金山町「東北電力㈱ 伊南川発電所」 2017年 初夏

1938(昭和13)年に山を貫き9.5kmの水路隧道を敷設し発電を開始した「東北電力㈱伊南川発電所」。この表出導水管と取水口(堰)を見るため、JR只見線を利用して会津越川駅に向かった。

この発電所は只見川沿いにありながら「伊南川発電所」という。

発電所は金山町の只見川沿いにあり、大量の水が只見川に放出され続けている。 伊南川の水を取水して利用しているため“伊南川”発電所というようだ。

この伊南川は只見川水系で只見駅の東南500mの位置で只見川に合流している。ここから上流の只見町坂田地区に発電所の取水口があり、発電所から南に直線距離で約8km離れ水路隧道(トンネル)で結ばれている。

国土地理院電子地図(http://dkgd.gsi.go.jp/)にはこの隧道が破線で記されていて、伊南川発電所の“全貌”を確認することができる。*下掲地図は筆者が送水管位置や文字などを加筆している。


よく調べてみると、水路式水力発電所と隧道はセットのようで、長短はあるが全国に見られるようだ。

「伊南川発電所」は当時の新潟電燈㈱が1935(昭和10)年12月1日に建設工事を始めた。昭和初期に9.5kmの水路隧道を敷設した当時の土木技術の高さに驚かされる。

工期は3年で1938(昭和13)年10月13日に送電を開始した。

当時の様子について金山町史出版委員会が編集した「金山町史」には以下のように書いてある。

ほとんど隧道で通水しているので、耕地・山林等を買収することが少なく、地元住民の生活に影響を与えることは僅少であった。そのためわずかの補償ですんだので、工事もスムーズに進捗した。(出処)金山町史出版委員会編集「金山町史」p544

 

「東北電力㈱伊南川発電所」の概要は以下の通り。

発電形式(落差を得る方法):水路式
水車:立軸フランシス水車
出力25,000kw×1台
最大出力:19,400kw(常時出力:5,200kw)

導水路:総延長9671.9m

主要導水路 幅3.8m×高3.8m

取水位標高:432.3m

放水位標高:314.0m

*出処:水力発電所ギャラリー 東北電力㈱ 伊南川発電所

*参考:福島県「小水力発電関連情報のページ

「小水力発電の基礎知識」(PDF)(2015年7月29日、全国小水力利用推進協議会 石坂朋久氏)

 

只見川電源開発の先鞭をつけた「伊南川発電所」は、JR只見線の原点とも言える施設だと私は思っている。

「伊南川発電所」が運用開始から順調な発電行い、只見川水系の安定した水量が証明された為、その後「只見特定地域総合開発計画」(1951(昭和26)年)、「只見川電源開発計画」(1953(昭和28)年)の策定と、田子倉ダム(発電所、1959年)、滝ダム(発電所、1961年)、本名ダム(発電所、1954年)、上田ダム(発電所、1954年)、柳津ダム(発電所、1953年)の完成・発送電開始へと順調に進んでいったと私は考えている。。

田子倉ダムの建設により、電源開発㈱田子倉発電所建設専用線(会津川口~宮渕、32,3km)が敷設され、その後この路線は国鉄線(当時)に組み込まれ(1963(昭和38)年)、只見線が会津若松から只見までつながる事になった。*只見~大白川開業による只見線全通は1971(昭和46)年 8月29日

そして、滝ダムより下流のダム湖は渓谷に沿った長大な湖水鏡を創り出し、第八(滝)、第七(本名)、第五(上田)、第四・第三(宮下)、第二・第一(柳津)各橋梁からの絶景と、橋梁を中心とした景観を私たちに見せてくれる。  

 

初めて「伊南川発電所」を見た時から存在が気になっていて、今日ようやく水路隧道を除く、全施設を見る事ができた。

 

