルを抜けると、駅が見えてきた。

 

早戸駅に到着。周辺の景色を見ながら、「つるの湯」で手に入れたビールを呑む。

 

 

12:50、定刻をわずかに遅れて会津若松行きの列車が入線。荷物を抱え乗り込む。

 

 

「第三只見川橋梁」を渡る。水は濁っていたが、強い日差しが川面にきらめいて、なかなか良かった。

 

 

「第二只見川橋梁」を渡る。天気が良かっただけに、川の濁り具合が惜しいと思った。

 

 

「第一只見川橋梁」を渡る。こちらは川の濁りが河岸の緑を際立たせ、右岸(写真の左)の駒啼瀬峠の険しさがはっきりと確認できた。

 

 

車内の様子。私が乗ったラッピング車両は冷房が壊れていた為、扇風機が回り、車掌が窓を開けていった。朝から気温が上がり、夏を思わせる陽気になっていた。

 

 

 

列車は会津宮下会津柳津などの主要駅で複数の客を乗せていった。

 

会津坂本に到着すると、左側の車窓からは飯豊連峰のなだらかな稜線が見えた。一部白いものが見えたが、何かは判別できなかった。雪ではないだろう。

 

 

塔寺を経て会津平野に入り、会津坂下で多くの高校生が乗り込み、車内は一層に賑やかになってきた。

 

 

根岸を過ぎると、まだ残る黄金の穂越しに、会津盆地の一部を取り囲む西部山麓の稜線が見えた。

   

 

大川(阿賀川)を渡り、会津若松市街地に入る。

 

 

西若松を過ぎると、磐梯山が見えてきた。

 

 

14:27、定刻をわずかに過ぎて会津若松に到着。

 

1番線に移動し、郡山行きの列車を待った。向かい側のホームには旧国鉄色のキハ48系を連結した新津行きの列車が停車していた。旅情が掻き立てられるカラーリングだと思う。

 

 

15:05、郡山行きの列車が100%以上の乗車率で出発。

今日は三連休初日の土曜日。しかし列車は2両編成。観光都市である会津若松と新幹線駅である郡山(東北新幹線)を結ぶ列車が、2両で指定席も無いという状態は改善されるべきだと思う。JR東日本はクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」を停車させるくらい会津若松の“観光力”を認識しているはずだ。JR東日本には会津若松~郡山間に、土日休日は4両編成以上の列車を運行させ、指定席の設定も早急行ってほしい。福島県をはじめとした行政も、観光産業が東日本大震災以後の県にとって重要であることを強く認識し、JR東日本に要望してほしい。

 

 

  

列車はわずかに遅れ、無事に郡山に到着。駅上空には秋の青空が広がっていた。

 

沼沢湖畔でのソロキャンプは、好天のうちに無事終わる事ができた。

只見線を利用し、徒歩移動で沼沢湖畔でキャンプをするのは無謀なことではなく、お勧めできるネイチャーアクティビティだということが今回の旅で分かった。今回のように、平日は利用者が無く心細い思いをするかもしれないが、「ソロキャンプ」は深まる静寂の中で大自然を独り占めできるという特典もあり、敢行する価値はあると思う。

 

「沼沢湖畔キャンプ場」を訪れる際は、次の心構えと準備が必要になる。

 ・道路を歩くが片道1時間程度の“沼沢登山”で、頂上でキャンプをするという心構え

 ・背負いきれない荷物は折り畳み式のカートを準備し運ぶ。

約5600年前の噴火で上部が吹き飛んだ沼沢を登山するつもりで坂道(町道・県道)を上り、美しいカルデラ湖(沼沢湖)を持つ“頂上”でキャンプができると思えば、早戸駅からの片道1時間程度の徒歩移動は、さほど苦にならないのではないだろう。

 

食材やテントなどリュックに入りきれない荷物は、折り畳み式のカートを用意し、これに載せて運ぶことで筋肉の疲労は軽減でき、私が経験したような過度な負担(苦痛)を感じることはないだろう。

