JR只見線の必要性と魅力

必要性(国道冬季閉鎖と高齢者)

日本有数の豪雪地帯を走るJR只見線。

ほぼ並行して走る国道252号線は只見町と新潟県魚沼市の一部区間が冬季運行止めとなるほどです。

 

*参考

・只見町観光まちづくり協会「国道252号【只見ー魚沼】冬期通行止めについて」(2017年4月17日)

・新潟県 魚沼地域振興局「国道252号の県境付近を冬期通行止めします」(2016年11月11日)

・福島県山口土木事務所 「国道252号「六十里越雪わり街道」の再開通見通しについて 」(PDF)(2017年4月25日)

また、沿線の高齢化率が高く、マイカーの運転ができなくなり“交通弱者”となる高齢者が増加することが想定されます。

定時性もさることながら、乗降時や振動の少なさなど高齢者への体の負担が少なく、圧雪された道路での運転の恐怖から解放されるJR只見線は地域になくてはならない交通インフラです。


*参考:ITmedia ビジネス ONLiNE:杉山淳一の「週刊鉄道経済」「福島・只見線復旧問題――なぜ降雪地域に鉄道が必要なのか」(2015年12月18日)


魅力(ダム湖が連なる沿線)

奥只見、大鳥、田子倉、只見、滝(電源開発)

本名、上田、宮下、柳津、方門(東北電力)

JR只見線沿いを流れる只見川には10基もの発電用ダムがあります。

戦後の電力需要を支えるため、只見ダム以外は昭和30年代までに建設されました。

特に、国内の総貯水容量で奥只見ダムが2位、田子倉ダムが3位、貯水池式の発電量で奥只見ダムが1位、田子倉ダムが2位という規模を誇っています。

只見駅から小出方面に向かうとまもなく、一瞬ではありますが、田子倉ダムのダム湖が姿を現します。

JR只見線の会津川口~只見間(現在の運休区間)は、この田子倉ダムを作るために建設された「電源開発㈱田子倉発電所専用鉄道」が前身です。沿線に広がる自然は、この歴史に由来しています。


JR只見線は戦後の復興に必要な電力を首都圏を中心に供給した地であり、高度成長を支えた福島第一第二原子力発電所へと続く、「電力供給県・福島」の歴史を見る事ができる教育的価値の高い路線でもあります。

「電力供給県・福島」の歴史と現状について会津大学の大藤健太氏と電力中央研究所の杉山大志氏の論文に分かり易く記述されています。

「福島県における今後のエネルギー政策 ~従来型発送電技術と再生可能エネルギーを中心に~」

(財)電力中央研究所社会経済研究所ディスカッションペーパー SERC11038

URL:http://criepi.denken.or.jp/jp/serc/discussion/download/11038dp.pdf


また、車窓から見る只見川の風景は、ダム湖が続くという独特のもので、山間でありながら流れがほとんどなく(見られず)静寂に包まれています。さらにこの“湖面”が新緑、紅葉、冠雪をより味わいものにし、季節ごとの自然美を楽しむ事ができます。

この沿線の風景をより楽しむために、JR東日本ではトロッコ列車「風っこ只見線」新緑号と紅葉号をシーズン最盛期に走らせています。

 *参考

 ・只見川電源流域振興協議会「SL只見線紅葉号 今週末に運行です」2015年10月29日

 ・金山町 かぼまる日記「SL列車新緑号が来たよ」2016年6月16日

 ・三島町観光協会「GWは春のトロッコ列車“風っこ只見線新緑号”が運行」2017年4月20日

 ・只見町観光まちづくり協会「5/20 SL只見線新緑号」2017年5月21日


魅力(世界の大自然:エコパーク)

10基ものダムを抱えられる只見川の豊富な水量は上流域の大自然がもたらします。

この水源域を含む只見町全域は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)から生物圏保存地域「エコパーク」の認定を受けています(2014年6月)。

只見町 ブナセンター 「只見ユネスコエコパーク登録決定

文部科学省 「生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)について

林野庁 「ユネスコエコパークについて

環境省 報道発表資料(2014年6月12日)

現在、「エコパーク」は全国に他6か所(志賀高原、白山、大台ヶ原・大峯山・大杉谷、屋久島・口永良部島、綾、南アルプス)ありますが、東北・北海道地区で「只見」が初めて登録されました。

「只見エコパーク」の概要について環境省の資料(PDF)につ次のように記載されています。

核心地域及び緩衝地域の山地は、奥会津森林生態系保護地域の保存地区又は保全利用地区に設定されており、豪雪が作り出す雪食地形の上に、ブナをはじめとする落葉広葉樹林のほか、針葉樹林、低木林及び草地等により構成されるモザイク植生が、原生的な状態で広大な面積に存在する。


JR只見線は、只見町に入ると移行地域を通過しますが、只見駅を超えると緩衝地域を通ることになり、トンネルの合間からではありますが、田子倉(ダム)湖を取り囲む「エコパーク」の大自然の一部を車窓から見る事ができます。

「只見エコパーク」を詳しく知るには、只見駅から徒歩10分ほどの位置にある「只見ブナセンター」があります。

「只見エコパーク」を楽しむには、町の観光協会が用意した「ブナの森トレッキング」などがあります。


車窓から見える「エコパーク」の風景を堪能するもよし、只見駅で下車して「エコパーク」の中を散策するもよし、JR只見線は世界的に認められた大自然を堪能できます。


山々を彩る紅葉の季節、国内有数の豪雪がもたらす冬の圧巻の雪景色、そして鉄路を取り囲む一面の新緑。JR只見線沿線の自然は、『次はいつ乗る?』を乗客が思わずにはいられないほどの魅力があります。


魅力(雄藩・会津と幕末史)

JR只見線の起点となる会津若松は中世からの武家の歴史を持つ、歴史都市。

「黒川」という地を、織田信長の娘婿で、伊達政宗と変わって領主となった豊臣秀吉の家臣・蒲生氏郷が「若松」と改め、発展してきました。

江戸時代には二代将軍・秀忠の異母弟・保科正之が領主となり、三代・正容から松平性を名乗り、幕末の松平容保公まで続く事になります。

奥州の要として重要な役割を果たし、多様な工芸品を生み出し、武家の文化を育んできました。


参考:(財)会津若松観光ビューロー 「会津の歴史

また、会津藩は幕末の戊辰戦争では最後まで薩長土肥を中心とする新政府軍と闘い、無血開城した江戸城に代わり、旧幕府軍の象徴として鶴ヶ城は猛攻を受け、降伏することになりました。

この時に起こった白虎隊の悲劇やNHK大河ドラマの主人公・新島八重の奮闘は、今や多くの国民が知る物語になっています。


参考:会津若松 観光ナビ 「10分で分かる会津若松」 「新島八重を知る

さらに、JR只見線沿線には戊辰戦争時に越後長岡藩を率いた河井継之助が、北越戦争・長岡城奪還戦で負った左足の傷が悪化し亡くなった地があります。

現在は只見川(滝ダム湖)に沈んでいますが、会津塩沢駅(只見町)付近にあった村医・矢沢宗益邸がその場所で、現在は近くにある河井継之助記念館に移築されています。

参考:只見町 河井継之助記念館

幕末激戦の地、会津若松と魚沼を経由し長岡を結ぶ役割をはたしているJR只見線沿線には近代日本の幕開けで重要な役割を果たした地や人物の物語が数多くあります。