旅程は以下の通り。

・会津川口駅まで只見線に乗車し移動。

・会津川口駅付近にある“金山町図書館”に行き、関連資料を見る。

・会津川口駅から先は輪行してきた折り畳み自転車を利用して、会津越川駅に向かう。

・会津越川駅から「伊南川発電所」に向かう。

・国道252号線を左折し県道352号線に入り、金山町山入地区にある“表出導水管”を見る。

・“表出導水管”付近にある大岐ダム(調整池)を見る。

・県道353号線を走り松坂峠(598m)付近にある「癒しの森」を見学する。*別稿

・只見町坂田地区にある「伊南川発電所」取水口を見る。

・国道289号線を西進し只見駅に向かう。

 

 

 


早朝、郡山駅の上空は厚い雲で覆われていた。

急ぎ駅構内を通り抜け、1番線に向かう。

 

5:55発の磐越西線の始発列車に乗り込み、定刻に出発する。

今日は土曜日で「小さな旅ホリデーパス」が使えるが、只見町で一泊するため、切符は「Wキップ」を利用することにした。

 

郡山富田、喜久田を過ぎ、磐梯熱海駅手前では磐梯グランドホテル跡地で進む行政センターと“フットボールセンター”の工事の様子が見られた。

熱海町は福島県の中心都市・郡山の北西にある温泉地で、東北新幹線郡山駅から15.4km、16分の至近距離ある。この施設のオープンを機に、新たな人の流れが生まれ、磐梯熱海温泉の利用者が増えるよう政治・行政関係者には努力して欲しい。

*参考:郡山市「熱海町駅前市有地整備事業の基本方針」(PDF)

 

 

磐梯熱海を出ると、中山宿を過ぎ、沼上トンネルを抜けて会津地方に入る。

 

上戸、関戸、川桁の各駅を過ぎると磐梯山が姿を現す。

霞みがかっていたが、両の山稜が見えた。

会津に来たことを実感できる光景の一つ。

 

 

列車は猪苗代町から磐梯町を抜けて会津若松市に入る。

7:09、定時に終点の会津若松駅に到着。

改札を抜け駅舎を見る。

天気予報通りであったが、上空には青空も広がり、安心する。

 

券売機で会津川口までの切符を購入して、再び改札を通る。

連絡橋から磐梯山を見ようとするが、霞んでみる事ができなかった。

4番ホームに降り、列車に乗り込む。

今日は団体のツアー客がいるようで、車内は賑やかになった。

 

 

7:37、列車は定刻通りに出発。

七日町西若松を過ぎ、阿賀川(大川)を渡ると、多くの釣り客が見えた。

今日から解禁になった鮎釣りを楽しむ太公望達だ。

 

会津川口までは1,140円。往復が確定している身からすると高額だ。

只見線に曜日を問わぬ二日間有効の往復切符が3,000円程度で用意されれば、誘客・集客が見込めると思う。

 

列車は会津本郷会津高田根岸新鶴若宮と会津平野に広がる緑の絨毯の中を進む。

 

会津坂下を過ぎ、ディーゼルの重い音を響かせ、列車は七折峠に向かってゆく。

私が乗った車両は横2×1に並ぶBOXシートだった。 

輪行バックを抱える身からすると、1席対面BOX席は助かる。

 

塔寺会津坂本を経て会津柳津を出ると鉄路が右カーブし、田んぼと小さな集落越しに山々が見える。

私が気に入っている風景の一つだ。

 

郷戸を過ぎて滝谷を出ると、間もなく滝谷川橋梁を渡る。

白い岩肌がアクセントとなった、人工物の見えない緑に包まれた渓谷だ。

 

次駅の会津桧原を出て、トンネルを抜けると間もなく紫の橋桁が見えてくる

第一只見川橋梁」だ。ここから只見線と只見川の濃密な付き合いが始まる。

 *以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館(http://www.jsce.or.jp/library/archives/index.html)「歴史的鋼橋集覧

 

北に目を向けると、柳津ダムが創り出す湖水鏡が見られ、今日は輪郭だけではなく木々の茂り具合までも映し出していた。

 