 

奥会津地域を中心に手つかずの自然の中を走る只見線にとって、下車して自然を堪能できるキャンプというアクティビティは重要な要素となる。今回「沼沢湖畔キャンプ場」でソロキャンプを経験し、私はその思いを強くした。

 

只見線沿線には他「只見町青少年旅行村・いこいの森」、「柳津森林公園」というキャンプ場が奥会津地域にあるが、川沿いには無いのが現状だ。只見川の支流で、駅から徒歩圏内の滝谷川大谷川野尻川の河原はキャンプ場としての適性はないだろうか。現運休区間では風来沢(本名駅)、山入川(会津横田駅)、滝沢川(会津大塩駅)、塩沢川(会津塩沢駅)、蒲生川(会津蒲生駅)などが駅チカで河原を持つ川(沢)として挙げられ、会津越川駅は大川入沢が只見川に注ぐ付近はキャンプができる場所として検討できるのではないかと思う。

 

川沿いは鉄砲水や水難事故の危険性があり、奥会津ではクマの出没にも配慮が必要で、簡単にキャンプ場を設置できないかもしれないが、一定の安全性が確保されるのであれば、シーズンに水場とトイレを仮設設置し開場する方法も考えられるのではないか。

 

只見線は乗るだけでなく降りても自然を楽しめる、という雰囲気・文化を作るための入口にキャンプは適していると思う。観光鉄道“山の只見線”として多くの地域住民・国民に認知されるよう、福島県を中心とした「只見線利活用推進事業」ではキャンプについて研究してもらいたい。

私は来期以降、只見線に乗って只見町と柳津町のキャンプ場を訪れ、また各“候補地”を改めて訪れて、キャンプの可能性を探ってみたいと思う。

 

(了)


前述したように、只見線の乗車が今回で50回目となった。

福島にいる間、私は只見線に『豪雪地域・只見を走る、地元にある長いローカル線』という印象を持ち、どうしても乗りたい路線ではなかった。初乗車は上京18年目で、当時読み終わった司馬遼太郎著「峠」の登場人物であった河井継之助の出生地である長岡を訪れて、戊辰・北越戦争で重症を負った継之助が、最後に目指した会津若松に行くために小出から全線に乗車したものだった。只見線に特別な感情を持っていなかった、というのが正直な当時の気持ちだった。

しかし、東日本大震災を機に東京圏での22年の生活を終え、Uターン後にしばらくしてから只見線に頻繁に乗るようになり、その気持ちは変化した。

自然の中を走るローカル線は全国に数多くあるが、只見線は独特だ。

まず、ダム湖が連続する中で「第一」「第二」「第三」を中心とした各橋梁上から見ることができる“水鏡(湖面鏡)”や、沿線に点在し自然に溶け込んでいる曲り家や赤や水色のトタン屋根、会津平野の広大な田園など、国内の他の路線では見られない景観が、四季折々ではっきりと表情を変え車窓から見ることができる。

そして会津地域が持つ武家・仏教文化が沿線にちりばめられ、列車を降りても旅を楽しむことができる。“会津”の名の発祥の地である御神楽岳や伊佐須美神社が沿線にあることも大きい。

これらの事を早くから知っていれば、私の乗車回数はもっと増えていたかもしれないと思えるほど、只見線には魅力がある。だから、只見線が超赤字路線である事が不思議でならず、沿線自治体の思惑を超えて体系的に魅力をアピールしてゆけば、乗客は必ず増えると私は確信している。

 

私は、今後も只見線に乗り続け、車窓から見える風景の素晴らしさ、沿線の見どころを伝え、埋もれた観光資源の可能性を探ってゆきたいと思う。

まずは、これから見頃を迎える紅葉のシーズンに51回目の乗車をしたいと思う。


最後に、今回使用したキャンプ用品を紹介したい。

 