次の会津西方を過ぎると、列車は名入の小さな集落の中を緩やかに左カーブを取り進んでゆく。

そして「第二只見川橋梁」を渡る。

この橋梁では東側を見る。

電線が邪魔だが、長い只見川の直線部に掛かり、合わせて柳津ダムが創る湖面鏡ものびている。

この「第二橋梁」は車窓からの風景が素晴らしい。

...しかし、この電線は全線復旧までに橋梁の下を通すなどの景観創出策が必要だ。金山町・福島県・JR東日本・東北電力の4者で協議し実現して欲しい。

 

次の会津宮下で会津若松行きの列車とすれ違いを行い、列車は間もなく宮下ダムに差し掛かる。

このダムは只見線沿線ダムで唯一「ダム水路式」を採っていて、ダム躯体に発電設備が一体化していない。

宮下ダムは「只見特定地域総合開発計画」(1951(昭和26)年)策定前の1941(昭和16)年に着工され、戦時中の物資不足の中で工事中断などを経て、戦後復興期の電力不足に対応するため突貫工事で1946年(昭和21)年に運用開始された。

上田ダムをはじめとした「ダム式」を採らず、唯一「ダム水路式」になったのは設置場所の地理的要因もさることならば、この歴史に由来しているのかもしれない。興味深い。

 

列車は宮下ダム湖の直近を通る。

トンネルやスノーシェッドが多いが、「第八只見川橋梁」に並び、長く湖面鏡を楽しむ事ができる。

 

列車はいったん只見川(宮下ダム湖)と分かれ、渡河するために「第三只見川橋梁」に向かってゆく。

「第三橋梁」は野趣味あふれる鉄道橋だ。

500~800m級の山々の稜線が重なり、両岸に迫る木々は奥会津の自然を堪能でき、四季の表情の変化は見ごたえがある。

湖面鏡に“はずれ”が無く、必ず車窓からの風景を楽しめると私は思っている。

“撮り鉄”諸氏にも人気の鉄橋で、同じ三島町にある「第一橋梁」と双璧を成す存在とも言われている。

 

列車は滝原と早戸の両トンネルを抜けて、“秘境・絶景駅”である早戸に到着。

が、駅と只見川の間には草木が生い茂り、景色を見通せない。

ここも「第二橋梁」同様、景観創出策が必要な場所だ。

鉄路盤の崩壊に影響しないのであれば、この草木を伐採し、車窓から見通せる景観を創り出して欲しい。

 

列車は早戸を過ぎて間もなく“めがね橋”上を駆け抜ける。

8連コンクリートアーチ橋で緩やかにカーブしている。

 

その後、国道252号線と只見線の間にある下大牧集落の脇を通過。

傾斜急で大きく、鮮やかに塗装された屋根を持つ集落越しに、岩肌が露出した雪食地形の山々の斜面が見える。

 

列車は間もなく会津水沼に到着。只見線は保守工事の最中にあるようで、軌陸両用の重機とユニック車が整然と並んでいた。

交換された枕木が並べられていた。

この枕木から箸などの木製具を作れば、土産物になるのではないだろうか。

 

会津水沼を出発すると、列車は間もなく「第四只見川橋梁」にさしかかる。

一部が下路式の曲弦トラス橋のため、車窓からの景色を鋼材が邪魔してしまう。

今後、不通区間の復旧工事で「第六只見川橋梁」と「第七只見川橋梁」が上路式トラス橋から、この「第四」と同じように下路式トラス橋に変更になる予定だ。

これら橋梁を流出させた「平成23年7月新潟福島豪雨」を教訓にした変更だが、車窓からの景観が損なわれる事を思うと複雑だ。

せめて本名ダム直下を高高度で開放的に駆け抜ける事ができる「第六」だけでも上路式に変更できないかと思う。

 

渡河すると列車は只見川と平行して走る。

ここでは電柱電線が景観を損ねている。

また、やや遠くに姿を見せる上田ダム湖の北面には雪食地形が目立つ特異的な山肌が見られるが、ここでは電線電柱と杉木立が車窓からの景観を損ねてしまっている。

この区間も景観創出策を施すことで、只見線の乗車価値は更に高まると思う。

杉木立は鉄路盤の崩壊・流失を防ぐ効果もあるため伐採が難しい場所があると思われるが、枝打ちだけでも効果はある。

また電線電柱は半地下化するなど実現可能で低コストな方法を探せば無くせると思う。

運休区間の復旧工事と合わせ対策し、全線開通時には実現して欲しい。

 

列車は中川地区居平の集落を右に見て進む。

そして、まもなく会津中川に到着。

ここで会津若松から乗車していたツアー客が多数下車し観光バスに向かっていった。

この駅で降りる団体客を初めて見た。

近所にある「道の駅 奥会津かなやま」や「中川温泉 ゆうゆう館」に立ち寄るのだろうか。

 

会津中川を出発すると大志集落の脇を通り、只見川沿いを走る。

上井草橋の先にはこの列車の終点が見えてくる。

上田ダムの貯水量が多いようで、湖面鏡が周囲を美しく映し出していた。

 

9:40、ほぼ定刻通りに、現在の終点である会津川口に到着。

今日もホームにはきれいな花が咲いていた。

 

ここから先は2011(平成23)年7月30日以後列車が走っておらず、鉄路も錆びていた。

しかし、今月19日に福島県とJR東日本が基本合意した事で鉄路での全線復旧が叶いそうだ。

 

駅構内に入り時刻表を見上げると左側の「下り 只見方面」が空欄になっていたが、ここも4年以内には記載される事になる。

構内に併設された売店にある金山町の公式キャラクター「かぼまる」はどうかと思ったが、こちらは生の姿で特産品である赤カボチャのマドレーヌの脇に可愛く座っていた。

 

 

 

ここからは自転車を利用する。

表に出て、輪行バッグから折り畳まれた自転車を取り出し、組み立てる。

そして、駅前から坂を登り金山町役場に向かった。

役場は只見川が作った平地の少ないV字谷に立地するためか5館のビルになっている。

隣接する金山町開発センターに入る。

入口の正面に薄暗い図書スペースがあった。

ここが、金山町中央公民館図書室だ。

「伊南川発電所」関連の本を探すが、見つからず「金山町史」を手に取る。

中には「伊南川発電所」をはじめとした只見川電源開発や只見線の歴史が記載されていた。

貴重な情報が得られた。

 

 

その後、坂を下り国道252号線に戻る。

野尻川を渡り旧道に入り、只見線の運休区間の様子を見る。

運休から6年5か月。鉄路は全体が錆で覆われ、内部まで侵食しているかのようだった。

復旧工事でこのレールは使われるのだろうか。

 

国道252号線に戻り、自転車を進める。

間もなく「第五只見川橋梁」が見えてきた。

この橋は一部流失している。

復旧費は約2億円を予定していて、二本の橋脚に二つの橋桁が架けられる。

 

再び国道252号線を進み、本名地区で只見川沿いに行く道に入る。

本名ダムを正面に見る場所に着く。

主要部が流出した「第六只見川橋梁」が見える

場所を変え、橋梁を見上げる。

この「第六橋梁」の復旧工事は本格的な架橋工事が行われる。

まずは、現在予定されている「下路式曲弦トラス橋」ではなく、「上路式トラス橋」か、思い切って「上路式アーチ橋」にして車窓から開放的な景色や、撮影が楽しくなる景観を創り出して欲しい。

そして本名ダムを背景に進めらる架橋工事で、進捗をインターネットで開示したり、見学ツアーを開催するなど、全線復旧前から只見線に関わる人々を増やして欲しい。

 

再び国道252号線に戻り、本名ダムの天端を渡る途中、下流を見る。

再出発。

国道をほぼ直角に曲がり、本名スノーシェッド内を走り抜ける。

前述の直角カーブやこのスノーシェッドの老朽化で、現在ダムの天端を渡らない本名バイパスの建設工事が進められている。

 