●KingCamp「ロールテーブル アウトドア キャンプ ソロ アルミ」

組み立てると幅44×奥行29cmの大きさで、高さは15cmとローチェア利用時には程よい。

デザインが秀逸で、蛇腹状のアルミを平らにして、両側に長いボルトを差し込んで平らになる仕組み。アルミ部分に綺麗に収まっている4つの脚を広げて完成となる。

折りたたむと48×8×8cmと棒状になり、0.85kg と軽量ながら、耐荷重は30kgと堅牢だ。

付属のナイロンバッグに入れると、これがテーブルだとは思えない見た目となる。

素晴らしい小型テーブルで、荷物を抑えたいソロキャンプには最適な製品だと思った。

 

  

CAMPINGMOON「ミニBBQコンロ」

3段階に高さを調節可能なバーベキューコンロとして使える。材質は鉄とステンレス鋼。

網(グリルネット)を外せば、焚火台として使える。

部品は5点(①グリルネット、②焚き火台、③炭火床、④ベースプレート、⑤グリルブリッジ)。

綺麗に重なり、収納バッグに無理なく入れる事ができる。収納時のサイズは20×20×6cm。重量は約1.6kg

 

 

●Coleman「パックアウェイ クッカーセット」

●Coleman「アウトランダーマイクロストーブ PZ」

クッカーセットはアルミ製で、フライパンとフタ付き片手鍋(約1.7L)のセット。内側は焦げ付き防止加工がされ、ハンドルは真っ赤なシリコン製で握りやすい。

 *フライパン:約16.5(直径)×4(高さ)cm/片手鍋:約15.3(直径)×9(高さ)cm

マクロストーブ(小型LPガスバーナー)は小型LPガス缶(230g)で1~2時間燃焼可能で、点火はボタン着火式。

 

当初、snow peak「トレック900」が小型軽量で良いと思ったが、白米のレトルトパックをそのまま加温できるこのクッカーにした。

クッカーは大きく嵩張るのが難点だが、その分、片手鍋の中にLPガス缶(230g)が入るので良い。

マイクロストーブは五徳が折りたたみ式なので、専用ケースにすっぽり収まり、荷物の隙間に詰め込みが可能だ。

 

「クッカーセット」の収納時サイズは約18.5(直径)×14(高さ)cmで480g。「マイクロストーブ 」は手のひらサイズで200g。

 

 

●Coleman「2マルチパネルランタン」

最大400ルーメンの明るさを持ち、USB充電ポート(1口、出力5V/1A以下)が付いている。

Highモード(400lm)で17時間、Lowモード(40lm)で200時間の照射が可能。サイズは12×9cm、高さ19cm。重量650g。

 

このLEDランタンの特徴は、2つの発光パネルが取り外し可能であること。パネルは本体からの充電式で、High-Low-Spot(懐中電灯)の3モードがある。

発行パネルの裏には磁石がついていて、スチール製のポールなどに取り付けられる。またハンドルもついているので、立て掛けたり、手に持ったりして使える。

電源はアルカリ単一形乾電池を4本使うが、私は単三乾電池(充電式)をスペーサーに入れて使用した。

 

列車を利用して行うキャンプは、重量もさることながら、使用時に十分な機能を発揮し、収納時にコンパクトになるという条件を満たさなければならず、何を選んだらいいのか悩んだ。これらの道具は、地元のアウトドア用品店に足を運び、ネットの情報を吟味し選んだものだ。

もっと良い道具があるかもしれないが、今回は不備なく満足できるソロキャンプを行うことができたので、良い道具を選んだのかもしれない。

 

また、これらキャンプ用品とともに、只見線を利用してキャンプを行いたいと思う。

 


・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて」/「JR只見線 福島県情報ポータルサイト

*参考:政府 インターネットテレビ「見どころたくさん 福島に来てくなんしょ!」(2017年1月26日)

 

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

よろしくお願い申し上げます。

次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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