スノーシェッドを潜り抜け振り返ると、右手に只見線・本名トンネルの出口付近が見える。

ここには橋立温泉と、只見川をはさんだ対岸には湯倉温泉がある。

本名駅からも2kmほど離れているため、復旧工事に合わせ新駅を作って欲しい場所だ。

 

 

只見線のレールは草に覆われていた。

この付近、只見川岸に上下二段の露天風呂があったようで本名ダムの湛水とともに水没したという。

只見川の対岸には、612mの急峻な山がある。

この山に登山道を整備すれば面白いのではないだろうか。

そうすれば“新駅・会津橋立”の利用価値が高まると思う。

写真の左、湯の花沢に架かるのは町道西部湯倉線の湯ノ花橋。白い屋根が掛かっているようだが、どんな橋なのかいずれ渡ってみたい。

 

 

 

国道252号線を進み越川地区に入り間もなく左折すると、「伊南川発電所」の最寄駅である会津越川が姿を見せる。 

会津川口から9.2km、本名から6.4kmにある。

 

全線復旧後を見据えて、この駅から自転車で移動した場合をシミュレートする。

輪行バッグから折り畳み自転車を取り出し組み立てる。

国道252号線に戻り、間もなく「伊南川発電所」に到着。

建屋は送電設備のすぐ脇にある。

入口には東北電力㈱の看板と、水利権の使用標識が掲げられていた。

つる草に覆われた只見線の橋桁も見える。

 

建屋を背にして只見川をのぞき込むと、勢いよく落水されていた。

 

この「伊南川発電所」を対岸の西部地区から見ると、送水管含めた全体が見えた。

この西部地区では番犬に吠えられた。

ただ、耳を立て尻尾を振っていたので遊んで欲しかったのかもしれなかった。

遊んでしまうと別れが惜しくなるので手を振って別れた。

 

 

 

再び国道252号線に戻り、「伊南川発電所」を離れ、南にある“表出導水管”を目指して先に進む。

 

国道を右折し、県道352号(布沢横田)線に入り南進する。

意外と緩やかな坂が続き、変速機付きの折り畳み自転車でも負担は無く、上る事ができた。

 

石塚、新遠路(ニトウジ)の小集落を過ぎ、鮭立地区に入る。

*参考:金山町山入近隣会「鮭立摩崖仏

 

更に進むと休耕田に土石を搬入するトラックの様子を見る事ができた。

工事看板を見ると詳しくは記載されていなかったが、ダムの浚渫土石だろうか。

 

さらに進むと、ようやく「伊南川発電所」の“表出導水管”が見えてきた。

 

「伊南川発電所」の導水管の表出部に到着。

発電所から7,6km、途中寄り道したが正味30分、負担を感じる事なく来ることができた。

発電所から南に約3.5kmの場所で、山入川が流れる谷合のここだけに表出している。

左奥に見えるのは旧大岐ダムで、「伊南川発電所」の調整池の役割を果たしていたが、現在は使われていないという。

*参考:ダムネット 大岐ダム

 

導水管は主要部が直径3.8mということで大きい。

周囲は除草されていて、異質な空間だ。 

山入川にかかるキャットウォークを渡り“上流”に行く。

導水管に耳を当て音を聞いてみるが、落水音は聞こえなかった。

おそらく、内部は伊奈川から取水された水で満たされているのだろう。

 

県道沿いにはこの管の案内板があった。

ちなみに背部にある工事事務所は、金山町による「大岐調整池安全対策事業に係わる盛土整備」のもの。電源開発㈱に委託されているようで㈱JPハイテックが施工者となっていた。

 

この大岐調整池(ダム)前に造成された盛土越しに導水管を見る。

これだけ見ると、この銀色の管が何で、両端がどうなっているかは分からない。

 

大岐ダムの様子。1939(昭和14)年に竣工し78年も経っているため、ダム躯体の損傷が激しい。

 

 

 

県道352号線に戻り、“表出導水管”を後にする。

次は松坂峠(598m)を越え只見町に入り、坂田地区にある「伊南川発電所取水口」を目指す。

景色は良いが、道の勾配がだんだんきつくなり、唸りながらペダルをこいだ。

途中、何度か自転車を押して歩き、約30分で松坂峠を越え、只見町に入った。

ここからは一転下りとなり、快適に自転車を進めた。

途中「癒しの森」に立ち寄ったが、正味10分もかからず只見町布沢地区に入った。

「癒しの森」の詳細は、別稿にまとめる。

 

ここから県道153号(小林宮下(停))線に入り、布沢川沿いを坂田地区に向かって進む。

 

 

20分ほどで坂田地区に入り、一旦外出橋から明和橋と渡り伊南川の対岸に渡る。

取水口の全体を見渡してから、引き返し、県道369号(小林舘ノ川)線に入り前方に施設を確認した。

正面に回り銘板を見ると「東北電力 伊南川発電所 取水口見張所」とあった。

発電所や表出導水管の案内板には“取水は小林地区”とあったが、ここは西隣りの坂田地区になる。

「伊南川発電所」を出発して、正味約90分で取水口までたどり着いた。

松坂峠の登坂はきつかったが、途中休憩しながら進めば、自転車で超える事は難しいことではないと思った。

 

この見張所の少し先に行き、施設の全体を見ると、堰になっていた。

二門のゲートを持った取水堰で、取水口は堰の内側にあるようだ。

 

伊南川の川幅は広く、この取水堰の大きさを考えると違和感があった。

上流(国道289号線の明和橋)から見ると状況が分かった。

取水堰側を“本流”として、半分(南側)は増水時の“分流”としているようだ。

この“分流”側にも堰があり、取水堰への導水路も見られた。

「伊南川発電所」はこのようにして取水し、安定した水量を発電所に送っているようだ。

現場に来て分かる実態と工夫。自然エネルギーを安定エネルギーに変える知恵を知った。

 

取水堰を後にして、前方に見える施設を見るため県道369号(小林館ノ川)線を進む。

案内板が無いが、「伊南川発電所」の沈砂池(チンサチ)思われる。

取水堰との距離は400mほど。

取水堰からこの「沈砂池」には伊南川の水が流れてきているはずだが、水路は見当たらない。

おそらく、県道369号線の下か脇に水路が埋設されているのだろう。

 

「沈砂池」の様子。写真の手前から山側に伊南川の水が流れていた。

 

取水堰からやってきた伊南川の水が勢いよくやってきて、幅30mほどの“プール”に広がってゆく。

そして長さが50mを超えるこの“プール”で静かな流れへと整流され土砂(石)を“プール”の底に沈殿させているのだろうか。

 

最後、伊南川の水は格子状の柵の向こうに落ちていった。

おそらく、ここで浮遊ゴミを取り除かれ、伊南川の水は導水管へと流れてゆくのだろう。

 

この「沈砂池」の建屋は比較的新しいが、コンクリートの構造物は古く、建設当時(1938(昭和13)年10月)のものだろうか。前述した大岐ダム躯体と同じような劣化具合だ。

「東北電力㈱伊南川発電所」の“表出導水管”と「取水口(堰)」、そして「沈砂池」などを実際に見る事ができ、予定が済んだ。

一つの発電所が自治体(金山町と只見町)を越え、郡界(大沼郡と南会津郡)さえもまたぎ設置されている事に驚きとともに、当時戦時中であった建設前夜の政治行政のやり取りにも興味がわいた。

導水管の埋設工事方法など「伊南川発電所」について知りたい事が残っているので、引き続き調べてみたい。

只見川電源開発の先鞭をつけた「伊南川発電所」は奥が深いと、今回の旅を通して思った。

 

 

 

「沈砂池」を後にして、伊南川沿いを進み約15km先の只見駅を目指す。

 

途中、亀岡農村公園と只見町の温泉施設「季の郷 湯ら里」に立ち寄ってから、国道289号線を自転車で駆け抜けた。

 

 

17:28、只見スキー場に立ち寄った後に只見駅のホームを見渡せる踏切を渡る。

「伊南川発電所取水口(堰)」「沈砂池」から正味40分掛かった。

今日はここまで。明日の浅草岳登山に備え、今夜は町内の宿に泊まる。

 

 

ホームの先、会津若松方面に目を凝らすと、雑草の生い茂った鉄路があった。

先月、6月19日の福島県とJR東日本の基本合意で全線復旧はほぼ間違いない状況になったが、列車が走るのは3~4年先になる。

 

この3~4年が復旧後の只見線の存廃を左右すると言っても過言ではない。

 

 

福島県を始め、県内の沿線8市町と9市町村、計17市町村は復旧費用だけでなくJR東日本から移譲される鉄道施設の維持管理費を支払い続ける事になる。 国の支援やJR東日本の方針転換がなければ、只見線が存続する限り県民の税金が使われ続ける。沿線住民に至っては、市町村税と県民税の両方から負担してゆくことになる。

警察や消防、道路の補修工事やごみ処理などの税支出と違い、只見線には並行して走る国道252号線という代替えがある。

只見線の乗車数・率、運賃収入が低迷し続ければ、財政支出に不満が出て費用負担している自治体間の足並みが乱れ、只見線の維持スキームが破たんし、廃止議論に繋がりかねない。

 

そうならないために、全線が再び鉄路で結ばれた後に、運休以前より只見線の利用者、只見線を降り沿線で観光や買い物をする訪問者を増やさなければならない。

 

そのためには『只見線は〇〇だ』『只見線って〇〇だよね』という住民と観光客、誰もが簡単に言える“象徴”が必要だと思う。

 

私は、“ダムと発電”だと考える。

 

只見線にそって流れる只見川には10基もの発電用ダムがあり、車窓から6基が見える。他2基の水路管式発電所もあり、沿線は“ダム・発電銀座”となっている。これは尾瀬を水源とする広大な森林を含む大自然の賜物だ。

 

そして、このダムは只見線を利用する観光客のお目当て“水鏡”を創り出している。只見線は「第六」を除き、「第一」から「第八」まで車窓から水鏡を楽しめる国内無二の鉄道だ。

その「第六」は本名ダムの直下を走り、乗客は西側に巨大な躯体を車窓から見る事ができる。

 

ダムと発電”が只見線の核であり、住民と観光客が共有できる象徴だと私は考える。

 

今日、訪れた「伊南川発電所」はこの“ダムと発電”に先鞭と付けた施設だ。只見線の原点、とも言える重要な施設と私は思っている。

今は車窓から見えないが、全線が鉄路復旧すれば会津越川~会津横田間で3本の水圧鉄管を跨いだ先に発電所建屋を見る事ができる。

 

この「伊南川発電所」を見る住民や観光客が“ダムと発電”を合言葉に、只見線の歴史に思いを馳せ、興味を起こして欲しい。

そして列車に乗り、ダムを作り出させた大自然とダムが創り出す景観を中心に沿線の魅力に触れ、新しい発見をして、繰り返し乗車するリピーター乗客となって欲しい。(了)

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

*参考:福島県 「只見線の復旧・復興に関する取組みについて

【只見線への寄付案内】

福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。

・福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法

 

寄付金の使途は以下の通り。

・お寄せいただいた寄附金は、福島県、会津17市町村や新潟県などで 組織する「福島県JR只見線復興推進会議」で協議の上、只見線の復 旧や利活用促進のため使われます。(「只見線復旧復興基金寄附金募集」チラシより)

・ 寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、 只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 日本一と言われるロケーションだけに頼らない観光振興を推進し、 新たな観光収入の増加を図ります。 (「JR只見線企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の御案内」より)

 

 

よろしくお願い申し上げます。


次はいつ乗る? 只見線

東日本大震災が発生した2011年の「平成23年7月新潟福島豪雨」被害で一部不通となっているJR只見線は、2017年6月19日に福島県とJR東日本間で「復旧基本合意書」が交わされ、2018年6月15日の復旧工事起工式を経て、2021年度中の全線再開通に向けて工事が本格化しました。ブログでは車窓の風景や沿線の見どころを伝える「乗車記」等を掲載します。

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